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真田丸で幸村が手にした『馬上筒』は実際に使われてたん?武田騎馬隊でも用いられた可能性アリ!

更新日:

真田丸もいよいよ残すところ2回。
戦国ファンの皆さまならお馴染み、大坂夏の陣で真田幸村は茶臼山に陣を張り、そこから家康へと突撃するワケですが、今回の放送では突然気になる武器が出てきましたよね。
そうです『馬上筒』です。
大河ドラマ真田丸トビラ3
従来の火縄銃ではなく、現代の銃イメージにかなり近づいた、なんだかハイカラなやつ。文字通り「騎馬武者が使う銃」という意味ですが、果たしてそんなもんが1615年頃に実用化された可能性はあったんでしょうか?

まずシロートの私が調べた限りでは「可能性アリ」でござんす。
ただし、ドラマの中で用いられた、いわゆるフリントロック式ではなく、通常の火縄銃だったらイケるのかなぁ、と。

フリントロック式の銃とは、ざっくり説明しますと「石と金属をぶつけて出る火花によって火薬へ着火する仕組みの銃」になります。「火の着いた縄で火薬に点火する火縄銃」よりかなり遅いながら、1620年頃に開発されたそうなので、『だったら1615年の大坂の陣に間に合う可能性もあったんじゃね?』と一瞬色めき立ってしまいました(ウィキペディア)。

フリントロック式/Wikipediaより引用

フリントロック式/Wikipediaより引用

しかしこれはフランス人によって開発されたもの。1615年に日本での使用はさすがに無理でしょう。そもそも、石の部分に使われるフリント(燧石)が国内産は質がよろしくなく実用には向かなかったようで、国内では幕末までずっと火縄銃が用いられたとのことです。うーん、残念(´・ω・`)

するともう一つ、疑問が湧いてきます。

そもそも日本の戦国時代に馬上筒は存在しなかった?

騎馬隊が鉄砲を持って戦場を駆け回る――。そんなカッコいい構図、マンガやゲームなどで一度は見たことがあると思います。有名なのが伊達政宗の伊達家でしょうか。東北の豊かな馬産地が可能にした戦術とされ、まさに大坂の陣で同部隊が投下されておりますが、馬産地といえば真田ゆかりの信濃、ひいては武田騎馬隊も忘れてはなりません。

今回のポイントはここです。
一般的に武田家は、「勝頼が長篠の戦いで鉄砲に負けた」という話から、同家で重宝されていたのは「馬>>>>>鉄砲」みたいなイメージで語られがちです。
しかーし!
実は武田家でも『馬上筒』が導入されていた可能性があるんです。
ほかならぬドラマ『真田丸』の時代考証も務めた平山優氏の御著書『長篠合戦と武田勝頼 (敗者の日本史)』にその史料が提示されておりまして。前後の文脈は無視して、該当の部分だけ引用させていただきますね。

付、射手ならびに自身鉄炮を放つ人の頬当は、随意たるべきのこと『長篠合戦と武田勝頼 (敗者の日本史)』(著:平山優/発行:吉川弘文館)より引用

上記の内容は、騎馬武者の人がつける具足についての細かい規定が書かれていたところです。当時、顔を守るための防具として「頬当て」というものがあり、しかし「これを付けていると鉄砲の狙いが定めにくいから、付けても付けなくても自分で判断していいよ」ってことを示しております。

つまり「鉄砲を持って騎馬で駆け回っていた武士が武田家にいた」可能性を示すものなんですな。

まぁ、馬の生産が豊富で、扱いが上手なのは伊達家だけではありませんし、そもそも武田信玄が鉄砲を軽んじたことなどありません。平山氏によると、武田の騎馬鉄砲については今後の研究が必要とのことですが、可能性の話としては武田の傘下にいた真田家、そこからさらに幸村へ騎馬鉄砲の戦術が伝わっていたことは十分にありうるわけで。ゆえに今回のドラマでも導入されたのでしょう。

ただ、馬上からピンポイントで家康を狙うというのは、難易度が高すぎ(というか無理?)そうですので、その辺はドラマならではの演出になりそうです。もちろん弾が絶対に当たらないワケでもありませんが、確率の話からしてキツそうですよね。普通に考えれば、射程距離にまで近づいて、そこで降りて狙ったのでしょう。

※加筆 読者のukyo様より「ホイールロック式」というヒントをいただきました。1510年頃に開発された連射ができるタイプで、たしかにこの仕様ならイケそうです!

ホイールロック式/Wikipediaより引用)特に騎兵用短銃に実装されたが、構造が複雑であることから高価で、多くは上層階級の戦闘員が騎馬戦闘に用いるにとどまった

更には「幸村が使った馬上筒がある」とのお話もいただきまして。
鉄砲研究家の第一人者で『開運なんでも鑑定団』でもおなじみの澤田平(さわだ たいら)さんが「眞説 真田幸村公展」(2015年開催)で展示されたものです。玉造を応援する情報サイトさんにイベントの様子が掲載されておりました。※参照のため直リンクで引用させていただきますね。

なんでも幸村が馬上筒で家康を狙った――というエピソードが『南紀徳川史』(1888年から1901年に編纂されたもので信憑性については疑問符も)に掲載されていて、その実物を澤田さんが米国で買ってきたというのです。ちなみに、同サイト上では「馬上宿許筒(ばじょうしゅくしゃづつ)」と記載。「実物」というのは幸村が実際に使ったという意味の「実物」なのか、同時代に作られた同じタイプの銃という意味での「実物」なのか、記事からは判断できませんでした。
更に、同サイトの解説には「火縄銃」とだけ記されておりまして。フリントロック式なのかホイールロック式なのか?までは不明。
ドラマ真田丸での銃と比較させていただきますと……。

フリントロック式っぽくも見えますし、ホイールロック式を意識したとも思えてしまう。
誰か教えてください! 素人には判断つきかねます><;

文:破天荒一休

 

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