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Uボートを報じる地元紙のHPより

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100年前に勃発した第一次世界大戦のドイツのUボートが英国テムズ川の底から「発見」

更新日:

 

Uボートと言えば、第二次世界大戦中に勇猛を馳せたドイツの潜水艦というイメージが強いと思われますが、艦種そのものは第一次世界大戦からありました。昨年末、英国の近海で沈んだUボートが調査され、その全容が話題を集めています。

昨年12月に報じた英国のテレグラフ紙によると、次のような経緯だったそうです。

 

 第1次世界大戦の敗戦で自沈しそこねて”捕虜”に

Uボートを報じる地元紙のHPより

Uボートを報じる地元紙のHPの一部

 

まず、場所ですがリバー・メドウェイ。英国のテムズ川の河口です。英国海軍に撃沈されたのではなく、敗戦の際に自沈に失敗し、英国まで曳航されてスクラップにされる途中で沈んだようです。

調査したのはイングリッシュ・ヘリテージという団体でして、2014年が第1次世界大戦勃発100周年に当たるので、水中考古学の専門家を引き連れて残骸を調査したのだそうです。

沈んでいる事自体は専門家の間では分かっており、当時のU122か123、もしくはUB122だろうと推測されていました。今回の調査で、どうやらUB122だと特定されました。というのもU122と123は機雷の敷設を目的としたUボートでして、沈んでいるUボートよりサイズが大きいからです。

 

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艦長さんの名前も判明 アレクサンダーさん! 

今回の調査で艦長の名前も判明しました。アレクサンダー・マグナスという大尉だったそうです。この人は大戦終了時に投降し、英国に連行されました。船体もハーリングという所まで持って来て、ディーゼルエンジンだけを抜き出して地元のセメント工場用に再利用していた事も分かりました。

その後、1921年にテムズ川の河口に曳航し、解体する途中に事故が起き、船体が壊れて流され、アイル・オブ・グレインという所に漂着し、今に至りました。


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ちなみに、沈んだUボートは1918年2月の就役で、ブレーメン造船所で建造された当時の最新鋭艦。タイプUBIIIと呼ばれるシリーズのUボートでして、沿岸哨戒の任務に当たっていました。34人乗りで、魚雷は10本搭載。巡航距離は7200マイルから9000マイルだったとの事です。

2度の作戦任務に当たった後で敗戦を迎え、自沈しようとして失敗してしまい、戦利品として英国に持っていかれました。

ちなみに停戦後に投降したUボートは多かったそうで、1918年11月には全部で114隻が連合国側に身を委ねたそうです。

中にはフランスに賠償のカタとして接収されたUボートもあったようですが、大半はスクラップにされたそうです。このUB122も同様の運命で、「使える所は全部頂きま〜す」との皮算用があったのですが、そうはならず。艦長や乗組員の無念が沈めてしまったのでしょうか?

 

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海流が激しすぎてダイビングスポットにはならず

この種の曳航中に事故に遭ったUボートは、他にも5隻あったそうです。この内、U-118というUボートはヘースティングスという場所に打ち上げられ、スクラップされるまでの間に野次馬が詰めかけ、ちょっとした観光名所にまでなっていたそうです。一方、今回のUB122は沈んでいる場所は判明していたものの、放置されていました。

イングリッシュ・ヘリテージの水中考古学者、マーク・ダンクレー氏は「このUボートは、今までほとんど知られていなかった。多くのUボートが第一次世界大戦と第二次世界大戦で沈んだ事は知られている。この海岸に住む人は、Uボートを通じて当時を思い出せるだろう」。

 という事は、街おこしに使えそうって事なのかな? 水温が寒くないのならスキューバの名所になるのかな…と思いきや、地元のニュースサイトによると、海流の関係で危険らしく、近づかないようにと当局が釘を刺しているそうですから、少し残念ですね。

財団では今後4年に渡り第一次世界大戦中に沈んだ英独両国の潜水艦の眠る場所を特定していくプロジェクトを展開していくのだそうです。ちなみに、第一次世界大戦中にUボートが沈めた船は約5000隻。トン数に換算して120万トン。一方、撃沈された潜水艦は178隻で、5000人が戦死しています。空しい数字ですね。やっぱり、戦争はしてはいけません。

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