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黒田官兵衛百物語 週刊武春 黒田家

黒田官兵衛の家は目薬屋だった伝説に隠された真実性を追う

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軍師官兵衛450

司馬遼太郎「播磨灘物語」の第3章「広峰」に「筑前福岡の黒田家の武士たちは、他の九州の諸大名の家臣から『たかが目薬屋のあがりではないか』などと言われるようになった。」とあります。

豊臣秀吉の参謀として名を馳せる、黒田官兵衛如水公の黒田家は、元は目薬屋だっのだ、という、伝説的な話しが伝わっています。司馬遼太郎は、「播磨灘物語」中で、この黒田目薬屋伝説を事実であったこととしてふれています。

江戸時代中期の書ゆえに信憑性は低いと言われているが

黒田目薬屋伝説は、「夢幻物語」という江戸時代中期の書中にあるのが初見です。

武士たらん者の心掛の第一と申すハ 主君の御家の御成立を能く知り極め 次には おのれが先祖の事を よろしく 聞伝へ 心中に秘し置くべき事にて候」

と夢幻老人なる著者が語り始めるこの書の中身については、しばしば、信憑性が薄いとされ、黒田目薬屋伝説についても、夢幻老人の創作ではないかとする歴史家も多いようです。

一方、筆者FracoDonは、夢幻物語中の黒田目薬屋伝説を事実であろう、と考えているところです。それはなぜか。

黒田家は、本貫の地とされる近江・現滋賀県伊香郡木之本町黒田から漂泊し、「備中福岡」・現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡へと流れます。

その後、再び、如水公の祖父・重隆の代に播州姫路、現在の兵庫県姫路市へと移り、ここで落ち着きます。如水公は、この姫路で生まれ、戦国史に名を遺す、生涯が展開することになります。

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伊勢神宮にもある神社の御師の活動の一環で

夢幻物語では、黒田一家が姫路へと流れた当初、姫路近郊、広峰山上の、源頼朝鎌倉開府以来の氏で、室町幕府草創の頃には神官御家人として勢力を誇っていたという、広峰神社の神官と重隆は、縁を持っことになったと語ります。

この広峰神社には御師と言ったり太夫などとも言うのですが、同社神札を全国に売り歩くなどして信心を広める集団が仕えていました。この御師の集団が渡り歩くついでに、重隆処方の黒田家伝来の目薬を売ったというのです。

重隆は、御師たちの協力で売れた目薬によって築いた財を元手に、種モミを2割の利息で貸します。

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「安く貸して大きく増やす」官兵衛父

当時の借りた種モミに対する利息は、5割が当たり前で、収穫期には元本合わせて、借りた種モミの1・5倍を返済を求められていたのでした。重隆は、そうして低利による種モミの貸し付けを行う上に、田畑などの質をとることもしなかったとも夢幻老人は語ります。

そして、これから先きの話しが、いかにも動乱の世を切り開いた家として相応しいものなのですが、
重隆は、融資を頼んでくる者や、その家族の中から人として見込みのある人物を見極め、家人として雇ったというのです。

いわば、黒田家草創期の家臣団形成と考えられる、そうして家人となった者の中には、後に「黒田二十四騎」と呼ばれることになる、官兵衛如水公と、その嫡子・福岡初代藩主となる長政公の帷幄を支えることになる将も含まれています。

福岡城三の丸の官兵衛如水隠居屋「御鷹屋敷跡碑」

福岡城三の丸の官兵衛如水隠居屋「御鷹屋敷跡碑」

恥ずかしい話をあえて伝えている点に真実性あり?

夢幻物語における、これらの報告はかなり詳細であり、事実を知るものが語り伝えたものと推測できます。加えて、幕末の福岡藩士であり、明治憲法の制定に関わったとされる金子堅太郎が、自著「黒田如水伝」で、「動乱の時代を切り開いた主家の事実として恥じる話しではない」と、黒田目薬屋伝説について述べています。

「黒田家譜」などの黒田家の公式文書といえるものの中に一切見えないことから、家中において、黒田目薬屋伝説は、積極的に語られぬ性格の話しであったのでしょうが、金子堅太郎の解釈から推測すれば、事実であったとの認識が、藩士の間ではあったと考えられます。

関ヶ原の合戦を乗り切り、福岡藩52万石の大守となった黒田家は、中世以来、商人を中心とした自治都市であった、領内の中心となる市・博多の性格を、そのまま踏襲させました。武家の町・福岡、商家の町・博多として同じ領内において政策を異にし、博多の自治を尊重したのです。

こうした、その後の黒田家の藩政の在り方を見ても黒田目薬伝説は、事実であったとしていいものと思われます。

FrcoDon・記(福岡県在住)

太兵衛長屋門

太兵衛長屋門

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写真は、黒田二十四騎の一人、母里太衛兵邸の長屋門
「日本一の山は駿府の富士山にあらず、己が預かる筑豊の福知山だ」、と死ぬまで言っていたという頑固者の太衛兵。太衛兵などが黒田は「目薬屋のあがり」と言われるのを、誰よりも嫌っていたに違いない。
参考
「黒田如水伝」金子堅太郎 文献出版
「播磨灘物語」司馬遼太郎 講談社文庫

 





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