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明治・大正・昭和時代 名脇役

2代首相、クラーク博士、サッポロビール”創業者”…北海道で栄光を掴みながら不遇の死を迎えた3人の偉人

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歴史の浅い北海道は、松前藩のみが江戸時代から海産物で大いに潤っていました。ところが、江戸幕府が倒れたあと、原野と原始林の札幌に「開拓使」が置かれ、薩長閥の武士たちがやって参りました。

ロマンあふれる札幌・北海道を開いた人たちのうち、なぜ札幌で「栄光」を得ながらも、還暦を迎えられなかった3人「偉人」たちを紹介します。もしかしての・ろ・い?(*年齢計算は数え年ではなく現行の年齢です)

 

酒乱で奥さんを惨殺? 首相になった黒田清隆

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薩摩藩の藩士、黒田清隆(1840~1900)は戊辰戦争から箱館戦争と、幕府軍との戦いで活躍。とくに箱館戦争では榎本武揚を降伏させるとともに、榎本の助命に奔走しました。

榎本の助命嘆願のために剃髪した黒田(左)(Wikipediaより)

明治新政府では、開拓使長官など北海道開拓使が明治15年に廃止されるまでの10年あまり北海道のトップを務めました。その間、明治10年の西南戦争にも征討参軍として参戦し、これまた活躍。

北海道開拓では、武功の名を利用して、多額の国費を引き出して、近代化を進め、「北海道開拓の父」と目されています。

だが、しかし…

武人らしい独断専行、薩摩閥ばかり登用、民間を信じず官営独占と、カリスマゆえの負の欠点も批判されました。個人的な門団は「酒乱」。明治11年に夫人が謎の死を遂げるのですが、黒田が酔って斬殺したとの噂が流れました。

初代内閣総理大臣は、ごぞんじ長州藩の伊藤博文に奪われますが、薩摩閥のリーダーとして巻き返し、明治21年にとうとう第2代の内閣総理大臣となりました。

ここで黒田さん、突然「いい人」になります。薩摩閥バリバリだったのに、長期政権を狙ってウイングを広げて、肥前藩出身の大隈重信や土佐藩出身の後藤象二郎を入閣させます。ところがこの路線変更が裏目に出ます。大隈が主張する不平等条約の改正を支持しましたが、それが失敗。わずか1年半後に辞任します。政治の世界は理想的に正しいことがうまくいくとは限らないというのが悩ましいところですね。

その後も逓信大臣(郵政大臣)など役職には就きましたが、酒乱の癖はドンドンとひどくなり、59歳(数え61歳)で脳出血で死亡しました。

 

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大志を抱きすぎて投資で失敗したクラーク博士

明治9年に「お雇い外国人」としてアメリカからやって来た、クラーク博士(Clark, William Smith、1826-1886)。
北海道大学の前身、札幌農学校で8ヶ月間学生を教育し、マサチューセッツ農科大学に戻りますが、学長の座を辞めてしまいます。その後、炭坑経営などを始めて、莫大な利益を上げながら、破綻。
一生で一度も良いことはなかった、あるとしたら札幌での学生を教えたことだけだ、と言い残して59歳で死亡してしまいました。

武将ジャパンの本「戦国時代100の大ウソ烈風記」

を刊行した鉄人社が出した「クラーク博士は大志を抱きすぎて投資で大失敗した(世界の偉人120人の黒い逸話集)」では本のタイトルを飾っております。

しかも、クラーク博士は「青年よ大志を抱け」と言っていなかったというお話まであります。
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サッポロビールの”創業者”が虚無僧になって神戸でのたれ死に?

薩摩藩主島津家の分家として生まれた村橋久成(1840-1892)は、幕末の慶応元年に薩摩藩が密かにイギリスに留学させた学生の一人として、ロンドンに向かいます。イギリスで学んだ学問の中に農学があり、開拓使長官の黒田清隆に依頼され、ビール醸造所を作ります。札幌の原野に日本で始めてのビール醸造所を建築、醸造を行いました。現在のサッポロビールの前身です。

ところが、黒田清隆が開拓使を廃止する直前に、官営工場、船、鉱山、牧場、土地など北海道の公的なインフラのほとんどを30年無利子38万円という当時でも超格安の価格で黒田とつながりのある関西の商工業者に払い下げるという癒着問題を起こしました。(世論の大反対が起きて明治天皇の裁可で中止され、伊藤博文が政権の実権を握り、黒田の初代総理大臣の目も消えました)

現場で頑張っていた村橋は怒りのあまり、ビール醸造をやめ、雲水(虚無僧)となって日本を放浪。なんと神戸で行き倒れとなって死亡してしまったのです。53歳でした。

 

初めてのビール工場跡地は現在サッポロファクトリーというショッピングモールになっている(Wikipediaより)

 

考えてみますと、北海道の歴史ははじめは「開拓魂」で始まったはずでしたが、いつのまにか薩摩閥などの体質にすっかり翻弄されて、現在に至ってしまっているのかもしれません。

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えんどうひでお・記(北海道在住)





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