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週刊武春 アメリカ

マッサンで人気の「ハイボール」が生まれたのは80年前に廃止のアメリカ禁酒法のおかげかも

更新日:

1933年の12月(5日)にアメリカの悪名高き禁酒法が廃止されました。下の写真はアメリカの新聞ニューヨーク・タイムズの当時の紙面です=写真上(サイトより引用)。

?禁酒NYT

ざっと訳してみましょう。

 

禁酒法、午後5時32分に廃止承認:ルーズベルト、国に飲み屋での解禁要請;ニューヨークのセレブ、静かにレストランへ

 

首都で最期の動き

 

↑ここまでが見出しです。わざわざ時間まで強調する当たりが笑えますね。よっぽど、皆が待っていたんだろうなぁ。飲み助として分かるぞ、その気持ち(苦笑)。

 

…と、ここまで書いて気が付いた事が。ごらんのように逆L字型のヘンなレイアウトなのですが、これ、あらかじめスペースを空けておき、廃止成立までギリギリまで待った結果ではなかったかなと。それだけ、世の人が待っていたんだろうなぁ。

 

酒を飲むために憲法を改正!

以下が、記事のリード部分。短文を区切って強調しています。

 

大統領、ユタ州の廃止によって国は新政策を取ると主張。

 

フィリップス、布告に署名

 

最後の州の受け入れによって、修正憲法第21条が発効。

 

ええっ、けっ、憲法を改正していたのか。わざわざこの為に(汗)。そ、そりゃ、酒を止めろってんですからね(汗)。区切ったリードは、まだまだ続きます。

 

回復税は廃止へ。

 

年間2億2700万ドル、自動的に落ち込み。カナディアン・ウィスキーの割り当て増へ

 

で、やっとここから本文。

 

ニューヨーク・タイムズ特約 ワシントン、5日

合法的な酒が本日よりアメリカに戻ってきた。ルーズベルト大統領が、国民に「個人の自由の回復は、以前の憲法修正第18条の採択と、それ以降の状況との矛盾を今後は解決するだろう」と呼びかけたからだ。

禁酒法は、東部標準時間の午後5時21分に廃止された。最期まで残っていたユタ州が憲法修正第21条修正を批准した事により、発効した。

21条は、18条の廃止を謳ったものである。

これにより、10年以上に渡り、150もの醸造業者にアルコール分を含んだ製品は0.5%までと定め、数十億ドルものコストを増大させていたボルステッド法も無くなる事になった。

ユタ州に先立ち、ペンシルバニア州が、そしてオハイオ州が批准していた。

大統領による布告

ルーズベルト大統領は午後6時55分に公式声明を発表した。全国産業復興法の署名により、禁酒法は終わりを告げた。同時に、年間27億7000万ドルを集めてきた4つの関連する税(訳注:上記の回復税含む)も廃止された。また、33億ドルの関連公共事業償却についても同様である。

しかし、大統領は更に踏み込んだ。ユタ州のフィリップス州務副長官が修正憲法に批准した事を受け入れ、アメリカ人が国として第一にすべき自由を取り戻したと演説し、事態を改善したのだ。

国家がバーを禁ずるという連邦指令について、大統領と所属政党の民主党は拒みたいと、彼は直接打診していた。

 

「特に打診していたのは」と大統領。「アルコールを飲み屋でたしなむのを、わざわざ法律その他で国が認可するべきでは無いと言う事だ。その法が如何なる装いをしていようともね」。

 

個人的な嘆願

 

大統領は、全国民に法令の全面改正施行に協力するよう求めた。正式に認可を得た店での酒の購入については、特にそうするよう要求した。国内に住む個人や家族が、この求めに従う事により、より良い酒類の消費に繋がるばかりでなく「悪質極まりない酒の横行を止め、トドメとなるだろう」としていた。

 

こう告知したのは、禁酒法施行前の社会的政治的な悪の勢力が再び横行する事の無いようにとするものである。解禁政策に先立ち、国民が新たな自由を間違って行使する事は「アメリカ全土の不名誉となるだろう」と話していた。

 

また、アルコールの再合法化により、過剰な摂取をしないよう「アメリカ人の良識に」求めたいとしていた。「国の政策を通じて我々が求めたいのは、アメリカを挙げて多大なる節度を持つよう教育して欲しいという所にある」とも、大統領は話していた。

 

新政策の一環として、大統領は 連邦アルコール管理局が酒の醸造や流通を所管する事も明らかにしている。

 

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超訳すると「飲まんとやっとられん、ちゅーの」

 

俗っぽく補足しますと、次のような感じになりましょうか。

 

「皆さんどうもお待たせしました。飲み屋で飲むのを禁じるなんてヤボは、国としてもう言いませんから、後は御自由に。ただし、節度を持って飲んで下さいね。マフィアとかヤバイ筋から買っちゃあいけませんよ」。

え?お待たせ云々は、元の記事に無いって? そこも補足します。

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大統領選の公約だった禁酒法廃止

1933年の前年に、大統領選挙が行われ、ルーズベルトが初当選したのは、皆様も御存知かと。その際に争点となっていたのは、世界大恐慌によるドン底景気をどうするかという問題だったのは、学校の教科書にも載っていましょう。しかし、これとは別の争点があったのです。それが「禁酒法を何とかしろ!」。

ルーズベルト大統領(Wikipediaより)

ルーズベルト大統領(Wikipediaより)

禁酒法が成立したのは、1920年。元々、アメリカという国は、禁欲的なピューリタンその他のキリスト教徒が移民して出来たという事もあり、国内に一定勢力の「禁酒派」「節酒派」がいました。そうした勢力が一挙に拡大したのが第一次世界大戦の勃発。

ドイツと戦ったからビール会社標的?

アメリカは1917年4月に帝政ドイツに宣戦布告するのですが、その際に不幸なタイミングが重なりました。同じ年の2月に禁酒法を後押しする憲法の修正決議が上下両院に提出されていたからです。

?何しろ、クアーズやミラーなど、今日なおブランドとして残るアメリカのビール醸造大手がドイツ系という事もあり「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」となってしまいました。

Garry "Reride" Miller  - Barrelman  - Parada del Sol Rodeo - 無料写真検索fotoq
photo by Al_HikesAZ

禁酒法制定に必要な憲法修正については、同年12月18日に上記の第18条が議会を通過。翌年1月16日に36州で批准されます。今から思えばヘンな話なのですが、第一次世界大戦そのものは1918年11月11日に集結しているのです。でも、一旦国が動き始めると、止まらなくなってしまうのですよね。

かくして、禁酒法(正しくは国家禁酒法。またの名をボルステッド法)が1920年からアメリカ全土で施行されます。

実はどぶろくはOKだった

ちなみに、誤解があるようでアレなんですが、飲酒そのものが禁じられた訳では無く、「自分で醸造した酒を飲むのは構わないが、他人の為に作ったり、売ったり、運んだりするのは駄目」というのが法の趣旨。この為、庭のある家などではワイン用のブドウ作りが盛んになったそうです。

思えばアホな法律ですよね(と、日本人であるワタクシメが書くと物議を醸すか)。「意識高い系」な人が主導して出来た法律ですけど、それでも景気が良い時代には建前としてギリギリ受け入れられました。

もっとも、国境に近い地域に住む人には、カナダやメキシコに行ってベロンベロンになって帰ってくるというツァーも用意されていたそうですが。ところが、1929年の不況後は、そうもいかなくなった。しかも、ストレスが溜まりゃあ酒が飲みたくなるもの。かくして世論が、今度は「飲ませてくれ?」とあいなった訳です。

禁酒法廃止で歓喜するマスコミ

ルーズベルトは、大統領選出馬に当たり禁酒法の廃止を公約していました。それを実行したのが、当選11か月目に当たる5日だった訳です。

アメリカの報道サイトを読んでいると、当時を振り返った企画記事が多くありました。

笑ったのが、このドリンク・ビジネスという飲食情報サイトの記事

禁酒2

「禁酒法が、遂に終わったぞ!」とデカデカと見出しを付けて報じている、当時のデイリー・ミラー紙の1面を紹介しています。喜び大爆発って所ですね。

このサイトによりますと、禁酒法時代にアルコール造りをしたは良いが、中毒を起こして死んでしまった人が1万人いたそうですから、矢張り罪作りな法律だったのですね。

また、ルーズベルト大統領がそれとなく匂わせているヤバイ筋が横行した時代でもありました。1929年にはマフィアが有名なセント・バレンタインデーの虐殺を行った例を挙げながら、こう断罪しています。

禁酒法は、飲んで楽しみたいだけの普通の市民を犯罪者とし、深刻な組織犯罪シンジケートがアメリカの都市に根付いて成長し、その暴れ振りに拍車をかけるだけとなってしまったのだ。

?一言もござりませぬ、って感じですね。

禁酒法ゆえに生まれた「ハイボール」

もっとも、悪い所ばかりではありませんでした。今日なショットバーなどで定番となっている「スピークイージーズ」という各種のカクテルは、禁酒法時代に作られているからです。代表的なのがサイドカーや、ウィスキー・オールド・ファッションド、フレンチ75、ビーズ・ニーズやサウスサイド、そして、あのハイボールなどがそうです。

ハイボールは禁酒法下でうまれた?!(Wikipediaより)

ハイボールは禁酒法下でうまれた?!(Wikipediaより)

その後の不況の時代、少しでもチビチビと飲めるというのが受け、アメリカ国内だけでなく、ロンドンなどにも広まり「アルコールのルネッサンス」となっていったと記事にはあります。

そうかぁ、あのハイボールもねぇ。久しぶりに飲みたくなったなぁ。

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