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阿閇城地図(グーグルマップより)

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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

海からの毛利の急襲を迎撃! 阿閇城の戦い【軍師黒田官兵衛百物語11】

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地元の東播磨で反織田の狼煙があちこちであがった天正六年(1578)2月以来、黒田官兵衛は、西の毛利の進軍へ備えながら、東播磨最大の大名で裏切り者の別所氏の三木城攻略すべく、別所氏に味方する周辺の野口城などいくつかの城を陥すなど激しく動いていた。(10回

毛利の逆襲!雑賀の鉄砲隊とともに海岸の城を襲う

4月、とうとう危惧していた毛利が侵攻してきた。
毛利は、雑賀衆とともに海路8千の兵を走らせ、別所重棟(しげむね、重宗)が守る播磨の浜「別府表」にある「阿閇(あえ)の要害」を襲った。

阿閇神社(播磨町観光HP)

阿閇神社(播磨町観光HP

それを見事に官兵衛が撃退したと「黒田家譜」にある。
毛利が別所を攻める?逆ではないかと思うかも知れない。戦国の世は、真田家と同様に家をまもるために一族の一部がバラバラの行動をとることがあったし、たんに親族間のバトルも激しかったこともあろう。

別所氏の場合、当主は、三木城に籠る別所長治である。
9回に、加古川評定において別所氏の織田からの離反を示したのが、長治の叔父「別所賀相(よしすけ、吉親=よしちか)」であった。

一方、織田方に残った重棟は賀相の弟である。

重棟は、前年12月に官兵衛の息子・長政と娘の縁談を秀吉に勧められているなど秀吉と関係が深かった。(「黒田家文書」)別所一族の中で唯一、織田方に味方し秀吉軍を助けていた。
別所氏系図

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別所一族を救援せよ!

官兵衛は、この日、5百の手勢を卒い阿閇城へ支援に入り、重棟と指揮を変わる。
阿閇城は、官兵衛が落とした敵方の野口城の南方約2キロ。加古川の扇状地にあり、当時は海に面していたために、少し内陸の水の城だった野口城と違い、交通の便が重視され、防御性は低かった。

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官兵衛の戦術とは

阿閇城地図(グーグルマップより)

阿閇城地図(グーグルマップより)

官兵衛は城兵に対して、この日の戦闘の段取りを細かく説いた。

まず、
「この城は堅固さがなく、いかにも攻めやすいと見えるため、敵は安心してよせてくる。そこで、安心のままに敵が石垣に寄り付き、塀に手がかかるまで一切反撃をおこなうな。小石一つ投げるな」

と厳命した。そして、

「敵兵の人相がはっきりと見えるところまで引きよせた時に、太鼓の音を合図に、一斉に攻撃をはじめる」

次に

「城内に突入する、すんでまで接近したところに、攻撃を受けた敵は、転がるようにして後方に控える本軍に逃げ込む。敵の本軍は敗走してきた兵とともにあわてだし混乱する。そこへ、われらは城門を開いて、一挙に攻めかかる」

とはいえ、人相がはっきりと見てとれるところまで敵兵が迫るのを静かに待つ、という時に重なってくる恐怖を抑えるのは尋常の神経ではできない。そこで官兵衛は、

「わが下知を一兵たりとも違えることなくおこなえば、この戦、必ず勝つ。一兵といえども違えれば、この戦、必ず負ける」と、言葉をくわえた。

また、一万の援兵が後詰めするとも伝え、兵達の心に余裕をもたせた。

果たして、 敵兵が眼下の石垣に溢れ、目鼻の形がはっきりとするところまで近寄ったところで、太鼓が乱打された。城兵達は、ため込んだ恐怖をむきだしの闘争心に変え、銃弾を、矢を石を、一挙に城壁に群る敵兵に浴びせた。

瞬時に恐怖のならくに引き入れられた敵兵達は、助けを求めるゴムまりの集団となって、無方図にはね飛びながら、本軍になだれ込む。そこへ官兵衛は城門を開き突撃をかける。

『黒田家譜』は「跡なる敵は 先陣の崩るゝ に押立てられ 一支もせず 大崩にて成りて引きにける」と描写している。

この勝利に秀吉は感状を送り「上さまに報告する」といっている。さらにその報告を受た信長も、「まずもって神妙」と秀吉への感状の中に具体的に官兵衛の功績を褒めている。(「黒田家文書」)織田方にとって重要な勝利であったことが伺える。

FrcoDon(福岡県在住)・記

 参考 渡邊大門『黒田官兵衛 作られた軍師像』 (講談社現代新書)

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小和田哲男『黒田如水―臣下百姓の罰恐るべし』(ミネルヴァ日本評伝選)

 





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