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週刊武春 諸家

「えっ? キミたち、まだ生きとったん?」思ったよりも長生きなザンネン戦国武将TOP5は?

更新日:

 

織田信長さんや信玄公に、軍神・謙信、忠勝&宗茂の最強コンビなど。

戦国大名・武将といえば、ド派手な合戦や、魑魅魍魎の政治・軍略に身を投じ、波乱万丈な人生をまっとうした――。

なんて思われがちですが、一方では名前だけソコソコ知られておきながらヘッポコな姿を晒し、にもかかわらず【なんだか楽しそうなLIFEをエンジョイしてんなぁ】という武将も存在します。

「えっ? キミたち、まだ生きとったん?」

本稿では、そんなザンネン戦国武将さんたち5人をリストアップし、更にはTOP5ランキングを勝手ながら決めさせていただきました。

と言っても、武将ジャパンの独断ではなく、今回は7/23に開催された歴史イベント【腹立てずの会】(詳細はコチラ)にて、参加者の皆さまが投票。その結果を公表させていただきます!

腹立てずの会会場

※異論は大いに受付させていただきますので、コメント欄よりお願いします

 

第5位:武田信虎(0票)

武田信虎

武田信虎/wikipediaより引用

この方は、以下に出てくる4名と比べて全くヘッポコではありません。

もともと甲斐の国は守護・武田家の治める地でしたが、信虎の代の以前から権力争いが激化。一時は守護不在という憂き目にも遭いながら、各地域の有力国人衆たちをまとめたのが信虎さんでした。息子の晴信(信玄)が後に信濃へ侵攻できたのも、全ては信虎が下地を作ったともいえます。

しかしながら、戦争をやり過ぎて負担がデカすぎ!

ということでクーデターを起こされ、駿河へ。娘が今川義元に嫁いでいる縁で、さぞかし窮屈な舅生活でも送るのかと思ったらさにあらず。

いきなり子供を作ります。元気です。今でいうと油ギッシュな昭和オジサンのイメージでしょうか、若い愛人抱えているような。なお、信虎さんについては「妊婦の腹を切り裂いた」から国を追い出されたなんて逸話もありますが、これらはウソと見た方がよさそうです。

ともかく甲斐を追い出されてからの信虎さんは、むしろ楽しんでるんじゃね?というエピソードもありまして。

京都に出向いたり、信玄の西上の折には甲賀郡で挙兵を待っていたり、信玄の死後には孫の勝頼と対面したり。その結果、なんと81才の大往生。信玄の死からおよそ1年後のことでした。

 

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第4位:今川氏真(3票)

今川氏真

今川氏真/wikipediaより引用

今川義元さんの息子・今川氏真さんです。

この方の場合は、北に信玄、西に徳川、東に北条と最悪のポジショニングを与えられたのが不幸としか言いようがないのですが、やはり一番の痛手は桶狭間の戦いで父・義元を突然喪ったことでしょう。

そもそも戦国人としての気質に乏しいのか。それとも周囲のコワモテ連中が怖すぎたのか。

一応、義元の死後、氏真さんも国内の国人衆を束ねようと努力はしたようです。来年の大河ドラマ『おんな城主 井伊直虎』でもおそらく取り上げられるでしょう。徳川との国境沿いにいた井伊家に対しては、その一族を討ち取るなどの締め付けも行っており、単なる遊び人ではなかった姿も垣間見えます。

が、やはり信玄や家康を相手にするには器が小さすぎたのでしょう。武田軍の駿河侵攻を機に、嫁さんと共に北条家へ退避。その後、追い出されると浜松や京都などを転々としたもようです。

最も情けないエピソードが、信長に呼びだされて「蹴鞠」を披露したことでしょうか。亡き父の敵の前で……現代人は理解できないところであります。

その後は、家康のもとで合戦にも参加するなど頑張っていたこともあったようですが、最終的には京都へ出向き、ノンビリとした文化人LIFEをエンジョイ。和歌が得意で、詠んだ歌は軽く千首を超えたとも。

 

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第3位:足利義昭(6票)

足利義昭

足利義昭/wikipediaより引用

足利家のゴタゴタで次の将軍を狙おうと諸家を転々。最終的に信長さんに拾われて無事上洛を果たし、その嬉しさから一時は「お父ちゃん!」とまで呼ぶことに。更には副将軍の位まで授けようとしますが、見事に突っぱねられてから、少しずつ思惑がズレ始めていくのでしょう。

その後、信長さんから「おまえ、ちゃんとせいよ!」という十七ヶ条をつきつけられ、いよいよショーグン様のプライドが発動し、反織田の急先鋒になりますが、これがやっぱり思惑が外れてしまいます。

武田家や本願寺などと誼を通じ、見事な信長包囲網を敷くまでは良かったのです(と言っても大半は信玄の策略ですが……)。

不運にも信玄が西上の途中で死没し、刀だけ振り上げた義昭さんは信長にぶっ殺……されはせずに、畿内から追放されてしまいました。このときの様子は『信長公記』でもシッカリ描かれ、「義昭の命を取らなかったのは信長さんの優しさ。後世の人間に判断は委ねよう」とまで言われております。ショーグン様、涙。

これで完全に歴史の表舞台から消えたかと思いきや、毛利家に保護され、打倒信長を色々と画策している間に本能寺の変が勃発。豊臣政権になると、島津に対し和睦を進めるなどチョコマカと動き、最終的に槇島で1万石の領地を得ております。

そして秀吉の御伽衆へ、フォーエバー。

 

第2位:荒木村重(7票)

荒木村重

荒木村重/wikipediaより引用

織田信長に気に入られ、刀の先に突き刺した饅頭を食べた――という逸話までありながら、突如、裏切って本願寺・毛利方へ付いたのはよく知られた話でしょう。

その後、約1年、有岡城にて黒田官兵衛を土牢に幽閉。

しかし、配下の中川清秀と高山右近に見限られると、自らの妻子たちが殺されながら自分は毛利方へ逃走してしまいます。

当然、その後は見つけ出されて殺されたのであろう――と思いきや、文化人としてふっかーーーーーーーつ!

大河ドラマ・軍師官兵衛でもご存知の通り、「道糞(どうふん)」という洒落のきいた名を名乗り、しまいには秀吉の御伽衆となりました。

 

第1位:織田信雄(16票)

織田信雄

織田信雄/wikipediaより引用

織田信長の次男。現在も残る織田一族のご先祖様ですが、信雄さんに関しては贔屓目に見ても輝かしい戦功は残されておりません。

いったんは北畠家を継ぎ、伊勢地方を統括。紀州攻めや本願寺攻めにも参加しますが、ドコで調子に乗ってしまったのだかわかりませんが、その後、伊賀へ無断で攻め込み、フルボッコにされてしまいます(第一次天正伊賀の乱)。当然ながら信長さんにも激怒されました。

しかし、継ぎなる伊勢攻めでは無事に平定し、これで再び調子に乗ってしまったのでしょうか。清州会議後に100万石を相続して大大名になってからが大変です。

本能寺の変では家康に担がれて秀吉と対決。そうかと思ったら勝手に和議を結び、徳川軍の振り上げた拳の行き先を失わせてしまいます。更には小田原征伐後に秀吉に逆らってしまい、所領をすべて没収(改易)。

そして、お決まりの秀吉御伽衆でサバイバル!

政権が徳川に移ってからは5万石を与えられ、隠居してからは文化人LIFEをエンジョイと相成りました。生き残った皆さんは、みな似たような気質を持っておるんすなぁ。

1位は断トツで織田信雄さんでした。

個人的には今川氏真さんだと思っていたのですが、やはり織田家にあっての凡将っぷりというのが票に繋がったのでしょう。清州会議で妻夫木聡さんが演じた信雄の印象も強かったかもしれません。

他にもまだまだおるぞ!という方は、ご意見どうぞよろしくお願いします。

 

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五十嵐利休・記

 

 





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