三国志フィクション作品による「諸葛亮 被害者の会」一番の被害者は誰?

どの旗を動かす?
どう命令する?
規律違反者の罰則は?

現代であれば、学校行事とか、スポーツの応援とか、イベント会場や、コミケなど。あるいはハロウィンでの渋谷DJポリスを思えばご理解いただけるでしょう。

大勢の兵士をきっちりと整列させ、動かし、武器と食糧を供給する――戦争って本当に大変!
孫子はじめ兵法家は、くどいほどこのことを主張し続けました。

ただし、それではフィクションでは面白みに欠ける。そのため奇門遁甲のような占いと融合され、どんどん大仰になり、後世は盛りたい放題になりました。

「きっとすごい陣でしょうね」

「ひとつの陣が八種類にトランスフォームするのかもしれませんよ!(※唐代の名将・李靖の解釈)」

そういう話ですので「ともかくなんだかスゴイ陣」でまとめてしまっても、特に問題がないのでは?と私は思ってしまいます。

諸葛亮本人は、むしろリアリストで組織の整備に実力を発揮するタイプでした。しかし、そんな実像では刺激が足りないとされ、諸葛亮自身もさぞかし困り顔でしょう。

そのせいで、なんだかわからない魔術師状態にされるわ。

魯迅には「『三国志演義』の諸葛亮は、話てんこもりでむしろうっすらと気持ち悪い」とダメ出しされるわ。

諸葛亮本人だって、実は被害者なのです。

 

entry4 陳寿「どうして私が責められるんだ……」

はい、この三人だけでも、結構つらいと思えてくる。そんな状況ですが、彼ら以上に悲惨な存在がおりました。

『正史三国志』の著者たる陳寿です。

はじめに言い切ります。
陳寿は悪くない!

陳寿は蜀の人であり、文才も抜群でしたが、理不尽なバッシングに苦しめられ続けた人物です。まさしく当時の炎上王――では、その中身を見ていきますと……。

諸葛瞻しょかつ せん(諸葛亮の子)と不仲だ!
→親と子は別人格。親が優れているからって、子もそうとは限らない。逆もまた然り。『三国志』ファンであれば、そんな悲しい実例をいくつも思い出せることでしょう。劉備と劉禅とか。けれども、人間はどうにもそこの目が狂いがちでして。

諸葛瞻は蜀の滅亡と同時に戦死を遂げた。
それに対して陳寿は生存。

陳寿が「諸葛瞻は過大評価気味です」と書いたこと。両者が不仲であったこと。これも全て、陳寿が悪意を込めていたということにされました。

もう、この時点で理不尽。

・師匠である誰周からして、劉禅に降伏勧告した根性なしだ!
→本人ですらない、師匠が現実を考慮して劉禅に降伏を促しただけで、悪評が祟る。理不尽にもほどがある。

・空気を読めない!

→蜀は宦官・黄皓が権勢を奮っていました。陳寿はそれが嫌で、空気を読まなかったために何度も左遷されています。これは見ようによっては根性があるわけですが。

・父への親不孝の極み!

→どういうことでしょう。親を殴ったとか? これが現代人からすれば些細なことでして。父の服喪中、体調が悪いので下女に薬を調合させたのです。儒教の価値観ですと、親の服喪中は楽をしようとしてはいけません。飲酒、肉食、性行為、そして服薬すら禁止。それを破った陳寿は、最低の奴ということにされてしまうのです。

・母にも親不孝の極み!

→陳寿はちょっとうっかりしていただけで、別に親不孝であるとも思えません。母が亡くなると、服喪のために辞職をしたとされています。この母も、なかなか大変なことになりまして。彼女は洛陽に埋葬して欲しいと遺言していたのです。それを実行したところ、「故郷に埋葬しないなんて最低の親不孝!」と非難されてしまったのです。

・賄賂を要求するゲス歴史家!

→魏の丁儀と丁廙の子に、陳寿は「千石の米で、素晴らしい伝をゲットしませんか?」と持ちかけた……とされています。相手が断ると、あれほど名高いこの二人の伝を書かなかったというのです。真偽不明です。ただのゴシップかな?

陳寿は、運が悪い上に炎上体質でした。

細かく見ていけば真偽不明だし、そこまで悪い人でもない。そう思いますが、後世の人々にすらなかなか通じませんでした。その原因は?

陳寿最大の罪とされたのは、これです。

「諸葛亮って、臨機応変の戦術は得意じゃないと思うんですよね」

こう諸葛亮の伝に記したばかりに、徹底的に嫌われます。

陳寿の父・陳式は、馬謖の参軍(ブレーン的な役割)で、馬謖が諸葛亮に処刑された際、陳式も連座して髠刑(剃髪刑)に遭ったとされています。父の処罰を逆恨みし、諸葛亮の悪口を書いたとされたのです。

そもそも、陳寿の父は記録がないのですが。ところが、流布する地獄よ。

「あいつならやりかねんな、セコいし、ケチだし、どうしようもないあいつならね」

どんどんどんどん、後世悪評が膨れてゆく。

敵対すらしていない。諸葛瞻とは確かに不仲ではあったけれども。

むしろきっちり正史を書いた。それだけでこの扱い。不遇にもほどがある!

 

「被害者の会」ワーストワンは、彼に決まり!

陳寿の何が悪かったのか?
諸葛亮ロマンを壊しただけのことです。

陳寿のこのコメントだって、史実を細かく見ていけばそこまでおかしいとも思えません。

諸葛亮は思想と戦略が優れており、前線で戦う技術が秀でていたわけでもありません。

認めたくない嫌な史実かもしれませんが、『三国志』の英雄において最も軍事において優れた人物は、曹操であるとは思えます。

いいじゃないですか。曹操は人間的に大問題の塊だから、それでプラスマイナス実質ゼロみたいなもんで……。

『魏武注孫子』が定着したこと。この一点だけでも、曹操はこの点において抜群の才知があります。定期的に大敗北をかましますが、それは曹操がメンタル不安定でやらかしただけであり、基本的には優れているのです。

諸葛亮は、前線の指揮がイメージほど強くなくとも、ともかく優れた美点がいくつもある人物です。

史実をたどって、そこをじっくり考えることにして。とりあえず私の結論を書きます。

結論:諸葛亮被害者の会・ワーストワンは陳寿さんです!

諸葛亮を少しでも悪く書くだけで、叩かれる。そんな陳寿で決まりでしょう。

司馬懿は、晋の祖であり、なんだかんだで最終勝利者とも言えます。『三国志〜司馬懿 軍師連盟〜』でイケメンにもなったし、勝ち組でしょう。

 

周瑜だって、『レッドクリフ』で主役を務めました。

正史での素晴らしさは広まりましたし、もう大丈夫!

 

では諸葛亮本人は?

盛られすぎで苦笑いしたくなるでしょうが、有名税ってことでよろしいでしょう。

 

そんなわけで、フィクションにも出てこないうえに、敵対していないのに叩かれる。
陳寿ということで、結論とします。

そこを踏まえ、陳寿に、もっと敬愛を!

文:小檜山青
絵・小久ヒロ

【参考文献】
『キーワードで読む「三国志」 (潮文庫)』(→amazon
『三国志曼荼羅(筑摩書房)』(→amazon
『三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)』(→amazon
その他

 



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