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戦争中に自立せざるをえなかった子供たちがナチスに?【第一次世界大戦100年Vol.12】

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戦争になれば、貧乏くじを引くのは決まって弱い存在。特に当時、社会的な立場が弱かった女性は悲惨でした。centenarynews.comというサイトに掲載されていた2013年4月22日付けの記事では、当時のドイツ人社会の様子が次のように書かれています。

 

総力戦になって大量の男手が取られたのはドイツも同じでした。そして、こちらもこちらで海上封鎖による食料不足が、ジワジワと国内を蝕んでいきました。

 

未亡人200万人

 

1918年の時点で男性よりも女性の方が200万人も多い状態でした。しかも、その大半が未亡人。こうした女性は遺族恩給しか頼れず、しかも額が少なかったので悲惨でした。それまで、女性は家庭で家事や子育てするものとされていたのですが、第一次世界大戦で一変。仕方無しに働きに出ていく事になりました。

 

労働力不足を補う存在として戦力にはなっていましたが、待遇面では不利な環境に置かれていました。あくまで出征している兵士の穴埋めである劣った存在という扱いで、戦争が終わったら元通り男性労働者を雇い直すと明言する雇用主も多かったからです。

 

また、薄給でした。男性労働者の半額でしかなかったそうです。また、長時間働かされた挙げ句、多くは家族を養えないほどの額でしか無く、結果として子供の面倒を見る事が出来る人がいなくなってしまっていました。

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子供も働きに出され

 

悲惨だったのは子供も同じでした。家族が養えない分、子供自身が働きに出ざるを得なかったからです。また、多くの教師が陸軍に少数され、授業が円滑に行えなくなってしまった事が、こうした環境に拍車をかける格好となってしまいました。

 

で、働きに出る分野ですが、兵器製造産業が多かった。カナダのカルガリー大学教授で同国の軍事戦略センターの研究所長を務めるホージャー・ハーウィック氏の著書「第一次世界大戦」によると、1914年から18年にかけての少年の雇用は、化学産業分野で225%、製鉄業界で97%、機械製造業で59%も増えていました。

 

ドイツ軍に必要な機材を製造・供給していたのは、こうした少年達だったとハーウィック氏は記しています。

 

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深刻だった食糧不足、健康にも悪影響

 

必死になって生計を建てようとする、こうした女性や子供達に襲いかかったのが食糧不足。健康に悪影響が出ていたそうです。

 

農家の男性も召集されていた訳ですから、食料生産に支障を来します。そうなると必然的に起きるのが、価格の高騰。一般市民には手が出せないような価格となってしまい、食べる量を減らさざるを得なくなります。

 

こうして、子供と高齢者層の死亡率が上がっていきます。多くが栄養失調や、体が弱る事で発症する病気で亡くなっていたそうですから、気の毒な話ではありませんか。

 

1915年(つまり戦争勃発の翌年)には、食糧事情が都市部では危険なレベルにまでなってしまいました。その結果、農村部の人への反感が高まります。農家が食料を溜め込んでいるとの噂も蔓延するようになります。

必要最低限とされる量が悲惨なまでに減っていった為、食糧不足を巡る暴動が全国で起きるようになっていました。

 

チーズやバター、卵が入手不能に

 

翌年の1916年には、調理用の油やチーズ、バター、卵が入手出来なくなります。同時に石炭や靴、衣服も不足するようになります。特に酷かったのが砂糖とジャガイモで、天井高となってしまい、ドイツ政府では「肉無しデー」や「油抜きデー」などを制定し、国民に耐乏を呼びかけます。

 

ドイツ人がジャガイモ買えないなんて…と思われましょうが、こうした状況は戦争が進むに連れ、更に悪化していきました。

 

「これではいけない」と思ったドイツ政府は戦時食料庁というのを設置し、家庭に不可欠な食糧の配給網をコントロールしようと試みます。しかし、縦割り行政の中、他省庁の管轄となっている分野には口が出せず、結果としてかけ声倒れに終わっていたそうです。

 

食糧配給を公正にしようと多くの法律が制定されたり、新しい役所の部局が作られはしたものの、これも国民が恩恵を受けそうにも無い、非生産的な決定だけを数多く生む格好になってしまいました。

 

逆境で「自由」を得た子供も→大人になってナチスに!

 

こうした状況が続くに連れ、ある種の変化が生まれます。子供が自由という感覚を覚えてしまうのです。つまりこうです。家族を養うに当たり、学校にも行かず働き、少ないながらも金を得る事で、親への依存心が無くなってしまったのです。これをポジティブに捉える子供も、当時いたそうです。

 

記事には書かれていませんが、こうした環境下で育ち、戦後更に悲惨な境遇で大人になっていった人達が、やがてナチスを担う中核の人材になってしまったのでしょうね。貧困と憎しみの連鎖という所でしょうか。

 

やはり戦争はしてはいけません。

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 takosaburou・記

 





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