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週刊武春 中国

中国の『酷刑』が恐ろしすぎて心底ガクブル……現代の法治国家に生まれて良かった><;

更新日:

中国の古典や中国史の本を読むと、現代人からするとちょっと不思議、もとい想像を絶するような刑罰(およびその名称)が出てきます。

そんなときでもまずはサラリと読み進めて、後で
『結局、あれって何だっけ?』
と思うこともあるでしょう。

今回は書籍『酷刑―血と戦慄の中国刑罰史 (徳間文庫)』をもとに、そんな刑罰をいくつかまとめてみましたので、よろしければ食事以外のときにご覧ください。
スマホでピコピコしながらラーメンすすってると危険かもしれません。

※歴史上の出来事とはいえ、以下、残酷な描写が含まれるのでご気分を害されそうな方はご遠慮くださいm(_ _)m

 

鴆毒(ちんどく)実態がよくわからないがスゴイ毒

暗殺手段の一つとして。
「毒杯をあおって死ね」と家臣が主君から死を賜る時として。
とにかくよく出てくるのが鴆毒(ちんどく)です。

これは一体何の毒なのか?と申しますと、猛毒の蛇だけを食べる鳥「鴆」から採取したものだそうです。
サイズは鷹よりやや大きめの鳥。内臓や肉、羽毛やくちばしまで毒におかされているそうで、鴆の糞が当たった石はとろけ、巣の下には草も生えず、鴆が水を飲んだせせらぎ周辺の虫は全て死んでしまうんだとか。

そんな鴆をどうやって捕らえるのか。仮に捕らえたとしても、どうやって加工するのでしょうか。人間だったら近くで空気吸っただけで死んでしまいそうなもんですが。

そもそも毒を持つ鳥はいないため、伝説上の存在ではないかとされていました。

ところが20世紀末にニューギニアで有毒の鳥類が発見されたので、もしかすると鴆も実在したのかもしれません。そうはいっても前述の通り、こんな鳥がいたら捕獲自体至難の業ですから、伝説上の生物と考えた方がよさそうです。

ただし、鴆毒そのものがなかったということではありません。

酒に溶かして簡単に飲ませることができ、劇的に作用する猛毒は古代から中国に存在しました。毒殺というのは臭いや味で気づかれやすく、また致死量に個人差があるため成功しにくい手段です。

確実に毒殺できる手段があったということは、それだけでも驚異的なことではないでしょうか。

 

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炮烙(ほうらく)恐怖の人間BBQ

『封神演義』でも有名な、殷の紂王が寵愛する美女・妲己を喜ばせるために行ったとされる刑罰が炮烙(ほうらく)です。

銅製の格子の下に炭火を置いて熱し、その上を裸足の囚人に歩かせたという説。もうひとつは格子ではなく、油を塗った銅製の柱の上を歩かせて、転落して焼死させたというものです。銅製の柱説は、柱に抱きつかせたまま熱してそのまま焼き殺す説も。

細部に違いはありますが、要するに人間BBQです。
ただしこの処刑手段はあくまで伝説的な殷のものとされているため、実在したとは言い切れません。

かといって完全に存在しないかといったらそうではなく、残酷な人間BBQを実行に移したケースもありました。
明の天啓年間に絶大な権勢を誇った宦官・魏忠賢(1568-1627)です。
彼が牛耳っていた鎮撫司では「赤い刺繍靴」という拷問が用いられたと伝わります。これは鉄の靴を真っ赤に焼いて、犠牲者に履かせるというもの。履いた途端に足は焼けただれ、歩けなくなる場合もありました。

恐ろしい刑罰にファンシーな名前をつけるセンス、勘弁してください……。

 

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腰斬(ようざん)斬首じゃ物足りなかったらしい

死刑といえば古今東西メジャーなのが斬首です。
その一方で「首を斬ったくらいじゃあっさりすぎる!」と残虐オプションを加えることもまた、よくある話でした。日本ですと、鋸引きですね。

腰を斬るのは、首より切断部が太くなるため、死刑囚の服を脱がせてうつぶせにして台に置き、巨大な裁断機のようなもので切断します。
なかなか切ることができないので、押して切ることになります。

犠牲者としては三国志に登場する夏侯玄らがおり、おそらく最も有名なのが秦の李斯(BC208没)でしょう。有能であったものの、悪名高い「焚書坑儒」に関わり、敵も多かった李斯。
政治改革において腰斬刑を明文化したのも彼であったため、「自分で制定した腰斬で死ぬとかざまぁw」と言われたとか何とか。

中国では長編小説を勝手にカットすることや打ち切りにも「腰斬」という言葉が使われています。文学史上最も有名な「腰斬」は、元は百二十回あった『水滸伝』を七十回に短縮してしまった金聖嘆によるものでしょう。

 

宮刑(きゅうけい)男を失う男たち

中国史に欠かせないのが宦官で、そのためには宮刑(=去勢)があったわけです。
死ぬよりも屈辱とされるのも納得、そんな辛い刑罰です。傷口が腐ったような悪臭をはなつから、あるいは腐った木は実をつけない(=子孫を残せない)ことから別名を「腐刑」と言います。

法律で定めた刑罰としてだけではなく、私刑として行われるケースもありました。
愛人と密通した男のものを切る。浮気ばかりする夫に怒った妻が切る……こうしたケースは中国に限らず現在でも発生することがありますね。

女性の場合、「宮刑」の対になるのは「幽閉」でした。
死ぬまで閉じ込められる場合もあれば、生殖器を縫い合わせる場合もありました。これも私刑として、密通した妻に夫が行った、夫と密通した相手に妻が行った記録が残されています。

 

凌遅(りょうち)切り刻み処刑

「腰斬」と同じく、あっさりと死刑では生ぬるいという発想で生まれた刑罰です。
『水滸伝』において武松の兄・武大郎を殺した王婆がこの方法で処刑されています。正式に刑罰として採用されたのは、五代十国時代(907- 960)です。

何度切り刻むかは処罰の大きさによります。明の宦官・劉瑾(1451-1510)は、三日かけて3357刀切り刻まれました。

一日目は3千回ほど切られるところで終了。それでも粥を二椀食べて、「謀反人とはなんとしぶといのか」と人々を驚かせました。二日目、残りの回数を切り刻む途中で絶命しました。流石に3000刀を超える例は政治腐敗が甚だしかった明代にしかなかったようです。
「凌遅」はあまりに残酷だから辞めた方がよいという声はどの時代にもありましたが、正式に廃止されたのは1905年のことです。

 

酷刑はどこの国にもだいたいありました

今回は中国の例をあげていますが、これを以て「中国人は残酷なんだ! 残酷な民族なんだ」と安易に考えないでいただければと思います。

近代化前はどこの国にも残酷な刑罰はありました。特に君主の暗殺や国家転覆に関わった者は、過酷な運命が待ち受けていました。

フランス王ルイ15世暗殺未遂犯のダミアンは、楔を8個打ち込まれ、右腕を焼かれ、ちぎられた体の数カ所に煮えた油・松ヤニ・溶けた硫黄と鉛を注ぎ込まれ、その上で斧で切れ目を入れた手足を馬に裂かれました。

イングランドで反逆者等に執行された「首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑」では、まず絶命寸前になるまで首を吊り、性器と内臓を抉り、心臓を死刑囚本人に見せ付けたあとで火中に投じて、そのあと斬首。さらに残った胴体を四つに引き裂くというものでした。そういう昔の刑罰を比べてどれが一番残酷か決めるというのは、あまり意味のあることとも思えないのです。

私たち現代人は過去の刑罰を見て「あの国の人は残酷なんだ」と思うのではなく、「ああ、こんな刑罰がない時代に生まれて幸せ〜」と感じるのがよろしいかと思います。

小檜山青/記
【関連記事】
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人類史で2番目に多くの首を斬り落としたアンリ・サンソン 心優しき処刑人の苦悩

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