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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

「上月城を捨てよ」信長の非情な決断 軍師黒田官兵衛百物語14

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毛利軍5万に囲まれた上月城を高倉山の本営から見下ろすばかりで、援軍の織田方の将たちも思うように動けないでいた。
膠着した戦線を打開しようと、羽柴秀吉は主である信長自身の出陣を求めていた。上月城を救わねば、「織田頼むに足らず」と播磨全体が敵になるとの危機感に秀吉は、そして官兵衛もつつまれていた。
(軍師官兵衛で上月城が登場する回のレビューは→【軍師官兵衛感想マンガ】ますますノリノリの宇喜多直家第16回「上月城の守り」)

まさかの信長の指令

前回書いたように、信長も本来は毛利との決戦のために自ら出向くつもりで、一度は京まで馬を進めた。しかし、たまたま豪雨で街道筋の各所が遮断されたことを理由に、京より先きの西に出て行けなくなった。
毛利軍が上月城を包囲して一月が経つ天正六年( 1578)の5月はじめの話しだ。

たまりかねた秀吉は6月、ついに自身で安土城にむかう。(『信長公記』)
ところが、思いがけない厳命を信長から下される。「上月城を捨て、別所氏の三木城攻撃に専念せよ」、と。

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手柄を取られたくない織田家武将のサボタージュ?

明智光秀や滝川一益ら援軍の諸将の動きがにぶかったのには、やっかみがあったのだろう。織田家の習いでいけば、中国征討、つまり秀吉を主軍とした毛利氏攻略への助太刀は、中国地方13か国の半分程を秀吉が手にすることを手伝うことになる。その上、その先の関門を渡っての九州への先陣役も秀吉に渡すことになる、というやっかみが。

褒美として与えられる領国の巨大さにくわえて、中国、そして九州の野は、生産性を望める、他になく格段に肥えた土地であり、朝鮮や明国相手の交易の利を手にするにも有利な地だ。

信長も配下の諸将のそうした気分を読み取っていただろう。自身のなかにも秀吉への偏った褒美の行方が、臣下の将たちの間にある均衡をゆがめ、ひいては家臣団そのものの崩壊を呼ぶかもしれないとの懸念を持っていたのかもしれない。

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撤退しなかった尼子氏主従

あわてて上月城の最前線に戻った秀吉は、尼子勝久・山中鹿介幸盛に城から脱出させようとする。しかし、2人の答えは「徹底籠城」だった。尼子氏再興を第一に考えれば信じられない選択だが、武士としての矜持がほかの城兵を見捨てることを拒んだのだろう。

鹿之助(絵・霜月けい)

鹿之助(絵・霜月けい)

6月26日に秀吉は高倉山から兵を引き、姫路城近くの新本陣「書写山」へと戻っていった。
月が変わった3日、織田の力を借り、御家再興を果たそうとした尼子勝久は自刃、5日に上月城は陥ちる。
勝久を支えた山中鹿介は死なずに毛利にとらえられた。勝久から「尼子再興」の遺命をたくされたたためと言われるが、毛利輝元のもとへ送られる途中で斬殺される。

上月城の落城に前後して、援軍の滝川一益、明智光秀、丹羽長秀など諸将は織田信忠を総大将に、敵対する播磨の諸城を陥として回った。去る2月から東播磨で叛旗を翻した反織田の中心である別所氏の三木城を弧立させることが目的だ。

官兵衛が直接、攻城にくわわることはなかったが、織田軍によって攻め滅ぼされた城の中には官兵衛の舅、つまり妻・みつの父である櫛橋伊定が籠る志方城もあった。志方城は、『信長公記』で信長が秀吉に対して「上月城の救援などムダなことをせずに、神吉城、志方城を攻め落とせ」と名指しした城である。

播州諸城の攻略戦の期限は8月17日と信長によって決められていた。この日を期限に、播磨の野を埋めた織田軍は、秀吉と官兵衛の軍を残して去っていく。毛利軍の方も、その一翼である吉川元春に対して但馬国人衆からの入国の求めがあったなどの理由から、上月城を陥した後に小早川隆景もそろって、国元へと静かに兵をひいている。(司馬遼太郎の小説『播磨灘物語』)

播磨の野に未曾有のひしめき合いをみせた両軍の人馬が、秋の訪れとともに去った裏には、秀吉にも官兵衛にも知らされることがない所で、毛利氏と信長との間に密かな和睦が成立していたのではないかと勘ぐらせる。それぞれ、その勢力が重なり合う播磨まで兵は入れたものの、わずかに槍をあわせる経過のなかで、毛利氏の側にも、信長にも直接に雌雄を決するには時機がまだ早いとの判断が生まれたのではないだろうかと思わせる司馬遼太郎の描写であった。

つづく

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FrcoDon・記(福岡県在住)





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