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バルジの戦いで戦功を挙げた元米兵 73年を経てフランス政府が最高勲章 本人は「任務を果たしたまでですよ」

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世の中、何ぼ遅れて今更感があったとしても、筋目を通さねばならない話があります。これもその1つでしょう。

第二次世界大戦末期の1944年、ナチスが西部戦線で仕掛けた大攻勢である、いわゆる「バルジ大作戦」。
この戦いで、配属された部隊が本人ら2人だけしか生き残らなかったほどの修羅場をくぐり抜けた元アメリカ兵に、フランスが「決して忘れませんから」と、その勇気と戦功を讃えて最高勲章を授与しました。

ご本人は「何やねん今頃!」と怒るでなく、「任務を果たしたまでですよ」と極めて謙虚。良い話ですね。

セントルイス・ディスパッチ紙が報じています(2017年9月30日付け)。

 

イブの夜にドイツ軍が攻撃。部隊は全滅状態に

栄誉に輝いたのは、ミズーリ州グラスゴーに住むハリー・リードさん(93歳)。
18歳の時に召集され、陸軍に入隊。第3機甲師団の第83装甲偵察大隊に配属されました。

ジープを使っての偵察が任務で、ベルギーのバストーニュ近郊をパトロールさせられていました。

そう、バルジ大作戦での激戦地ですね。

運命の日は1944年のクリスマス・イブ。しかも夜でした。
20歳だったリードさんに試練が訪れます。ドイツ軍が攻撃を仕掛けてきたのです。

パニックに陥った将校に叩き起こされ、13人の兵士は敵の罠に引っかかったらしい事を告げられます。
敵の様子を探る必要があったので、リードさんらはジープに乗り、街の外に向かおうとしました。

そこへドイツ軍が2つめの罠。
ご本人のジープや、他の兵士らを載せた装甲車や戦車などに、道路の両側の溝に潜んでいたドイツ兵が銃撃を仕掛けてきたのです。

将校は首を撃たれ、ねじれる格好でリードさんの膝に崩折れました。
無論、即死です。ジープのあちこちに銃弾が貫通しました。
それでも何とか強行突破。気がつけば、脱出できたのはリードさんのジープだけ。

その後、燃料も尽きてしまい、歩いて味方の陣地に合流しましたが、本人は手などに破片が今なお残る怪我を負い、その上に凍傷にもかかってしまいました。
部隊もリードさんを含む2人を残して全滅です。

「戦友の遺体を回収したかったんだが、激戦でね。結局無理だった。それが心残りだ」

さぞや辛い記憶となっていたでしょうが、それが報われたのが9月29日の午後。
フランス領事がリードさんの自宅を訪れ、同国最高の栄誉であるレジオン章を授与したのです。

 

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斬込役として損耗の高い師団

その後、米軍側はリードさんの行為を讃え、パープル・ハート章など複数の勲章を授与しています。
つまり、全く報われなかった訳ではなかったのです。

これがその時の写真。

第3師団を指揮するモーリス・ローズ少将自らがブロンズ章を授与しています。
なお、ローズ少将はドイツ本国に侵攻した際に戦死しています。

そもそも、第3師団はノルマンジー上陸作戦に参加するなど、西部戦線での米軍の斬込役を演じ続けました。それ故にドイツ側からしたら憎悪の対象となっていた訳で、バルジの戦いでは憤懣爆発となっていたのでした。

それを一身に受けてしまったのが、リードさんらの部隊だったとなりましょう。

一方、フランス政府は2004年から同国の解放に寄与した元アメリカ兵らに勲章を授与し始めています。
バストーニュはフランス領ではありませんが、当時のアメリカ兵が身の危険を顧みない軍務を果たしてくれたからこそ、今のフランスがあるというスタンス。
リードさんは、そうした兵士の1人でして、ミズーリ州では3人目の栄誉に輝きました。

 

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「フランスは、貴方を決して、決して忘れません」

授与にあたって、ギヨーム・ラクロア領事はご本人にこう強調したそうです。

「フランスは貴方を忘れていたわけではありません。決して、決して忘れる事は無いでしょう」

今では12人の孫に囲まれる生活を送っているリードさんは、満面の笑みを浮かべていました。

さて、負傷後のリードさんですが、戦傷による除隊とはならず、回復後は復帰しています。

悪名高いノルドハウゼン強制収容所の解放戦にも参加し、そこで3000を超す遺体を見て絶句。
同時に、大勢の人が餓死寸前である事にショックを受けます。
慌てて食料を与えようとしたものの「急に食べたら逆に死ぬ」」と言われ、更に衝撃を受けます。

「本当にありえない事だと思ったよ」
そう語るようになれるまでは数十年かかったそうです。

ドイツ軍の拳銃を戦利品に帰郷。2度の結婚を経て、グラスゴーでホテルを経営する戦後を過ごしました。

授与を祝おうと大勢の人が集まったのですが、そうした人を前にご本人はただ一言、こう語りました。

「ただ任務を果たしたまでですよ」

…サラッとこう言える人に、ワタクシメもなりたいな。

南如水・記

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【参考】セントルイス・ディスパッチ紙

 





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