週刊武春 合戦

戦国時代の同士討ちは日常茶飯事だった~合言葉を忘れて殺されるだと!?

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武田家の山県昌景。

徳川家の井伊直政

真田家の真田幸村(信繁)。

彼らに共通する特徴とは何ぞや?

赤い具足、赤い指物、赤い馬具――そう、彼らは全身を赤く染めた『赤備え』を率いていた武将たちである。

強兵集団の彼らが戦場を駆けることによって敵を蹴散らし、戦意を削ぐという役割を果たしていたが、これにはもうひとつの大きな効果があった。

味方からの同士討ちを避けるのである。

 

最も恐ろしいのは味方の誤爆

たとえ可児才蔵でも渡辺勘兵衛でも上泉信綱でも。
正面の敵と槍を交わしているときに、背後から襲われたらひとたまりもないだろう。

味方からの誤爆はさほどに怖かった。

では、戦国武将たちは、いかにして同士討ちを避けようとしたか?

『赤備え』に限らず、『黄備え』で知られた北条家の勇将・北条綱成などもいるが、あくまで一部の戦争エリートたちがまとうのみで通常の足軽はそんな甲冑など準備はできない。

そこで彼らは色の付いた布切れを用意し、それを甲冑などにつけ目印としていた。
紅白帽子で分かれた運動会の騎馬戦みたいなものだろう。

布切れは、どんな貧乏軍団でも簡単に準備できた。
ゆえに様々なところで使われたようだが、合戦の混乱の中では当然ながら落ちてしまうことも多い。

以前、真田幸村の首は「自ら差し出したという逸話はウソ。色んな武将の中に混ざってて、後でたまたま判明した」というエピソードを記事中で記したが、そんな混乱の最中、布切れが残っている方が不思議だろう。
ゆえに他の方法も色々と編み出されたようだ。

たとえばド派手な旗や合言葉である。

合言葉ならば布切れのように混乱でなくすこともない。と思ったら、合戦の興奮で忘れてしまったために、味方に首を取られてしまったという、なんとも切ないエピソードも残っている。

 

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高い声は禁止

大将にとって合戦で最も大事なのは、下々の者まで適切に指令を届けることだ。

織田信長などは自ら先頭に立って戦った記録が結構な数で残されているが、基本的に指示を出す大将がいなければ合戦は勝てるものも勝てないと考えられる。

ゆえに戦の最中は、雑談が禁じられていた。
さらには「高い声」もダメだったという。

今となってはどんな種類の声なのか想像もできないが、音が高い方が伝令が通りやすかったと思われる。

にしても、それはどんな声だったのか。
まさか小梅太夫だったなんてことは……あるわけないよね、チックショ~!

文:川和二十六




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更新2019年3月29日
初出2013年8月13日

 



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