福沢諭吉/wikipediaより引用

明治・大正・昭和時代 週刊武春

衝撃!誰もが平等とは言ってない「天は人の上に人を造らず」学問のすゝめ

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天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」とは?

言わずもがな『学問のすゝめ』(福沢諭吉)冒頭の言葉である。

このフレーズ、いかにも【人間はみな平等だよね、そういう社会にしていこうね】という意思表示にも見えるだろうが、誤解してはならない。

諭吉は、どんなときもどんな人も平等であろう、とまでは言っていない。

人によっては貧乏になる――と、ある意味、突き放した言葉がその後に続くのだ。

 

「~と言われている」とはこれ如何に?

まずこの一文、原文には我々が普段聞きなれない言葉が一つ付いている。

それが
「~と云えり」
である。

正しい一文は
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり」
となるのだ。

気になるのは、この「云えり」の訳し方であるが、皆さんはどんな意味だと思われるか?

現代語訳にすれば「~と言われていますよね」となり、今度は全体での捉え方が大事になってくる。

『福澤諭吉著作集第3巻 学問のすゝめ』の中で西川俊作氏は次のように述べている。

しかし、そのあとに「と云えり」と付いていることはあまり人びとの注意を引いていない。これは、世間というよりも、もっと広く世界ではというくらいの大きな気分で、「天は人の上に人を造らず」と言われている、と書いたのであろう。
『福澤諭吉著作集第3巻学問のすゝめ』242頁(2002年、慶応義塾大学出版会)

要は、福沢自身が「平等だ!」と断言しているのではなく、「世界では、そないなことも言われてまっせ」ぐらいの強さ。

そして、この一文の後に、もっと重要な記述が続いているのだ。

 

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学問をする者しない者

西洋化を推進した諭吉は、もちろん西洋の思想を知っていた。
そこから生まれた諭吉の名言は、渡航経験のあるアメリカの独立宣言(1776年)など、人権思想に影響を受けたことは明らかである。

末尾の「~云えり」が示すのは、「天は人の上に~」という平等思想が諭吉のオリジナルではなく、当時、世界最先端の思想だったということだ。

そして、その先にもっと重要な続きがある。
それが以下の通り。

茶色文字の意訳だけ読んでも意味はわかります

【意訳】天は人の上に……と、いくら平等だとは言ってもさ。現にだよ。広く社会を見渡してみれば、賢い人、愚かな人、貧しい人、豊かな人、貴人もいれば、奴隷身分もいるでしょ。それって何なの?って話で。
【原文】されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかな人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。

むむっ?
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ……。

さらに続く。

【意訳】たしかに人は「生まれながらに平等」だと思う。でもさ。結局、学問をする人は偉くなって豊かになり、学問をしない人は貧乏で身分も低いようになっちゃうよね。
【原文】されば前にも云える通り、人は生まれながらにして貴賤貧富の別なし。唯学問を勤め物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。

はい。
言い切っておりました。

勉強をする人は立場も良く生活が豊かになって、逆に勉強しない人は貧乏になるよ、と。

むろん家庭環境の不備によって勉強の機会を奪われてしまう人は今も昔も存在していて、彼らに対する救いはないのか?というツッコミはあるものの、ともかく学問の習熟度が生活力に直結してしまう――それは現在の社会も変わらないであろう。

そう。
「天は人の上に」は、手放しの【平等論】ではなく、学問の重要性を説いており、その見識は今なお実際に継続しているのだ。

 

向上心無き者を許さない

諭吉は、中津藩の下士で13石という低い身分の生まれだった。
そして彼は確かに、生まれや男女の性別などにおける差別を否定している。

「生まれながらの貴賤上下に差別なく」
「抑(そもそ)も世に生まれたる者は、男も人なり女も人なり」

しかし、それはあくまで生まれながらの話であって、その後、勉強をした人と、しなかった人との間に生じた貧富の差までは言及していない。
むしろ、それが現実であるという認識だ。

完全な平等主義といえないことは、別の著書『福翁百話』でもうかがえる。

そこで福沢は、人を「最上等」「中等」「最下等」の3種にわけているのだ。
ランクに応じて人を3種類に分ける――なんて現代ならばトンデモナイと感じる人もいるだろう。

もっともこれは貧富や貴賤の生まれなどを示したものではない。
以下の通りである。

◆最上等……活発に働き、家にも世にも処し、「公私両様の為めに力を尽くすもの」
◆中等……「この世に有りて大に益するに非ず、無くて大に不自由を覚ゆるに非ず」というべき者
◆最下等……屈強の身体を有しながら、他人の厄介になるばかりで時に他を害して欲を逞しくする者

要は、潜在能力を持ち、チャンスがあったにもかかわらず、社会や人の役に立とうとしない向上心の低い人間を嫌ったのである。

諭吉は、自分自身が、身分の低い地位から、欧米で実学を学び、地位や名誉を高めていった。
それだけに勉強をしない者には容赦がない。

現代は、明治時代と比べて、格段に多くのチャンスが転がっている。
頑張った者が報われる社会であって欲しいものだ。

川和二十六・記




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【参考】
『福澤諭吉著作集第3巻学問のすゝめ』(慶応義塾大学出版会)(→amazon link
『福澤諭吉』平山洋(ミネルヴァ書房)(→amazon link
『福沢諭吉事典』福沢諭吉事典編集委員会(慶応義塾大学出版会)(→amazon link
『現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)』(→amazon link

 



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