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まり先生の歴史診察室 豊臣家

酒豪・福島正則が泥酔でブラックアウト~!? 下手すりゃ死亡、アルコールの恐怖とは

更新日:

豊臣恩顧の武将として知られる福島正則は永禄4年(1561年)、現在の愛知県あま市に生まれました。

母親が豊臣秀吉の母・なか(大政所)方 の妹ですので、秀吉の従兄弟となりますね。その縁で小姓として仕えると、戦に出ては勇猛果敢に働き、柴田勝家を破った賤ヶ岳の戦いでは一番槍の活躍で5000石を与えられました。
賤ヶ岳の七本槍に数えられているのは、戦国ファンにはあまりに有名な話でしょう(七本槍については単なる語呂合わせだったという話もありますが……)。

その後正則は、豊臣政権下で清洲24万石の大名となるも、朝鮮半島への出兵を機に石田三成との仲が悪化。関ヶ原では、豊臣恩顧の大名でありながら東軍につき、安芸広島藩50万石の領地を得ます。

全国の外様でも、かなりの家格に昇進。と、喜んでばかりはいられません。豊臣に恩義を感じていることを幕府に警戒され、色々と難癖をつけられます。1619年には、台風で壊れた広島城の修繕を無断で押し進めたことが咎められ、川中島と魚沼の4万5千石に移封させられます。更には、息子に家督を譲って出家するも、2年後にその息子が早世。

福島正則が難癖を付けられることになった広島城

この時点で正則は幕府に2万5000石を返上し、2万石の大名になったのですが、自身が1624年に64歳で生涯を閉じると、家臣が検死を待たずに荼毘に付したため、残された2万石もボッシュートという憂き目にあいました。
なんだか切ないですね。同じように秀吉のもとで出世し、東軍についた加藤清正の生涯とダブりますよね。彼らが三成と、なんとかコミュニケーションを取れていれば……。

そんなワケで今回は生前の福島正則で有名だった「お酒絡みの話」にスポットを当ててみたいと思います。

福島正則/wikipediaより引用

 

酒は呑め呑め 呑むならば 大事な槍を取られますぅ

ある日、福島正則のもとへ黒田長政の家臣・母里友信(母里太兵衛)がやって参りました。このとき正則は、友信に酒を勧めます。が、使者としてやって来ていたた手前、飲むわけにはいかない友信。
意地になった正則は、いかにも酒好きなセリフを発します。

「酒を飲み干せたら何でも褒美をやるよ」
「申し訳ありませんが、お断り申す」
「黒田武士は酒に弱いんじゃない? てか腰抜け?」
と、お家をディスる発言を連発。流石にここまで言われると友信も引いてはおられません。というか、友信もかなりの酒豪であり、大杯に注がれた酒を飲み干すとここぞとばかりに強気に出ます。

「はい、何でもくれるって言いましたよね?日本号下さいね~( ^ω^)」
日本号とは、天下に聞こえる名槍です。
正則が秀吉から貰った大切な槍だったのですが、正則も大きく出た手前、引くわけにもいかず、そのまま友信のものとなってしまうのでした。

このエピソード、民謡黒田節に歌われておりまして、以下がその歌詞となります。

酒は呑め呑め 呑むならば
日本一のこの槍を
呑み取るほどに呑むならば
これぞまことの黒田武士

(取られちゃったの日本号~
母里にとっては名誉な歌も
正則にとっては
黒田節ならぬ黒歴史~)
カッコ以下は私が勝手に付け加えた歌詞です、ごめんなさい。

母里太兵衛の像

 

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酔ってからんで切腹させた!? さすがにこれは笑えない

福島家では身分の低い者が下船する際、木綿に着替えるキマリがあったそうです。
ある年、港に着いた酔っ払い正則は
「さっき、木綿に着替えさせろと柘植清右衛門に伝えておいたのに、みんな着替えて無いじゃん!」
と怒り始めました。

そもそもそんな命令出していなかったワケで、家老がなだめても正則は納得せず、「とにかく清右衛門に腹を切らせろ。でないと俺は下船しなーい!」とゴネまくり。清右衛門は私のせいで迷惑かけてすみませんと切腹して果てます。おいおい。

首を見て満足した正則はそのまま爆睡すると、目覚めてから何事もなかったかのように清右衛門を呼びつけます。
泥酔で記憶が無いということは、現代の我々でも一度は経験したことでしょうが、このときはさすがに家臣が死んでいて、あまりにタチが悪い。
家老から事の次第を聞いた正則は、そこで大号泣したそうです。遅いっての!

加藤清正と違い、福島正則の人気がイマイチなのは、こうした酒乱話が今も残っているからですかね。
まさしく酒は飲んでも飲まれるな。
皆さんもご注意あれ――と終わらせては当連載の意味がありません。

実は、酒に酔って記憶が抜け落ちてしまう現象を「ブラックアウト」といいまして、今回はこのブラックアウトを中心にアルコールによる神経への作用を説明していきましょう。

 

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抑制の抑制は興奮なのだ~

まず酒に酔う原因は2つあります。
1つ目はアルコールそのものによる脳への作用。
2つ目はアルコールの分解の過程で生じるアルデヒドによる作用です。ブラックアウトに関係するのはアルコールダイレクトの作用ですので順を追って説明いたします。

アルコールは血液脳関門を通過して脳の血管にも入っていきます。
酔いの本質は「中枢神経への抑制作用」でありまして、「アレ? でも、酔うとテンション上がって興奮状態になるじゃん? 抑制作用じゃない気がするんですけど」と思ったアナタは鋭い。
実はアルコールの作用は、抑制神経の抑制から始まりまして、少量のアルコールであれば「反対の反対は賛成なのだ~」のように「抑制の抑制は興奮なのだ~」となるわけです。

アルコールの作用は、脳の表層に近い部分から深部へと進んで行きます。
ほろ酔い状態では理性を司る大脳皮質の働きが抑えられ、本能や感情を担当する大脳辺縁系が前に出るため、気分が爽快になり、ちぃとだけタガが外れた状態になります。この辺りがまでが楽しいお酒だと思われます。

さらに飲み進めるとアルコールの血中濃度は上がり脳の働きが抑えられていきます。気が大きくなったり、やたら怒りっぽくなったり、立ち上がれば足元が少しふらつき始める、前酩酊期。使者に絡んだり、日本号をあげちゃったり、家来に怒ったりしたのはこの辺ですかね。私も飲むと財布の紐がユルユルになり、諭吉がお出かけしちゃうことがあるので、その理由がよぉくわかります。

更に飲み進めると身体のバランスをとる小脳も麻痺しはじめ千鳥足状態へ。何度も同じ話を繰り返すウザい状態となります。この状態を酩酊期と言い、懲りずに更に進むと泥酔期となって、まともに立てないわ、何言ってるかわからないわ、意識もモーローとしてきます。後述しますが、ブラックアウトが起こるのもこの時期です。

これを超えると昏睡期でありまして。生きるために必要な脳幹部分も麻痺します。延髄の呼吸中枢が麻痺して息が止まっちゃうワケですよ。まぁ、死ぬってことです。
昏睡期まで飲んだらいけないのは当たり前ですが、記憶がぶっ飛ぶブラックアウトが起こる状態もかなりヤバいことが分かりますよね。

 

「泥酔で記憶ない!」に関係しているのはグルタミン酸

さて、お酒で短期の記憶障害が起こる原因をもう少し詳しく見てみましょう。

根本は「海馬」が麻痺してしまうために何も覚えていない――という状態になるのですが、ここで注目して頂きたいのが「グルタミン酸」です。
いきなり味の素が何の用かと思われるかもしれませんね。実はグルタミン酸は、脳内で興奮性の神経伝達物質として広く使われているんです。

グルタミン酸受容体のうちNMDA型受容体というものが海馬に多く分布。記憶や学習に重要な役割を持つことで知られております(NMDA型受容体にグルタミン酸がくっつき学習記憶に必要な生化学反応が起こる)。
しかし、アルコールはNMDA型受容体の働きを鈍くします。
このため酒に酔った状態では新しい記憶を形成しにくく「酒を飲んでいる時の記憶がない」現象が起こるというワケです。

 

違法薬物と同じ 依存症になると、もう止められない

アルコールは合法であるとはいえ「薬物」です。
長期にわたって大量に摂取していると、身体的にも心理的にも「依存症」になります。こうなると常に「酒が飲みたーい!」状態になってしまい、欲求に負けて昼間から飲んで、仕事にも行かずクビになるという話もあります。
これはその人の意思が弱いからでしょうか?
答えはノーです。違法薬物などと同じく依存症が形成され脳がアルコールを欲する状態になっているからなのです。

具体的に説明いたしますと、1つはドーパミンです。
アルコールはドーパミンの放出を増やす作用を持っており、「ドーパミンじゅわわ~」は快楽に作用。これをとにかく再現すべくアルコールを欲する状態となります。

しかし依存症のメインはドーパミンでなく、さっき出てきた「グルタミン酸」と「GABA」です。
少し難しくなりますが、乗りかかった船ですので、船酔いせず最後までお付き合いください♪

ブラックアウトの話で説明したように、アルコールはグルタミン酸のNMDA型受容体の作用を弱めます。逆に抑制系の伝達物質GABAに対しては受容体の作用を強めます。
総合すると酒を飲んだ状態は、いろいろ抑制されてほわわーんで気持ちい状態となるのですが、この状態を繰り返すと脳がバランスを取るべくグルタミン酸の放出を増やし、GAMAを出すのを控えはじめます。

つまりアルコールが入った状況で脳のバランスが取れている状態になっちゃうわけですが、逆に酒が切れた時には「グルタミン酸(興奮)過剰のGABA(抑制)不足」となるわけなのでイライラ、イライラ!
アルコールが入れば通常状態になるのですから、そりゃあ脳は
「はい、酒飲もう、酒のもう!」
となるわけですね。

 

「ちっちゃな小人さんが~」「布団にびっしり虫が付いている」

更に悪いことにアルコールは「耐性」が付きやすい薬物でもあります。
前回飲んだときと同じように酔っぱらうためには、その都度、必要な量が徐々に増えていき、アルコール自体は身体にも有毒ですからそうこうするうちに肝臓が壊れ、消化管がやられ、全身ボロボロになってしまいます。
いやぁ、単なる酒だと甘く考えてると、本当に危険ですよ。

更に、飲酒が長期になると精神依存と同時に身体依存を生じて、手が痺れたり、不安や発汗異常、ひどきときには痙攣まで発症。ここまで来たら本気で治療をしないと、意識障害や幻覚まで見るようになり、
「ちっちゃな小人さんが~」
とか
「布団にびっしり虫が付いている」
なんて言い出したら、本気で治療モードです。そうでないと、この時期には「振戦せん妄」と呼ばれるひどい離脱症状が起こる場合があり、その死亡率が高いのであります。
ただし、適切な治療を行えば、離脱期に振戦せん妄を起こす確率がぐっと下がりますのでアルコール依存症から脱出を考える方は医師にご相談下さい。

あるいは大酒家が事故や病気などで入院し、いきなりアルコール0になった場合も同症状が起きる可能性は否定できませんので、入院時に医師へ伝えてください。

 

戦国時代のお酒は主に何が飲まれていた?

実は以前に大河ドラマ『真田丸』で飲んでいるお酒はどんなものでしょう?というご質問を頂いたことがあります。ドラマの中で福島正則さんは升を使って酒を飲んでいたシーンがありましたよね。

この時期は米から作ったお酒が主流ですが、濁り酒(どぶろく)から清酒(いまの日本酒に近い形)への過渡期でした。清酒は濾す分の技術と手間がある分、高級酒。更に清酒の中でも、玄米を使うものと精白米から作るものがあり、精白米から作るものの方が高級品でした。

おそらくや、上田などの田舎で普段使いに飲んでいるのは濁り酒ないし、玄米からの日本酒ででしょう。
接待やら秀吉が飲んでいる酒は今のものに近い清酒系考えられます。

どぶろくはろ過しないぶん米の甘みが残るため飲みやすく、お椀でグイッといくのが適しております。韓国のマッコリはわりと大きい器で飲むじゃないですか。まあ、日本酒だって升酒ありますし、お椀で飲めって言われたら私は飲みますけどね♪

焼酎の技術も14世紀半ばには日本へ入ってきており、九州の大名や新し物好きの伊達政宗は焼酎が好きだったと言われています。真田幸村が九度山から出した手紙にも焼酎プリーズありますしね。ただ、やっぱりメジャー路線ではありません。

拙著「戦国診察室」の中に、八丈島に流された宇喜多秀家へ、正則の部下が酒を贈った話を書いたのですが、正則は江戸にわざわざ良い酒を船で運ばせていたそうなので上等の日本酒派だったのかな。

晩年の記録が少ないため正則の死因は不明なれど、アルコールで酩酊して家臣を切腹させた話や、母里友信へのアルコールハラスメントを考えると肝臓を壊して亡くなった可能性も大いにあります。しかし川中島では治水工事や新田開発にに力を入れるなど功績を残しておりますので、酒と上手につきあえるようになったのかもしれません。

文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
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【編集部より】
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【参考】
国史大辞典 福島正則/wikipedia 母里友信/wikipedia e-ヘルスネット アルコール健康医学協会 MSD 名古屋市立大学医学会例会 Yahooヘルスケア

Nicotine improves ethanol-induced memory impairment: the role of dorsal hippocampal NMDA receptors.
8: Life Sci. 2010 Feb 13; 86(7-8):260-6
Rezayof A, Shirazi-Zand Z, Zarrindast MR, Nayer-Nouri T

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アルコール毒性とグルタミン酸受容体 アルコール中毒にNMDA受容体が関与するか
川合述史 醫學のあゆみ 151(8): 431-431, 1989.

 





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