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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

主君にかわってなぜかたった一人の息子・松壽丸(長政)を信長の人質に【軍師黒田官兵衛百物語5】

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黒田官兵衛は、播磨(兵庫県)の領主・小寺政職(まさもと)の名代として岐阜城の織田信長を訪ね、小寺家の織田家への臣従の申し出を行った(第2話)。今回はその続きとなる。

小寺の申し出を信長はよろこんで受け入れる。だが、官兵衛の次の仕事は、人質を入れることだった。

戦国の世の習いとして、臣従を誓った新参の家は、親族の誰かを人質として差し出すことになる。
小寺政職の親族のうちの誰かを信長の下へ、人質として送らねばならない。当時の常識でいえば、政職の長男・氏職が人質となるのが普通なのだ。ところが、「この子は知恵おくれだ、可哀想だ」などと言って、政職は氏職を人質に出そうとしなかった。

政職は、その後に織田軍の将として羽柴秀吉が播磨へ入った時にも、挨拶にさえ出てこようとせずに官兵衛を難儀させる困った主だったのだ。

知恵おくれにござるゆえに、とは口実で、そもそも、小寺政職の信長への臣従は、心からのものではなかったことが理由だったに違いない。別の機会に書いた「三木城干し殺し」(付け城ルポ)の際に織田方を裏切ることになるし、小寺家が滅んだずっとあとに、氏職は、筑前に入った黒田家に仕官している。(福岡市

 

とにかく官兵衛は、織田への人質を出さなければならない。

そこで自分の唯一の男子・長男の松壽丸を差し出す決断をする。松壽丸とは、関ヶ原の合戦で徳川家康に勝利をもたらすことになる第一の功労者として知られる、後の黒田長政だ。

 

博多人形Blog「共同作品(軍師 官兵衛 見参)全十景~その2~」より

官兵衛は小寺家の家老だ。家老の子が人質に出るという、変則ではあったが、唯一の男子を差し出したということで信長は「あっぱれ官兵衛」とかえって喜んだという。

唯一の男子を人質に出すということは、その子が殺されれば、家が絶えるということだ。官兵衛は、それほどの覚悟を信長に示した。
人質の松壽丸の命が奪われるIFシナリオがあれば、関ヶ原の合戦での勝敗の行くえも変わっていただろう。この血筋が絶えてしまうかもしれない危機に、後に官兵衛と黒田一族は陥る。

百物語6へ続く

FrcoDon(福岡県在住)・記

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