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週刊武春 江戸時代 災害・事故

隅田川花火大会の始まりは「享保の大飢饉」餓死者を弔うための儀礼だった!? 今宵は夜空にお祈りを

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夏になれば全国各地の夜空を彩る花火大会。

それぞれ特徴があっていずれも優劣はつけられませんが、それでもなお日本一を決めるとしたら、やっぱり「隅田川花火大会」ではないでしょうか。

打ち上げられる花火の数は、今年(2015年7/25)は全部で2万発!

その様子はテレビでも放映されるほどの規模ですから、やっぱり日本代表と言っても差し支えないでしょう。

しかし、こんなド派手なイベントが、江戸時代の飢饉をキッカケに始まったとしたら少々驚きではありませんか?

そうです。この隅田川花火大会は、1732年に起きた「享保の大飢饉」が発端だったのです。

スカイツリーと隅田川花火大会/Wikipediaより引用

【TOP画像】隅田川花火大会/Wikipediaより引用

 

公式記録では1.2万人の餓死者だが、実際は数十万人の恐れも

享保の大飢饉とは、暴れん坊将軍の名でお馴染み・徳川吉宗さんの治世に起きました。

「寛永・享保・天明・天保」の4つで江戸四大飢饉と呼ばれたり、「享保・天明・天保」の3つで江戸三大飢饉と称されたり、この時代は異常気象や火山噴火などで幾度かの食糧危機に見舞われており、享保の大飢饉は「冷害と虫害」が原因でした。

特にひどかったのが西日本でして、九州・中国・四国地方を中心に作物が不作となったばかりか、稲の害虫であるウンカも大発生。

稲の大敵であるセジロウンカ/weblioより引用

 

まさに泣きっ面に蜂というやつで、幕府の公式記録によると飢えに苦しんだ人が約264万人、餓死者が12,000人に達したといいます。

ただし、これはあくまで公称記録なんですね。

幕府に睨まれたくない全国の各藩が被害を過小申告していた可能性も高く、最近の研究では死者数十万人に達していた可能性もあるとのこと(当サイト執筆陣・恵美嘉樹さんの記事を参照です)。

江戸時代の人口は最盛期で3,000万人ですから、たとえば死者が30万人だとすれば1%の人間が一気に消えてしまった計算になります。あな恐ろしや……。

何かと話題の吉宗さん。まさか花火大会を始めた人だったとは……/Wikipediaより引用

何かと話題の吉宗さん。まさか花火大会を始めた人だったとは……/Wikipediaより引用

 

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飢饉で一番怖いのは「飢えの連鎖」の発生なり

しかし、飢饉で一番おそろしいのは、実は「目の前の餓死」だけではありません。

凶作になれば農作物の価格が上がり、農家が種もみを食べてしまえば、翌年の収穫量も減ってますます同様の現象に拍車がかかる――。

つまり、一過性で終わらず「飢えの連鎖」が起きることなんですね。

戦国時代、日本は気候が寒冷だったため、食糧をめぐって人々が殺し合い・奪い合いを繰り返してきました。

現代の温暖化からは考えられませんが、時代が戦国から江戸に移り変わっても依然として寒冷な気候に見舞われたことがあり、平和になって生活環境が改善されるどころか、江戸四大飢饉以外にもたびたび食糧危機が発生しているのです。

 

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西日本へ米を回したため、江戸で打ちこわしが発生

飢饉が起きて怖いのは、餓死や飢えの連鎖だけではありません。

空腹に耐えかねた庶民たちが蜂起し、商家や倉庫から米を奪い取る「打ちこわし」が起きることもありました。

実際、享保の大飢饉のときにも食糧危機に瀕した西日本へ米を送ったために東日本での価格が高騰、江戸の町で打ちこわしが発生しております(日本橋では1700人もの農民が参加して大規模な強奪が敢行されたとの記録も)。

数字での記録は不明ですが、当然ながら死者やケガ人も出たでしょう(※ちなみに天明の大飢饉では人肉を食したり売りさばいたなんて記述もあるほどですから、飢饉とは本当に恐ろしいものです)。

かくして荒廃しきった人心に潤いを与え、餓死者の魂を弔う儀礼を実施したのが徳川吉宗。その際に連日打ち上げた花火が、現在の隅田川花火大会へと続いているワケです。

夜空に煌めく無数の光に、今夜は冥福の祈りを捧げるのもよいかもしれませんね。

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【参考】隅田川花火大会/Wikipedia 享保の大飢饉/Wikipedia ハザード今昔物語/ハザードラボ

 

 





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