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週刊武春 徳川家 豊臣家

徳川家康はなぜ豊臣家を潰した? 真田丸ロスを埋めるミネルヴァ日本評伝選『徳川家康』

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早いものでもう『真田丸』終了から三ヶ月が過ぎようとしています。
それでもまだ余韻に浸りたい方も多いことでしょう。あるいは、ドラマそのものは楽しめたけど、ちょっと納得がいかないと消化不良の方もおられるかと思います。
そんな方にお薦めの一冊が笠谷和比古氏のミネルヴァ日本評伝選『徳川家康』です。

笠谷氏といえば関ヶ原合戦や大坂の陣関連の著作も多く、ミネルヴァ日本評伝選も骨太の歴史ファンにとって読み応えのあるシリーズ。最新の研究を反映した徳川家康の伝記として、評価が高いのもうなずけることでしょう。
本書は家康の生い立ちから、彼にとって痛恨事である嫡男切腹事件、さらに政策や教養など、家康にまつわる様々な要素を網羅しています。まさにこの一冊で家康がわかる良書です。

と、ここでもしかしたら違和感を覚える方もおられるかもしれません。
「『真田丸』ロスを埋めるというのに、なんで真田の宿敵である徳川家康の評伝を読まなきゃいけないの? 普通は真田関連でしょ!」
そう思うのもごもっとも。
しかし、真田の宿敵だからこそ見えてくるものもあるのです。

 

『真田丸』の欠点は真田視点であること

長所と短所は紙一重とはよく言われることです。これは『真田丸』においてもあてはまります。この作品の長所であり短所であるところは「真田視点でしか物事を見られない」ところであると言えます。「四十秒関ヶ原」はまさに、その代表ってところでしょうか。
しかし「四十秒関ヶ原」以上に、『真田丸』には欠点となる箇所があったのだと、本書を読み気づかされました。

『真田丸』終盤のクライマックスは大坂の陣です。それなのに、なぜそこに至るかの説明が不足していたのです。

こう書くと『そんなことはない』と反論があると思います。
確かに方広寺鐘銘事件は説明されていました。ただそれは枝葉のことに過ぎません。『真田丸』には、徳川家康はこの事件を受けて、なぜ豊臣秀頼を断固として滅ぼすに至ったのかという点においては描写が不足しているのです。ただしこれは真田視点という縛りゆえのものですので、致命的な欠点とは言えませんが……。

ともかく、その『真田丸』には欠けていたピースを埋めるのが本書です。
どうして徳川家康は豊臣秀頼を滅ぼさねばならなかったのか。本作では、最新研究に基づいてそれを推察しています。

 

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「第二次上田合戦」の歴史的意義

『真田丸』の物足りなさといえば、「第二次上田合戦」の消化不良ぶりも挙げられるでしょう。
真田昌幸がさながら血に飢えた野獣といった目つきで「初陣で大敗を喫したものは生涯戦が下手になる」と語るのを聞いたとき、視聴者たちは徳川秀忠が真田勢にたたきのめされ逃げ惑う場面を期待したはずです。

それなのにドラマでは、父・昌幸の命を受けた真田信繁が徳川秀忠本陣を襲ったとき、秀忠は移動していてもぬけの空であったのです。
秀忠本人は上田で足止めをされ、関ヶ原本戦に間に合わなかったことを悔しがっていましたが、秀忠に付き人である本多正信はたいしたことではないと言いたげに鶏の脚をかじっていました。その後、関ヶ原で西軍が敗れたという流れでしたから、視聴者の頭には消化不良の不満と大きな疑問符が浮かんでもいたしかたない状況でした。
さらに関ヶ原は劇中四十秒で終わったわけですから「真田が上田で頑張ったことに意義ってあるの?」と思ってしまっても仕方のないところです。

しかし家康、そして秀忠から見るとこの合戦の結果は想定外であり、苦いものであったと本書からわかります。
家康隊も秀忠隊も、兵数では三万とほぼ同じ程度でした。ただ中身をみてみますと、大将の護衛が主な任務であり前線に出ることを想定していない家康隊に対して、秀忠隊は徳川家でも攻撃力が高い武将で固められています。
どちらがより強力で、主力にふさわしかったのか?
それは秀忠隊の方なのです。

関ヶ原が一日で決着がついてしまったことは東軍にとっても驚きの結果だったのでしょうが、しかも主力すら欠いていたというのはまったくもって予想外でした。
関ヶ原がたった一日で、しかも完勝であったのは家康にとって素晴らしい結果でした。
ただ一点、嫡男秀忠が武功をあげる機会を失ったのは手痛い失敗でした。この失敗は、時間が経てば経つほど響いてきます。

関ヶ原合戦図屏風/wikipediaより引用

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信繁が真田紐を作っていた頃、家康は悩んでいた

関ヶ原から大坂の陣までの十五年間、真田昌幸・信繁は世間から切り離されて生きていました。真田視点の『真田丸』では、失意のうちに昌幸が世を去り、信繁が「真田紐」を作り糊口を凌いでおりました。
くどいようですが、それはそれでドラマとしては正しいのです。
ただ、この描写では、家康が大坂の陣を起こし、豊臣家を滅ぼさねばならなかった理由が、ちょっとよくわかりません。

日本では、関ヶ原の戦いから三年後の1603(慶長8)年、江戸幕府が始まったと歴史の授業で習います。
それはその通りですが、江戸幕府成立イコール豊臣家の支配が終わったのではないという点、すなわち豊臣家滅亡までは東西両方に政権がある「二重公儀体制」であったという点が重要なのです。

家康は豊臣家の天下を奪ったのではなく、豊臣家の支配体制から「離脱」して東に政権を打ち立てた状態。三国時代の中国大陸に魏・呉・蜀の三国が鼎立していたように、この時期の日本には東の徳川・西の豊臣、二つの政権が存在していたわけです。その証拠に、西日本には豊臣恩顧の大大名が存在しておりましたし、当時の九州は海外貿易の玄関口でもありました。日本の中心が東に移るのは、まだ先のことです。
この「二重公儀体制」をいつまで続いていくのかが、家康にとっては悩みどころでした。

加藤清正/イラスト・富永商太

 

徳川と豊臣、東西二重公儀体制の限界

自分の死後、天下はどうなるのか――。
家康にとって悩ましいのは、要は、このことでした。家康自身はカリスマもあれば、若い頃から戦上手として知られ、戦功を立てています。諸大名はそんな家康に逆らおうなどとは思わないはずです。

しかし、二代目の秀忠はどうでしょうか。彼にはほとんど実戦経験がありません。
ここで思い出していただきたいのが、先の第二次上田合戦です。もしあのとき秀忠が、真田によって足止めをされず、関ヶ原本戦に間に合っていたら?
徳川家の錚々たる将たちに支えられ、戦果をあげられていたことでしょう。
真田の奮闘は、遅効性の毒のように徳川政権にダメージを与えていたのです。

実力主義者の大名たちは、そんな秀忠を軽んじ蜂起するかもしれません。家康にとって悩ましいのは、秀頼自身や豊臣恩顧の大名だけではありません。関ヶ原で大減封され不満をつのらせている上杉・毛利・島津といった大大名も脅威でした。下剋上が染みついた世の中で、秀忠以降も徳川の世を保つためには、反発する大名のよりどころとなる徳川以外の権威、つまりは豊臣を滅ぼさねばならなかったのです。
この家康の見通しは、幕末に毛利・島津の薩長が倒幕に立ち上がり、徳川ではない西の権威である天皇を掲げたことから考えてみますと、実に的確であったことがわかります。
二条城の会見において立派に成長した豊臣秀頼を目にして豊臣に脅威を感じたという筋書きは、フィクションとしてはわかりやすいでしょうが、背景はもっと複雑な事情があるわけです。

徳川家を撹乱し、家康を悩ませたのは、やっぱりこの男……/イラスト・霜月けい

 

さらば乱世! 実力でのし上がる時代は終わった

家康は大坂の陣で勝利をおさめ、下剋上によって徳川将軍家が覆される芽を摘んだということが改めてわかったと思います。本書を読み考えてくると、『真田丸』の欠点だけではなく美点もまた見えてくるのです。

最終回で銃を向ける幸村に、家康は実力でのしあがる時代は終わったと告げます。
いろいろと経過を飛ばさざるを得なかったドラマでしたが、実力で秩序を崩す時代に終止符を打ちたい家康と、実力でのしあがった乱世の申し子である幸村と、最後に交錯させることで本質に見事肉薄していたのではないかと思います。

言うまでもなく本書は徳川家康の最新伝記として価値があります。
それだけではなく『真田丸』を補い、魅力を再確認させてくれるという一冊でもあります。『真田丸』ロスに悩むあなたに、お薦めしたい一冊であるのです。

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このレビューは本書の魅力を一部伝えたに過ぎません。是非手に取り、全文を読まれることをお薦めします。

 





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