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リョーチ詐欺に騙され改易喰らった有馬晴信~島原の乱勃発した原因にも繋がる?

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有馬晴信は戦国~江戸時代の大名。
肥前日野江藩(現・長崎県南島原市)の初代藩主であり、キリシタン大名として有名です。

同じくキリシタン大名として知られる大村純忠は叔父にあたり、以前、当コーナーで取り上げたこともありました。

過激すぎるキリシタン大村純忠は★3つ 改宗に従わぬ領民を殺害し、ときには奴隷として売っ払い!

叔父と甥で当コーナーに出演ってケースは初ですね。
では、早速、晴信の悪ミシュラン、いってみましょっ!

 

キリシタンになった途端に行動過激化

晴信は1571年、早世した兄の跡を継ぎ、名門有馬家の当主となりました。

家督を相続した当初はキリスト教を迫害していたのですが、1580年に洗礼を受けてからは熱心なキリシタンへ変貌。
南蛮貿易でウハウハして、大切なキリスト教の為にがんばります。

もしかしてビジネスキリシタン?
って感じですが、それにしては突然、行動が過激になってしまいます。

【悪ミシュランpoint】
・領内の寺社をぶっ壊し、その材料で教会を建設
・叔父と同じく領民を奴隷貿易しようとした

ご覧の通り、キリシタン以外にはかなり厳しい政治スタンスですね。
ただ、天正遣欧少年使節の派遣なんかにも参加しており(1582年)、色々とマジだったようです。

ヨーロッパを初めて見た天正遣欧少年使節の少年たち 気になるその後の人生は?

有馬家はその後、いったんは勢力を拡大した龍造寺隆信の配下になります。

しかし、1584年沖田畷の戦いでは、島津と同盟して龍造寺隆信を撃破。
このまま島津の配下でがんばるかと思いきや、寄らば大樹の陰とばかりに豊臣の家臣となるのです。

なかなか時勢を読むチカラには長けていたんではないでしょうか。

ちょっと行動が過激だけど。
家臣から見たら『1か100しかないんかーい!』って思われてそう。

 

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関ヶ原では当初西軍に味方するも

以後、関ヶ原までは豊臣配下で活躍。
文禄・慶長の役においては、同じキリシタン大名・小西行長の元で活躍しました。

そして迎えた関ヶ原の戦いでは、在国のまま西軍として参加します。

こんな行動したら戦後は当然「徳川家康さんの命令で改易やろ!」かと思いますよね?
しかし、そうじゃない。

晴信は、西軍惨敗の報を聞くなり、
「敵は宇土城にありー!」
と、小西行長の城を攻撃(小西行長は関ヶ原に参加して不在)、その功績を認められ領地を安堵されました。

ここまで来るとかなり清々しい。
なかなかの世渡り上手に見える晴信ですが、いざ江戸時代を迎えて大きなポカをやらかします。

1609年『岡本大八事件』です。

 

正純の家臣・大八につけ入れられる

事の発端は1609年。

晴信配下の60人が死亡したことに始まります。
マカオで晴信の朱印船がポルトガル船とイザコザを起こし、マカオ総司令ペアソに鎮圧部隊を出されたのです。

翌年、ペアソは調書提出のため長崎にやってきました。

彼にとってはそれが裏目に出ます。

家康の許可を得た晴信がポルトガル商船を攻撃し、ペアソは船と共に自爆。
晴信はさらに家康へ【伽羅(香木の一種)】を献上して、自身の功績等が認められるのでは?と期待しました。

そこに付け込んだのが岡本大八です。

大八は本多正純の家臣です。
つまり徳川政権への太いパイプ役になれる資質がある。

そんな人物が、報復の見守り役として長崎にいた折、晴信に向かって言うのです。

「今回の恩賞として家康は龍造寺に取られた旧領の回復を考えている」

大八の嘘でした。

 

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「恩賞の話どうなってんの!!!」

領地の拡大は、大名にとって喉から手が出るほど欲しいもの。

とにかく『譲ってもらえないかな?』と考えた晴信は「正純に仲介してももらうのは」大八しかいないと考え仲介料を支払います。

いわゆる【領地領地詐欺】なわけですが、晴信は見事に引っかかり
・大八に6000両(6億円)もの大金を払ってしまう
のでした。

そして……。

待てど暮らせどお達しの来ない領地回復。
しびれを切らした晴信は正純に「恩賞の話どうなってんの!!!」と確認をしてしまいます。

結果、大八の嘘がばれ大八は火刑。
晴信は島原4万石を領地没収の上、流罪となり、後に切腹を命じられました(1612年)。

キリシタンだったので自分では切腹せず家臣に首を斬らせたというお話になっております。

晴信の領地は一旦幕府の直轄地となった後、松倉重政が藩主の座につきました。

そして、アホみたいな苛政とキリシタン弾圧を決行!
ほどなくして島原の乱が起こり、キリシタンには生きづらい世の中となってしまいます。

なんだか晴信さん、悪ミシュランにのるほど悪くないよね?
って感じではありますが、彼の過激な行動が結局は領内に種を蒔き、結果、乱へと発展、後にキリシタン弾圧の強化に繋がった――ということで、以下のような評価を。

悪人度  ★★☆☆☆
影響力(権力)★★★☆☆
キリシタン度 ★★★★★

贈賄騙され度★5つでも良いですね。

イラスト・文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
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【編集部より】
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【参考】
岡本大八事件とノッサ・セニョーラ・ダ・グラッサ号事件
国史大辞典「有馬晴信」
有馬晴信/wikipedia
岡本大八事件/wikipedia

 



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