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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

敵の山城を猛攻撃中にお茶の話しで利休と盛り上がる【軍師黒田官兵衛百物語4】

更新日:

 

3回目に続いて今回もちょっとしたエピソードを。

天正14年(1586)だという「極月四日」の日付が入った茶聖・千利休が黒田勘解由に出した手紙がのこされている。

利休

利休から黒官ならぬ黒勘にあてた書状。桑田忠親『定本 千利休の書簡』より

 

「極月」とは12月だ。一方、黒田勘解由(かげゆ)とは官兵衛のこと。関白となった豊臣秀吉から勘解由次官という官名をもらい、その頃はこう呼ばれていた。

黒田勘解由を略して「黒勘」と利休は宛名を入れている。
官兵衛が茶の湯に「はまる」のはほかの大名に比べて遅かったとされている。小田原城攻めの直前に、秀吉と密室たる茶室で合議したことがきっかけという。(桑田忠親『戦国武将と茶の湯』宮帯出版社、2013年再刊、初出1978年)

だが、「黒勘」と名を略して利休が書くほどに二人は親しかったし、実は、官兵衛は利休の直弟子だと自称するほどの茶人だった。

利休がこの手紙で書いていることといえば、官兵衛がコレクションする茶席で菓子を取り分けたり茶碗の縁などをふくのに使う料紙が、いよいよ質がいいもので結構だよ、という内容。

天正14年12月の官兵衛といえば、秀吉の命で、島津征討戦の軍監として九州へ派遣され、猛将・高橋元種が篭城する、豊前香春岳城への猛攻を繰り返していた最中だった。

そんな時にも風雅なこんな手紙のやりとりがあっていたとは。さすがに戦国武将の心の幅は計り知れない。

次回から若き日の官兵衛の時代に戻ろう。百物語5へつづく

FrcoDon・記

参考

桑田忠親『定本 千利休の書簡』東京堂出版(1971)

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桑田忠親『戦国武将と茶の湯』(宮帯出版社、2013)

 





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