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週刊武春 織田家

意外に小さい天下布武! 織田信長が目指したのは畿内統一だけだった!?

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天下統一、天下布武。

織田信長の天下とは、日本列島どころか、中国大陸をも支配して、ヨーロッパと対決すること。もしも本能寺の変がなければ、それこそ世界の王だったかもしれない――。

そんな夢見がちなストーリーは意外に多いが、彼が当初広げた「天下布武」の旗は、そこまで巨大なものではないどころか、かなり小さな範囲だった。

散々な言われようですが(絵・富永商太)

散々な言われようですが(絵・富永商太)

 

源頼朝さんの天下も主に東日本でした 

天下布武、つまり天下を武力で制圧するという印を使い始めたのは、尾張から隣国・美濃の岐阜城に入ってからとされている。
では、天下の範囲とはどれほどのものか。

北海道と沖縄をのぞく全部? 関東から中国地方くらいまで? いやいや、天下とはずばり“近畿地方”だけのことだった。想像をはるかにこえる小ささであろう。

そもそも、天下という言葉は非常に曖昧である。武家で一番最初の天下人は源頼朝とされているが、彼は日本列島を支配していない。京都すら支配していない。直轄地といえるのは、鎌倉を中心に関東周辺のみである。

学校の授業で習う歴史とは、大きな隔たりがあるのである。

実際、戦国時代には、信長の前に誰もが天下人と認める人がいた。

 

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日本に来た宣教師も認めた天下人 三好さん

天下人とは他でもない。三好長慶である。

誰それ? と思うかもしれないが、当時の人たちにとっては超有名人だった。なにしろこの方、「天下を統一した」のだから。

彼が支配したのは近畿と四国。つまりこの頃は、京都を中心に近畿さえ押さえてしまえば、天下統一の完成だった。このことは、ヨーロッパから日本にきた宣教師も認識していたくらいだから、幅広く知れ渡っていた常識だった。

ではなぜ、天下統一の範囲が日本列島統一まで広がってしまったのか。

それは、信長の死後に天下人となった豊臣秀吉と徳川家康が北海道と沖縄をのぞく全国を支配できてしまったから。以降、「天下」という空間がぐんと広がったというのが実態なのである。

織田信長天下統一640-2

 

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