モンテスパン侯爵/wikipediaより引用

フランス 週刊武春

不倫OKな国で起きた珍事〜ルイ14世に妻を寝取られたモンテスパン侯、奇行に走る

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「3」でした……。

もう何をしたって以前のように愛妻は戻らない。現実は非情だと悟ったのです。

ここらへん、意外と冷静なんですよね。
いったん離れた女性の心を取り戻すのは、そう簡単ではありません。

そこで次に彼が考えたのはこんな復讐作戦でした。

1. 娼婦を抱いて性病に感染する
2. その状態で妻を抱く
3. 妻も性病に感染する
4. 妻経由で憎たらしい国王も性病に感染する

なるほど、完璧な作戦っスねーっ!
不可能だという点に目をつぶればよぉおおおおお!

いや、もう、笑ってしまうほかないんですが、色恋沙汰でメガネの曇った人々は、得てしてこんなものかもしれません。

第一段階で性病に感染するという涙ぐましい自己犠牲までは、なんとかうまく行きました。

そしていよいよ第二段階。
フランスワーズと面会の約束を取り付けたモンテスパン侯は、周囲に人が居るにも関わらず、妻を抱こうとします。

「ギャーッ! 誰かーッ!」
たまらず隣室へ逃げ込むフランソワーズ。

騒ぎを聞きつけて召使いたちが押しかけ、作戦はあえなく失敗に終わりました。

詳細は不明ですが、状況からして下半身剥き出しで捕まったでしょう。

結局、彼に残ったのは凄まじい屈辱と、「あの人ちょっとどうなの?」という恥ずかしい噂、そして妻からの軽蔑だけでした。

 

ルイ14世に渾身の嫌味を放って逮捕、トホホ

もうこうなったら、次はわかりやすい嫌がらせです。

モンテスパン侯は喪服に身を包み、宮中へ向かいます。
ルイ14世は怪訝な顔で彼に尋ねました。
「お気の毒に。どなたがお亡くなりに?」

モンテスパン侯はギロリと王を睨むとこう言い放ちました。
「愛する妻です。二度と彼女に会うことはないでしょう」

そう言うとあてつけがましく足音を立てて、背を向けて立ち去りました。
王はポカンと相手の背中を見送りましたが、やがて猛烈に腹が立ってきました。

「家臣たるもの国王の機嫌を取るものなのに、あの傲慢な男はなんなのだ。逮捕しろ!」

モンテスパン侯は二週間を牢獄で過ごしたあと、釈放されました。
何をしでかすかわからない危険人物として、許可無く領地を出ないことが条件としてつけられたのです。

モンテスパン侯は馬車を黒く塗らせました。
これが現代風に言うと、車を黒塗りの霊柩車に変えるような感じでしょうか。
馬車の御者台には角が二本つけられ、家紋を書き直す時も角をつけるよう指事しました。

「寝取られ男」は角が生えるという言葉から来たものでした。
なんだかオシャレというか、奇行極まるというか、あるいはこれがフランスのエスプリってやつですか。違いますね。

さらに彼は、領地に戻ると、盛大な「公爵夫人の葬儀」を一ヶ月掛けて行い、喪に服しました。
彼は隠すことなく、全力で周囲に「俺は寝取られました」アピールをしたのです。

モンテスパン侯の全力寝取られ男アピールは、宮廷の人々をあきれさせたものの、パリ市民には「面白くて反抗的な貴族もいるんだねえ」と好意的に見られました。
領民たちは彼の人柄を敬愛していたので、心から同情を寄せ、美しい侯爵夫人の不在を悲しみました。

ここまで熱心に寝取られ男をアピールしたのは、「本年は妻のおかげで出世できたと喜んでいるんじゃないの」というゲスの勘ぐりを断固阻止するためでもありました。

彼の貴族の友人たちは、その災難を真面目に受け止めませんでした。
しかし純朴な領民たちは、心の底から同情してくれたのです。

ここまでしてやっと、モンテスパン侯の気持ちは落ち着いて来ました。

 

寵姫の夫と栄光と没落と

しかし、フランソワーズの、夫に対する怒りは収まりませんでした。
彼女は夫に対して別居訴訟を起こします。

当時、離婚は大変ハードルが高いものでして、別居訴訟が実質的な離婚訴訟のようなもの。
フランソワーズは容赦なく夫から持参金や家財道具をむしり取りました。
結果、モンテスパン侯は借金まみれになってしまいます。

夫が借金まみれになる一方、フランソワーズは栄光への階段を駆け上がっていました。

彼女が本気になれば、心優しく王の愛だけが頼りのルイーズ・ド・ラヴァリエールでは太刀打ちできません。
度重なるイジメのような仕打ちに心を痛め、修道院に送られてしまいました。

ここからはフランソワーズにとって、栄光の日々。
華麗な美貌は王の寵愛と宝石やドレスで輝いていました。
それはもう満足の日だったでしょう。

しかし、寵姫は年齢と戦わねばなりません。

加齢と度重なる出産で、彼女の美貌もやがて翳りが見え始めます。
自分よりずっと若いライバルを、黒魔術にまで頼って蹴落としきたフランソワーズ。
それにも限界がありました。

ルイ14世が新たな愛人に選んだのは、聡明で控えめなマントノン侯爵夫人。
若さに弾けるような女性ではなく、むしろ地味系のノーマーク女に栄光を奪われてしまうのでした。

そしてついにフランソワーズは、あろうことか夫に助けを求めます。
当然ながら、モンテスパン侯は家に戻りたいという妻の頼みを断ります。

結局、フランソワーズは、かつて自分が追いやったルイーズと同じく、修道院で神に仕える日々を送ることになるのでした。

 

皮肉な状況を面白きに変えて

モンテスパン侯は、その後宮廷への出入り禁止が解かれました。

彼は宮中で、「彼の娘」とカードゲームを楽しむことすらありました。
彼女らは、名目上彼の娘ということでしたが、実際にはフランワーズと王との間にできた子たちでした。

この皮肉な状況も、角が取れて丸くなったモンテスパン侯にとっては、面白いことでした。

かつては妻への愛が暴走し、奇矯な振る舞いをとっていたモンテスパン侯。
晩年の彼は面倒見が良い老貴族として知られていました。

そんな彼は1701年、穏やかな最期を迎えます。
妻に先立つこと6年、61年の生涯。

全力で寝取られ男をアピールして歴史に名を残すという、フランス史においても中々ユニークな一生を送った人でした。

文・小檜山青

【参考文献】
『フランス反骨変人列伝 (集英社新書)』(→amazon link

 



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