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週刊武春 アメリカ 女性

2020年から米ドル紙幣に初の女性採用! 「誰になるか」の肖像レースを見るとアメリカの歴史がわかる!?

更新日:

言われてみれば「あぁそうだな」と思う人も多いでしょうが、アメリカって先進国では珍しく、女性を紙幣の肖像に使っていないのですよね。

で、「そういうのはアカン」と思ったらしく、10ドル札の肖像を女性にしようとアメリカ財務省が候補者を物色中。現在有望なのが、あの人なんだそうです…。

英国のガーディアンが報じています(2015年8月5日付け)。

誰よ?ルーズベルトの奥さんなんだって

マクラーチ・マリスト社が5日に発表した世論調査の結果では、1番人気はエレノア・ルーズベルト。フランクリン・デラノ・ルーズベルトの奥さんでして、27%だったそうです。

 アナ・エレノア・ルーズベルト(Anna Eleanor Roosevelt, 1884年10月11日 - 1962年11月7日)は、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの妻(ファーストレディ)、アメリカ国連代表、婦人運動家、文筆家。リベラル派として高名であった。あくまでもリベラル派(自由主義者)なのであって、左翼運動や共産主義運動に対しては批判的であり、明確に一線を画していた。

(中略)

1905年に、父親の五いとこ(fifth cousin)に当たるフランクリン・ルーズベルトと結婚し、5男1女の子供をもうけた。もともとエレノアは内気で子供の教育に熱心な妻であり母親であったが、夫フランクリンの政界入りに伴い、エレノアもニューヨーク州民主党婦人部長を務めたことがきっかけで、家庭の外で活躍を始めた。

1921年に、夫フランクリンが突然ポリオに罹患し、政治活動を断念しようとしたときは、彼女はフランクリンにとって政治こそが精神的に立ち直るために必要であると励まし、ルーズベルトが復帰する原動力となったことは良く知られている。1918年に自分の秘書ルーシー・マーサ・ラザフォードと夫との不倫を知った(そしてそれを容認した)ことも政治への情熱の一助となったかもしれないと評されている。一方、1928年に出会い、長年に亘り強い友情で結ばれていた女性記者ロレーナ・ヒコックとの関係は、同性愛であったのではないかとされている。また、夫が秘書のマーガレット・ルハンドらと不倫関係にあるのと同時期に、エレノアは夫の側近のハリー・ホプキンス[2]やボディガードのアール・ミラーと不倫関係にあり、夫妻は共にお互いの不倫を知り、それを認め合い、更にそのことで「励ましあう」関係だった、という。ミラーとの関係はエレノアが亡くなるまで続いた[3]。

(中略)

大恐慌後の世界的な不景気下の1933年3月4日に、ルーズベルトが大統領に就任した。その後ルーズベルトが3選されたホワイトハウス時代の12年間、エレノアは夫フランクリンの政策に対して大きな影響を与えた。ルーズベルト政権の女性やマイノリティに関する進歩的政策は、ほとんどがエレノアの発案によるものである。

なお、エレノアはルーズベルトが第二次世界大戦中に推し進めた日系アメリカ人強制収容に反対している。さらに、この間に多くの友人を得たことが夫の死後「第二の人生」を開く大きな財産となった。

晩年

1945年4月12日にルーズベルトが死去すると、エレノアは家族と共にニューヨーク州ハイドパークの私邸に退き、そこで静かな余生を送るつもりだった。しかし、夫の跡を受け継いだトルーマン大統領の要請で国際連合の第1回総会代表団の一員に指名される。上院の同意を得て正式に任命されたエレノアは、1946年にロンドンに赴任し総会に参加した。ロンドンの総会では人権委員会に参加し、委員長に選出される。人権委員会は世界人権宣言の起草に着手し1948年12月に国連総会で採択された。


(以上ウィキペディア日本語版より抜粋。写真も

と、大恐慌時代と第二次世界大戦期という修羅場を潜り抜けた大統領の奥さんだけあって、波瀾万丈な生涯を過ごしました。それが後世の人気になっているようですね。

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南北戦争で活躍した黒人のジャンヌダルク

では2番人気はというと、ハリエット・タブマン。「誰それ?」と思われる人も多かろうと。南北戦争当時に大活躍した、黒人奴隷解放家です。

 ハリエット・タブマン(Harriet Tubman, 1820年または1821年 - 1913年3月10日)は、アメリカ合衆国メリーランド州ドーチェスター郡出身の奴隷、後に奴隷解放運動家、女性解放運動家。
特に、地下鉄道(アンダーグラウンド・レールロード。アメリカ北部やカナダへ黒人奴隷が逃亡するのを援助する秘密結社)の女性指導者のひとり。その功績から尊敬をこめて、「女モーセ」「黒人のモーセ」(Black Moses) とも呼ばれた。古代エジプトで奴隷となっていたイスラエル人をカナンの地へ導いた、古代の預言者モーセになぞらえてのことである。

(中略)

1847年、奴隷主が死に、奴隷が売られると聞いたことをきっかけに、脱出を渋る夫を残して北部のフィラデルフィアへ逃亡した。逃亡の途上、奴隷解放運動主義者で非合法組織である地下鉄道を支援していたクェーカー教徒に助けられる。フィラデルフィアではレビ・コフィンやトーマス・ガレット、フレデリック・ダグラス、ジョン・ブラウンらの奴隷解放運動家と交流を持ち、地下鉄道の「車掌」としてその運行をはじめた。

後述の半生記によれば、1850年から1860年の間に約19回の南部との往復を繰り返し、300人余りの奴隷達の逃亡を助け、自由に導いたとされる。ハリエット・タブマンは一度も捕えられず、「車掌」として成功をおさめた。そのためタブマンに掛けられた賞金額は合計4万ドルを超えたいう。しかしケイト・ラーソンの研究によれば、実際に助けたのは13回の往復で70~80人ほどであり、掛けられた賞金も50~100ドル程度という。

南北戦争中はコックおよび看護婦として働くとともに、北軍のためのスパイをも務めた。この任務においても、タブマンは一度も捕えられることはなかった。


(以上ウィキペディア日本語版より抜粋、写真も

チョー波瀾万丈な生涯ですね。有色人種系でもありますし、実現すればオール白人体制の打破?にもなるしと思いきや、総得票数の17%。

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未知の西部への道を開いたインディアンの通訳女性

3番手はと言うと、サカガウィア。「それ誰?」感が更に深まりますが、アメリカでは有名な女性です。

サカガウィア、あるいはサカカウェア、サカジャウィーア、サカジャウェア(Sacagawea、あるいはSakakawea、Sacajawea、1788年? - 1812年12月20日?1884年?)は、ショーショーニー族インディアンの女性。名前の正式な発音、綴り字はよく分かっていない。

(中略)

トマス・ジェファーソン大統領は、全米の地勢を把握するために、当時白人にとって未知領域だった西部を探るため、命令で30名余りの兵士で構成した遠征隊を北西部へ派遣した。

1804年5月14日、ルイスとクラークの率いる遠征隊がミズーリ州セントルイスの近くの基地を出発し、三隻の船に分乗して、ミズーリ川を溯った。冬が近づく10月下旬にようやくマンダン族の領土にある「マンダン砦」に到着。彼らはここで越冬の準備をした。そこでルイスとクラークは、シャルボノーの妻である、当時16歳だったサカガウィアに出会った。彼女の通訳の才を見抜いたルイスとクラークは、西方への途上でのインディアン各部族との通訳にと、彼女を通訳ガイドとして夫シャルボノー諸共雇い入れる事にした。 翌1805年2月11日、越冬中のマンダン砦で、彼女は男児を出産した。この男の子はジャン・バティスト・シャルボノー(Jean Baptiste Charbonneau)と名付けられた。

冬が終わり春になると、遠征隊はヒダーツァ族から西方の地形を聞き出し、ミズーリ川を渡り、さらに西へと旅に出た。またルイスとクラークは険しいロッキーを山越えするにはショーショーニー族からの馬の入手が不可欠と考え、そしてそこでショーショーニー族でもある彼女を活用しようと考えていた。実際に彼女は遠征隊に役立ち、様々な面で貢献した。生後2ヶ月の子供を背負い、夫と共に危険な旅に同行する事になる訳だが、病に倒れたり危険で絶望しそうな時でも彼女は冷静に対処し、探検隊の兵士達を勇気付けてきた。しかしそのなかで、彼女自身も熱病に冒され瀕死の状態になってしまう。ルイスはショーショーニー語が分かる通訳ガイドの彼女が死んでしまったら今後どうなってしまうのかと、彼女の容体を心配して見守った。野営地の近くで温泉を発見すると、バージニア州で温泉の湯が治療に使われていた事を思い出し、温泉の湯を彼女を救う最後の手段として彼女に飲ませ、彼女はなんとか熱病を克服する事が出来た。
1805年7月27日大滝を南下し、彼女の部族が住む土地、スリーフォークスの平原地域にたどり着いた。一行はこの後、ショーショーニー族を探すため南西に移動し、彼女が示した方角へ向かった。8月17日、ついにショーショーニー族の一団と出会い、彼女は同様にヒダーツァ族に捕まって自力で逃げてきたショーショーニー族の少女とも再会する事が出来た。探検隊はこう書いている。

「サカガウェアは踊り出し、夢中になって喜び、数人のインディアンを指差しながら、同時に指を何本も吸って彼らが同じ部族であることを知らせた。」
探検隊は恐る恐る野営に入って行き、このショーショーニー族の酋長のコーメアワイトと挨拶を交わした。彼らは通訳のためにサカガウェアを呼びにやらせたが、酋長を見た瞬間、サカガウェアは彼を実の兄と認め、二人は固く抱き合った。探検者たちはこう書いている。
「彼女はティーピーに入ってきて通訳を始めるか始めないかのうちに、突然コーメアワイトの風貌に兄を認め、いきなり飛びあがり、駆け寄って彼を抱き、その上に自分の毛布を投げかけ、思いっきり泣いた。」
白人たちは酋長に衣服、ナイフ、煙草、ビーズ、鏡の贈り物を渡すと、コーメアワイトは白人たちに大恩の礼を述べ、以後、彼らに対して援助を惜しまないと約束し、荷馬と案内役を提供してくれた。彼らの後にやって来た白人たちは、すべてこのときのショーショーニー族との友好関係の恩恵にあずかることが出来たのである。
8月19日、こうして彼らの助けを得て、さらに西へと探査して行った遠征隊の一行は、遂にオレゴン州に辿り付き、やがて太平洋に到達した。サカガウェア自身は、その後25歳の若さで亡くなったとされる。しかしこののちもなお生き延びたとの説もあり、以後のいきさつについてはよくわかっていない。


ウィキペディア日本語版より抜粋。写真も

つまり、先住民族。「白人に寄与した『良いインディアン』として、アメリカ合衆国建国神話の重要な人物であり、硬貨の肖像にもなっている」とウィキペディア日本語版では解説しているように、硬貨になっているのがハンディなのか、目下は13%。このまま行けば、エレノアで決まり?

財務長官「反響は150万件以上あった」

もっとも、これらはWomen on 20sというSNSでのキャンペーン結果の集計でして、実際に誰が選ばれるかは不明。元々、今年6月にジャック・リュー財務長官が10ドル札のアレクサンダー・ハミルトンから史上初の女性の肖像に変えると発表したのが、SNSなどで取りあげられるきっかけとなりました。#žTheNew10というハッシュタグが付けられた事も、オンナゴコロや歴史マニアを煽る結果となったようですね。
5日に行われた記者との朝食会の席上で、リュー長官はツイッターでの投稿やRT、手書きの書簡など、約150万件の反響があった事を明らかにしています。
なお、マクラーチ・マリスト社に寄せられた候補としてはスーザン・ブローネル・アンソニー(アメリカ合衆国における女性参政権獲得のために活動した人物1820年2月15日 - 1906 年3月13日=ウィキペディア日本語版より)やパイロットのアメリア・イアハートの名前があったそうです(それぞれ11%)。初の最高裁判事となったサンドラ・デイ・オコナー氏も挙げられていましたが、4%しか集まらなかったそうです。

スーザン・B・アンソニー(立っている方、Wikipediaより)

なお、実際に女性が登場するのは2020年印刷の紙幣からだとか。果たして結果や如何に?

南如水・記

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日本人初の女性肖像紙幣(彼女以前は神功皇后の想像図と紫式部の絵はあり)といえば「あの女流作家が小説家の道を選んだ意外な理由 五千円札の樋口一葉【その日、歴史が動いた】」





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