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週刊武春 アメリカ

アメリカの祝日「コロンブス・デー」に疑義が多数噴出で毎年逮捕者続出「実はアメリカ大陸発見してない!?」

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ウィキペディア日本語版より

アメリカの祝日に「コロンブス・デー」(10月第2月曜日)というのがあります。世界史の教科書に出てくる、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見した事を祝う日なのですが、先住民族からしたら「それって白人中心の歴史観じゃないか」と目の敵にされるなど、一向にめでたくない日になっていたりします。

そんな中で、名門紙のワシントン・ポストが「何でこの日が休日になっているのか、意味分からん」と問題提起をしています(20151011日付け)。そもそも、歴史的な根拠が無いというのですから、少しばかり穏やかではありませんね。

祝日への抗議で逮捕者が

ウィキペディア日本語版によると、この祝日は不祝日とでも言い直した方が良いのかも。

1911年、オナイダ族インディアンのローラ・コーネリアスや、オマハ族のラ・フレスカ姉妹ら、インディアン女性運動家たちは「アメリカインディアン協会(Society of American Indians)」を設立し、「全米インディアン・デー」を提唱した。彼女らは「コロンブス・デー」と同日にオハイオ州コロンバスで第一回決起大会を開き、「インディアンが白人のアメリカを発見した日!」とのスローガンを掲げ、この日に抗議した。

現在も反「コロンブス・デー」運動は「アメリカインディアン運動AIM)」 などに引き継がれ、毎年この日になると全米各地で抗議行進やデモが行われていて、この際多数のインディアンが逮捕されている。また、この休日の名称そのも のの変更を要求するインディアン団体「コロンブス・デー変更同盟」(The Transform Columbus Day Alliance)も運動を強めている。

つまり、100年も前からずっと物議を醸し、逮捕者も続出している訳です。穏やかで無いですね〜。そんな中で、当事国の首都で発行されている新聞として座視出来なかったのか、次のような問題提起をしています。

「クリストファー・コロンブスが1492年にアメリカを発見し、ニーニャ、ピンタ、そしてサンタ・マリアの3隻の船は地球が平らではないと最初に証明した…と学校で習った方もおられよう。ところがだ、実際は違うのだ。コロンブスはアメリカを発見した訳でも無く、大地が平らではないと証明した訳でも無い。その上、船の名前だって疑いが持たれているのだ」と、読者の関心を引くような書き出し。確かに西インド諸島には到達したものの、大陸じゃあ無いでしょと言われれば、そうですよねとなりましょうか。でも、船の名前が違っているのは初耳だったぞ(汗)。

スペインから大西洋を渡っての遠征は、都合4回行われました。世界史で習う1492年と、翌年の1493年。そして1498年と1502年です。歴史的な意義は、大きなものがありました。ワシントン・ポストでもアメリカ大陸から旧大陸にもたらされた動物や疾病、文化やテクノロジーはコロンビアン・エクスチェンジ(Columbian Exchange=コロンブス交換)などと呼ばれています。例えば、アメリカ大陸から全世界に広まったのがチョコレートだったりします。逆にアメリカ大陸にもたらされたのが小麦。有り難くないものが腺ペスト水疱瘡、コレラやマラリアや麻疹や腸チフスなどなど。こうした病原菌により、それまで住んでいた人達は次々と倒れ、人口は激減してしまいました。

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そもそも、北米大陸には寄ってないし

同紙では、コロンブス自身は中央アメリカと南アメリカの海岸には立ち寄ったが、北米に上陸した事は1度も無いと指摘しています。何よりも、本人は死ぬまで自分はアジアを発見したと思い込んでいた事も見逃していません。

また、US-History.comという歴史系サイトを引き合いに出しながら、スペインの副王としてカリブ諸島を残忍な統治をしていたと論じ「コロンブスを熱心に崇拝する人たちですら、自己中心的かつ残忍かつ強欲で、その上レイシスト(人種差別主義者)だったと認めているぞ」と畳みかけます。

要するに、「こういう人間的に問題がある人物の名前を付けた祝日ってどうよ?」と言いたいらしい。うーむ。

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そもそも、イタリア人ではないかも?

また、世界史で習う「ジェノバ生まれのイタリア人」というのも、疑問視されているのだそうです。「えっ?」って感じですよね。本当はスペインのカタロニア地方の生まれだろうと推定する歴史家もいるからです。実際、遺骸が埋葬されたのはスペインだったりします。イタリア生まれなら、故郷のジェノバ当たりに埋葬されてもおかしくないですよね。

と、怪しさ満載な人物なのですが、知ってか知らいでか、御輿として担ぎ出したのはイタリア系アメリカ人。コロンブスがカリブ海の島に最初に上陸した14921012日から300周年を迎えた1792年の1012日に、こうした人たちが記念日として祝うようになったのが、コロンブス・デーの原型とあいなりました(だからぁ、島であって大陸じゃないでしょ?)。

更に100年後の1892年、当時のベンジャミン・ハリソン大統領が、コロンブスの航海は勇敢だったとして、1012日を愛国的な祝祭として奨励する旨の布告を出したそうです(History.comによる)。

そこから45年と、ちょいとばかり半端な年月が経ってから、決定的な機会が訪れます。当時のフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が、社会的に大きな影響力を持っていたカトリック団体のナイツ・オブ・コロンブスによる熱心なロビー活動に根負けします。この団体は、コロンブスはカトリックの英雄であり、1012日は全国的な祝日とするべきだと猛烈なアタックをかけたのです。そう、とうとう祝日になってしまった訳です。その後、1971年からは10月の第二月曜日がコロンブス・デーとなります。必ず連休になるようにとの計らいなのでしょう。

同紙でも、ウィキペディアの日本語版以上に、この祝日がめでたくないという状況を把握しています。どうやらウンザリしているらしい。ポストでは、幾つかの対策例を挙げています。例えば、サウスダコタ州では先住民族の日と呼ぶようニーニャっていますし、カリフォルニア州のバークレイでは、1992年から土着民の日とし、カリブ海に上陸した際にいた先住民族を偲ぶ日としています。この他、アラバマ州では「コロンブス・デーならびにインディアン・ヘリテージ・デー」と折衷的な名称にしています。双方の対立を煽らない為の措置なのでしょう。ちなみに、オバマ大統領の生まれ育ったハワイでは「ディスカバリー・デー」としているのですって。

そもそも地球が丸いと証明した訳では無いし

米国の小学校では、コロンブスは1492年に東インド諸島(今で言う東南アジア)への新しいルートを発見するために船出したと、長年に渡って教えられてきたそうです。その当時、地球は平らだと考えていた船乗りらは、自分達がどこかに落ちてしまうのではないかと恐れていたとも教えられるとの事です。それが上手く行ったのだから、地球が丸いと証明したのがコロンブスなのだという風に話が行き着いているらしい。

ワシントン・ポストでは、これにも異議を唱えます。紀元前6世紀にギリシャのピタゴラスが地球は丸いと提唱し、後にはアリストテレスやユークリッドが賛同します。実際、コロンブスは航海に当たりプトレマイオスの「ゲオグラフィア」という地理についての著作を持っていたそうです。プトレマイオスはローマ時代の地理学者で、地球は丸いと唱えていました。この他にも、13世紀から16世紀にかけて、地球が球体であるとの議論は欧州であったのですって。従って、コロンブスも地球が平らなどとは露とも思っていなかったものの、その大きさについては考え違いをしていた(だから西回りでの方がアジアに早く到達出来ると信じ込んでしまった)としています。 

そもそも、白人の発見者第一号はバイキングだよーん

同紙では、白人の北米大陸発見者第一号では無いとも指摘しています。「白人で北米大陸を最初に発見したのはコロンブスより500年前のバイキングだったんだぞ」と書いているからです。レイフ・エリクソンという名前のバイキングでして、今日のカナダに到達していたとされています。また、白人と見なすべきかどうかは微妙ですが、フェニキア人が大西洋を遙か昔に渡っていた可能性も指摘されています。

トドメは船の名前も違うし

そして、武将ジャパンの読者の皆様も初耳だと思えるのが、乗っていた帆船の名前。ニーニャ、ピンタ、サンタ・マリアの各船ですが、「恐らくこれは本当の名前では無い」(ポスト紙)。サンタ・マリアは当時「ラ・ガレーガ」(『ガリシア人』という意味)という名前で通っていたそうです。ニーニャにしても、今日ではニックネームだろうと考えられており、元の名前はサンタ・クララという名前だろうと推定されています。ピンタも同様と思われますが、こちらは元の名前が不明なままなのだそうです。

こうして見ると、今まで習ってきた事って、一体何だったんだろうとすら思わされますね(汗)。とは言え、休日が減るのは嫌だろうし、さりとて逮捕者が出るのを見るのも嫌って所なのでしょう。アメリカの悩みは深い?

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