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果たして忍者は原城潜入できたのか?(くらはしゆみこ・絵)

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伊賀と甲賀に談合疑惑が…忍者たちの実力って実際のところどんなもんだったの?

更新日:

戦国時代の裏方には忍者たちが暗躍していた。
さまざまな超人的な技を駆使して、敵の城に忍び込み、重要な情報を入手する。
「絶対に忍者は使わない」と毛嫌いする大名もいたのは、彼らの情報能力の高さの裏返し。

忍者とは、さほどに恐れられていた。と一般的には知られているが・・・。

1637年島原の乱で驚くほどに成果ナシ

戦国時代が終わり、江戸時代になって初めての内乱が九州で発生した。

キリシタン一揆「島原の乱」である。

城に立て籠もったキリシタンはかなり強い。そこで幕府は忍者を放った。

「兵糧の残りはどれくらいだろうな?」
「あわよくば首謀者の天草四郎の首をとってくるんじゃない。だって忍者だもん」

ワクワクテカテカして待っていたところに、来た報告は斜め上を行っていた。

「分かりません」
「えぇええええ!」

期待の忍者、まったく活躍できずに大名たちは、みな唖然!

そこでとある疑念が浮上してきた。

「もしかして戦国時代にヤツらは談合していたのでは?」

忍者は、伊賀と甲賀が主流である。地図を見てみれば一目瞭然の通り、両者の本拠地は隣接している。彼らが各大名に仕えて情報を集め、データーベース化しておけば、いつでもどこでも引き出せる完璧な情報ソースとなるのだ。これなら、危険な侵入などせずに済む。

忍者地図

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江戸時代になったら門番担当です

そんなこともあったからだろうか。江戸城の警護にあたる忍者は本丸から離れた門番にさせられてしまった。

実際のところ、戦国大名たちも情報収集には忍者にばかり頼っていなかった。

戦国時代の村は今で言うなら「株式会社」に非常に近かった。会社に入るときには受付で名前を記入するし、社員名簿もある。いくら忍者が変装の名人でも、その会社で働いているフリをするなど不可能だ。

忍者より情報通がいた!

戦国時代に隣国の情報を一番知っている人たちは、国境の村だった。

現代の県境などと違い、当時はハッキリと線引きできなかったから、戦国武将同士の国境の村は「半手(はんて)」といって、本来おさめる年貢の半分ずつを両方におさめることが常識だったのである。

 

半手の村は、敵国でもあり味方でもある。自然と両方の情報も集中。ゆえにこの村を自分たちの味方にするため、接待したり、年貢をまけたり、各大名は色々な手を尽くした。

国境の村は、戦火にまきこまれて悲惨という一面だけではなかったのである。

忍者

くらたにゆきこ・絵

 

 




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