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http://de.wikipedia.org/wiki/Skagerrakschlacht#/media/File:HMS_Queen_Mary_Jutland.jpg

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イギリス 週刊武春 WWⅠ百年

3人に1人が少年兵だった第1次世界大戦時のイギリス海軍の戦死率

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年齢を誤魔化すのは、何もキャバ嬢だけではない(先日もエライ目に遭いましたって、誰も聞いてませんね)。100年前の第一次世界大戦では、入隊が許されたのは18歳からだったにもかかわらず、14歳から17歳の少年が年齢を誤魔化して英国海軍に入隊していた事が、記録文書の照合などで明らかになりました。英国のテレグラフ紙が報じています(2015年3月6日付け)。

計10万人の14~17歳の少年水兵

しかも、そうした少年兵が全体の3割を占めていたとの事ですから、少し驚かされますよね。

ロンドン西部にあるナショナル・アーカイブスに収蔵されていた英国海軍兵役記録簿の1900年から28年までのデータが、最近になってアンシストリーというご先祖様のルーツなどを調べる事が出来るサービスで利用可能になりました。

この記録簿には誕生日と生まれた場所と作戦に従事した海域、認識番号、昇級や退役時期や理由などデータが豊富でして、それらを分析して判明したのだそうです。当時、入隊が許されたのは18歳からでしたから、血気にはやっていたのでしょうね。結果として、こうした水兵の頭数によって英国は海上での優位を保てた節もあるのだそうです。

そうした少年兵が10万人以上いたそうです。しかも、海戦の勃発と同時に投入されていたらしい。多くの少年は自宅を離れるのが初めてだったろうと推定されているとの事。親は一体、どうしていたんだろうって感じですね(汗)。

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 年齢自己申告で陸軍でも大量採用

しかも、これは当時の英国陸軍でも同様でした。数万人単位の少年兵が入隊し、塹壕戦に投入されていたらしい。

複数の歴史家の指摘によると、1900年初頭の英国では出生証明書の発行という慣習が無かったらしく、国民の多くが持っていなかったのだそうです。つまり、年齢は自己申告。キャバ嬢と同じだったのですね。だから嘘を付いてもバレなかった。また、こうした募集担当将校には、新兵が入隊する度にボーナスが支払われていたそうで、こうなると「年齢的にひょっとしたら…」との懸念は華麗にスルーされていたらしい。

で、陸軍ではこうした志願兵が10人に1人を占めていたのですって。海軍の3人に1人と相まって「第一次世界大戦の大きな悲劇として認められるべきであろう」と、テレグラフでは書いています。

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幕末の白虎隊のように勇気はあるが練度が低く死亡率は高かった

さて、昔の諺に「青年に猪突ありて知恵無く、老人に打算ありて貢身無し」というのがあります。これは当時の志願兵にも言えまして、勇気はあったものの、いかんせん経験が足りなかった。また、上官による訓練も不足気味だったのだそうです。データの分析から、18歳以上の水兵に比べて戦死率が16%も高かった事が分かったというのですから、痛ましいですよね。

そうした無名の戦死者にも、今回再びスポットが当たっています。その一つが巡洋艦クレッシーに乗り組んでいた水兵達でした。クレッシーは1914年9月22日にドイツのU-9によって撃沈されています。この時には、他にも2隻が被害を受け、トータルで1459人の兵士が命を落とします。その最後は、「北海で溺死し、死亡除隊」とだけ記されていたそうです。

装甲巡洋艦クレッシー(Wikipediaより)

クレッシーの喪失は、第一次世界大戦での海戦での戦死者としては大きな数字で、英国市民に衝撃を与えました。これを受けて、潜水艦隊の改善に予算を割くようになったと、歴史家は指摘しています。

この他にも、1914年のヘリゴランド海戦や、翌年のドッガーバンク海戦、そして有名なユトランド沖海戦(1916年)などで戦死した水兵のデータも浮かび上がりました。 この海戦では14隻が沈み、6000人が命を落としています。

ユトランド沖海戦で爆沈したイギリス巡洋戦艦「インヴィンシブル」

沈んだ中に、駆逐艦のクィーン・メリーがありました。ドイツ海軍の巡洋艦、デルフリンガーの砲弾が2発も命中。5月31日に北海の底深くに旅立ちました。乗組員1266人中、866人が戦死したと記録にはあるそうです。(トップ画像が沈むクィーンメリー=Wikimediaより)

アンシストリーの上席コンテンツマネジャーを務めるミリアム・シルバーマン氏は「祖国の勝利に役立てばと、当時の若者が水兵に志願する用意があったとする文書が全体の3分の1も占めている事は理解しがたい。こうして詳細に分かったデータから、先祖が第一次世界大戦の最も悪名高い戦闘の幾つかに大きな衝撃を与えた事や海軍での軍歴が分かるようになったのは感銘深い」と、やや複雑な様子でした。

「勝ったから良いではないか」という話には、確かになりませんよね。

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