絵・小久ヒロ

信長公記

一揆勢の追い打ちで鬼柴田も負傷~超わかる『信長公記』第77話

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元亀二年(1571年)5月12日。
織田軍は三手に分かれて伊勢・長島一向一揆勢を攻めました。

一揆衆の彼らが、本願寺や雑賀衆などと繋がっていることは、統率や武装などから明らか。
長島は港湾としても重要な拠点、かつ美濃・尾張とも非常に近い場所です。

あらゆる意味で、織田信長がこれを放置しておくわけにはいきませんでした。

 

三手に分かれて進軍するも

この戦で織田軍は、以下の三部隊に分かれて進んでいます。

・本隊……信長 津島(津島市)に着陣

・中筋口…佐久間信盛、浅井政純(政貞・信広とも)、和田定利などの尾張衆

・太田口…柴田勝家、氏家卜全、稲葉一鉄、不破光治など、美濃衆が中心

当初の予定では、各方面の村に放火することで一揆勢を牽制し、16日に一旦引き上げる予定でした。

しかし、引き上げの気配を悟った一揆勢が反撃を、そのタイミングで仕掛けてきます。

織田軍退路の途中には、右手に揖斐川いびがわ、左手に崖という狭路があり、一騎ずつしか通れないような場所で一揆勢が待ち伏せしていたのです。

弓・鉄砲の射手を多数配置していたのですから、これはもう一般人とはいえません。
立派な軍隊です。

 

一揆勢の追い打ちで鬼柴田も負傷

本隊の信長たち、及び中筋口の信盛たちは撤退に成功しました。
が、最後尾になった太田口担当軍はそうもいきませんでした。

最後尾だった柴田勝家の隊に一揆勢がどっと襲いかかり、鬼柴田として恐れられた勝家も負傷しています。

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代わって殿しんがりを務めた氏家卜全と、彼の家臣数名が討死という、武家同士の戦に勝るとも劣らない被害が出てしまうのです。

「一揆勢」というと、こんなイメージをお持ちの方が多いかもしれません。

【無力な農民が、やむを得ず武器を手にとってワルモノに反抗した】

現実はさにあらず。
特に一向一揆は大寺院の力を背景としているため、武装や結束力がかなり強く、武士を追い詰めることも珍しくありません。

信長に限らず、多くの戦国武将が一向一揆に苛烈な対応をしたのも、致し方のないことと言えましょう。

ただし、そうなるに至った原因は武士(応仁の乱)といえなくもありませんが……。

 

一揆勢が盛んなエリアはやっぱり北陸

ちなみに一揆勢が盛んな代表的エリアは

・摂津(石山本願寺/大坂)
・伊勢
・越前
・越中
・加賀

あたりで、やはり北陸が中心となりますね。

元朝倉の本拠地・越前国は北上を目指す織田軍にとって避けては通れない北陸の玄関口です

なんせ加賀一向一揆守護大名の富樫政親を追い出し、1488~1580年の約90年間に渡って加賀の国を支配していたほどです。

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では、なぜ一向一揆がそんなにも受け入れられたか?

というと、

・頭髪自由
・妻帯自由
・念仏一つで誰でもOK

という超絶お手軽な教えが受け入れられ、庶民や国人(武士)をどんどん巻き込んでいったのですね。

あの鉄の結束を誇る三河武士たちですら、敵味方に別れて戦う憂き目にもあっています。

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家康は、割と穏健な方法でこれを治めましたが、信長はそうではありませんでした。

一向一揆との戦いはこれが終わりではなく、この先、越前・加賀・越中と真正面からガシガシ衝突。加賀一向一揆が終了した1580年というのも織田軍が滅ぼしたからであります。

なお、長島一向一揆も1574年に収束するまで大きな痛手を受けておりますが、それはまた後日に。

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なお、以下にも明智光秀をはじめとした戦国武将人物伝がございます。

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戦国武将データベース

【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon link
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon link
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon link
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon link
『戦国武将合戦事典』(→amazon link

 



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