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ミステリーの女王【アガサ・クリスティー】の原点は第一次世界大戦だった

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100年前の2014年に勃発した第一次世界大戦は、大勢の人命を奪い、かつ第二次世界大戦の導火線ともなった、酷いとしか言い様の無い惨劇でした。

ただ、1つだけ良かった(と言えると、ワタクシメは思う)のは、かのアガサ・クリスティーの推理小説家としてのバックボーンを養ったのが、この大戦争(Great War)だった事でしょうか。

英国のテレグラフ紙が、そう解説しています。「へー」って感じですね。

アガサクリスティ(Wikipediaより)

 箱入り娘が「お国の為に」と一大決心

 

さて、ここでクリスティーの生涯を、簡単に解説してみましょう。ウィキペディアの日本語版には、こうあります。

 

1890年、フレデリック・アルヴァ・ミラーとクララ・ベーマーの次女としてイギリス南西部のデヴォンシャー州に生まれる。

三人兄弟の末っ子で、10歳近く年の離れた姉と兄がいた。しかし年頃の姉マーガレットは寄宿学校におり、長兄モンタントはパブリックスクールを退校して軍に入隊していたために幼少期を共にする機会が少なく、専ら両親や使用人たちと過ごした。

父フレデリックはアメリカ人の事業家だが商才に乏しく、祖父の残した遺産を投資家に預けて、自身は働かずに暮らしていた。母クララは父の従妹で、少々変わった価値観を持つ「変わり者」として知られていた。母の特異な性格はアガサや家族の運命に少なからぬ影響を与えたが、フレデリックは気侭な妻を生涯愛し続け、アガサも母を尊敬し続けた。

少女時代のアガサは兄や姉のように正規の学校で学ぶことを禁じられ、母親によって直接教育を受けた。母クララの教育に対する不思議な信念は大きな影響を幼いアガサに与えた。例えばクララは「7歳になるまでは字が書けない方が良い」となぜか信じており、アガサに字を教えなかった。実際アガサは一般の子供より識字が遅く、父がこっそり手紙を書く手伝いをさせるまで満足に文字を書けなかった。変則的な教育は漸く字を覚えた後も独特の癖をアガサに残してしまい、現存している子供時代の手紙はスペルミスが非常に多い。

同年代の子供がパブリックスクールで教育を受ける間、アガサは学校に入ることを許されなかった。同年代の友人のいないアガサは使用人やメイドと遊んだり、家の庭園で空想上の友人との一人遊びをして過ごし、内気な少女に育っていった。一方で父の書斎で様々な書籍を読み耽って過ごし、様々な事象に対する幅広い知識を得て教養深さを養うことが出来た。また事情から一家が短期間フランスに移住した時、礼儀作法を教える私学校に入って演劇や音楽を学んだ。結局、母は最後まで正規の教育を学ぶことは許さなかったが、アガサ自身は自らが受けた教育について誇りを持っていたという。

 

引用終わり。つまり、文字通りの箱入り娘だったのです。

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 24歳で救急看護奉仕隊に志願、作風に影響

そんな彼女が第一次世界大戦を迎えたのは、23歳(勃発時には、まだ誕生日を迎えていませんでした)の時。他の英国民の例に漏れず「自分が祖国に尽くせる事は無いかと自問自答しました」(ベストセラー作家のソフィー・ハンナ氏による。なお、ハンナ氏はアガサ・クリスティーの『ポアロ』の新シリーズを書く予定だそうです)。

 

その結果、クリスティーが取った選択とは、1914年10月に総勢9000人が登録していた救急看護奉仕隊に自らも志願し、イングランド南西部のデヴォン州にあるトーキーという街で、傷ついた患者を治療するというもの。つまり、看護師さんとなったのです。24歳になって間も無くの決断でした。

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これが、当時のクリスティーの出で立ち(アガサ・クリスティー・アーカイブより引用)

 

時には重傷の患者さんを診る事もあり、手術にも立ち会いました。それが後々の作風に影響を与えた節があるそうです。後に「自分は全ての血を拭い、手足を切断して炉に私自身でくべる」と書き残しているぐらいですので。

 

また、当時の職場で、看護師仲間から「へこたれちゃあ駄目よ」とのアドバイスも受けていました。「例え1人の命が失われたとしても、貴方自身がそれに持ちこたえられるなら、問題は無いのよ」。

 

クリスティーの作品では、殺人現場での血の描写が殆ど無く、毒殺というトリックが多い(66作中の半数を占めます)のは、こうしたアドバイスと戦争体験のせいかもしれませんね。実際、看護師を経験後、薬剤の処方資格を得ているぐらいです。

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 最初の結婚相手は空軍のパイロットだった

 

さて、戦争勃発時、当時の社会基準としては「そろそろ結婚を」という年齢だった彼女でしたが、その例に漏れず、婚約していました。相手はアーチ-・クリスティーという英国空軍のパイロット。フランスに将校として赴いていきました(ちなみにアガサの旧姓はミラーと言います)。

 

1914年のクリスマス・イブに華燭の典を挙げます。この為に前線から一旦帰任し、アーチーの所属する教区教会での挙式となりましたが、時節柄、派手なものではなかったそうです。

 

「凄く、愛してるよ。これまで以上にね。どんな危険も厭わない。死だけが2人を分かつんだ」と、アーチーは彼女に言ったそうです。

 

ただ、それは実現しませんでした。

 

アーチーは軍人として有能でした。戦死する事無く武勲を立てて大佐まで進級します。また、その実戦における功績に対して、原則として少佐以上の軍人に与えられる殊勲従軍勲章を授与される栄誉に浴していますし、戦後の1919年には聖マイケル・聖ジョージ勲章が与えられているほどです。

 

ところが、こういう有能な男性は、得てして女性にモテるもの。アーチ-も、その例に漏れませんでした。

 

戦後間もなく、アーチーはクリスティーに、夫婦の友人の1人であるナンシー・ニールに恋してしまった事を告げます。これに深く傷ついたアガサは、いわゆる「愛の失踪」を遂げます。11日間も、行方をくらませました。娘のロザリンドさんによると、「アーチーを失った痛手から、決して回復する事は無かった」そうです。

 モテモテの夫に不倫された経験が男女のドロドロの名場面を生む?

 

これについては、唯一の孫に当たるマシュー・プリチャード氏も同意見。その後、アガサは金輪際アーチーの名前を口にしなかったとの証言を寄せているからです。

プリチャード氏は、再婚相手のマックス・マローワンが祖父に当たりますが、「祖父が生きていた頃は、決して第一次世界大戦中の話をしなかった」。

本人なりの気遣いだったのでしょうね。同時に、男女のドロドロが展開される作品があるのは、そのせいかもしれません。

何度も書いていますが、今年は第一次世界大戦勃発100周年という事で、様々分野で当時の様子を検証する作業が行われています。文学も、当然その1つなのですが、「不思議な事に、クリスティーに関する考察では、この大戦争が見落とされている」とテレグラフは指摘しています。

 

「恐らく、切断された手足や人間の恐怖に直面し、彼女自身なりに反応したせいだろう。つまり、人生に於いて特異な経験をしたので、後々それを偽装しようとしていたのだ」とテレグラフ。つまり、死を凶暴では無く芸術的に描き、犠牲者は美しい様子であり、死体は滅多に出て来ないし、出てきても長々と描写しない。そして、人が死ぬ現場は絶対に塹壕ではなく、牧師館だったりします(ミス・マープル・シリーズの「牧師館の殺人」がそうですね)。

 

「殺人が常態化した戦争から4年後、彼女はそれを芸術に昇華させたのだ」と、記事では結論づけています。

 

はぁなるほど、目から鱗だわ。彼女なりに、色んな重荷と葛藤を背負い、それを小説化していってたのですね。諸作品を読む、新たな視点と言えましょうか?

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