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織田家 週刊武春

合戦時は後ろでふんぞり返っていた? 否! 織田信長は先頭で熱くなるイノシシ大名だった

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ワンマンでもなければ天才でもないが・・・ 

織田信長は、傍若無人なワンマン大名でもなければ、天才でもなく、さらには神仏を軽んじる悪魔でもない。おまけに部下には裏切られまくりのなめられっぱなし——。

当サイトでは織田信長の真の姿に迫るべく数々の記事を提供させていただいているが、こんな調子でどうして戦国時代に活躍できようか。人の上に立ち、しかも全国統一の一歩手前までいくのだから、少なからずリーダーの資質があるに違いない!

絵・くらたにゆきこ

絵・くらたにゆきこ

 

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さぞかし家来たちも 盛り上がっただろう

と、信長をリスペクトされている方に朗報。信長は、合戦場において、他の大名とは大きく異なる特徴が一つあった。

それは“自らリスクを取る!”という姿勢である。

戦場は激しく危険であるがゆえに、大将は後ろでふんぞり返っているのが常。にもかかわらず、信長は自らガンガン前に出ていったのだ。戦国無双のゲームがリアルで展開されているようなもんである。

だからこそ家来たちも大いに盛り上がり、勝率も上がって、また次の合戦の自信につながるという好循環となったのであろう。テレビゲームはボタンを押す早さが決め手だが、本物の命のヤリトリは、こうした士気が合戦の勝敗を大きく左右するものだ。

 

突如最前線に現れ火縄銃をパンパンパン!

信長が20才の頃の話だ。織田家が城攻めをしていたとき、安全な後ろで指揮をとっているはずの信長が突如最前線の敵の堀まで馬を進めてきた。そして火縄銃でバンバンと撃ちまくったという。

現代なら会社でもサッカーでも、リーダーがガンガン前に出ていくのは当たり前だ。が、戦国時代はワケが違う。大将が先頭に立って討たれたら総崩れになるので、ほとんど見られない現象だった。

特に、戦国時代の尾張兵(信長の本拠地)は弱くて有名だった。気温が(日本の中では)比較的温暖で、交易の豊かな尾張は、人柄もよく戦闘には不向きだったからと言われている。そんな弱兵を率いながらも、数々の戦いに勝利したのは、ひとえに信長のリスクを背負った姿勢だったといえる。

先頭切って死地に進むわ、裏切られても「うん、次も信じるよ」なんて言われたら、男気のあるやつはみんなイチコロだったにちがいない。

蛇足だが、このとき信長が使った火縄銃は連発などできる高性能な銃ではない。家来が脇でせっせと弾込めをして、次々に新しい銃を手渡すことで、連発を可能にしていた。

 




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川和二十六・記

 

 



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