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名脇役

マンガ「おーい竜馬」での若き坂本竜馬のウソホントをゆる~く検証

更新日:

小説「竜馬がゆく」でハマり、マンガ「おーい!竜馬」でハマり、ドラマ「龍馬伝」でハマった、すべての龍馬ファンに捧げます!

坂本龍馬の実像と物語による虚像を、ゆる~く検証。

2014年現在、幕末No1ヒーローの座を不動のものとした感のある「坂本龍馬」。なんと一般社団法人日本龍馬会が、「神奈川県浦賀市に、ニューヨークの自由の女神を上回る、高さ70メートルの坂本龍馬像を建設するぞ!」と発表するくらいですから。

横須賀にある海上自衛隊を、日本海軍の創始者の一人といっても過言ではない坂本龍馬に、見守ってもらおうということなのでしょうか?

坂本龍馬がきっかけで歴史ファンになったという方は多いと思いますが、その坂本龍馬を知るきっかけとなったのが、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」、監修・武田鉄矢、作画・小山ゆうの「おーい!竜馬」、そしてNHK大河ドラマの「龍馬伝」(監督・大友啓史、脚本・福田朗)だという方は、とても多いと思います。

あなたの龍馬のイメージは北大路欣也?福山雅治?それともマンガ? 

ちなみに私の場合は、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を原作にしたNHK大河ドラマ「竜馬がゆく」(1968年、脚本・水木洋子、主演・北大路欣也)を、朧気ながらに見た記憶です。

なので私の中の“坂本龍馬”のイメージは、「龍馬伝」の福山雅治ももちろん素晴らしいのですが、やっぱり正統派ヒーローのイメージのある、北大路欣也なのです。

そこで今回は、これら「坂本龍馬」を今に伝える三大物語、小説とドラマの「竜馬がゆく」、マンガとアニメの「おーい!竜馬」、そしてドラマの「龍馬伝」を、史実と比較しながら、ゆる~く検証してみたいと思います。

そもそも坂本龍馬の実像なんて、ホントかウソかよくわからないところも多いそうですし、坂本龍馬は熱狂的なファンが多いので、「そこ違うよ!」というツッコミも沢山きそうですが、そこはどうぞお手柔らかに、よろしくお願い致します。

ちなみに「龍馬」と「竜馬」の違いですが、司馬遼太郎さんは、今の新仮名遣いで「龍」の字は「竜」とされているので「竜馬」としたというだけ、と語っていたそうです。坂本龍馬は自分のことを「竜馬」と記したことは無いそうです。

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「おーい!竜馬」の龍馬と岡田以蔵が幼なじみは創作

 

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それではまず、坂本龍馬の幼少期から少年時代についてですが、まず「おーい!竜馬」にある、

・坂本龍馬と武市半平太と岡田以蔵は幼なじみだった。

という設定ですが、これは実際は違うと考えられます。

坂本龍馬と武市半平太は遠い親戚で、龍馬の姉の乙女さんは、年の近かった武市半平太のことが好きだったという設定が、「龍馬伝」でもチラリと見られました。

これについても実際どうだったのかはよくわかりませんが、でも乙女さんはあの坂本龍馬を弟に持ち、しかもその龍馬の母親代わりとなって育てた方です。何大抵の男では物足りなさを感じずにはいられなかったでしょう。

そもそも幕末当時の日本人男性の平均身長は150センチ。しかし龍馬は堂々たる175センチ、だけど乙女ねえやんは龍馬をも上回る180センチです。

しかし武市半平太は、乙女ねえやんにも負けていない180センチ。しかも頭脳明晰でリーダーシップもある超イケメンだったそうですから、乙女ねえやんのお眼鏡に叶うのは、やはり半平太くらいしかいなかったのでは、と思いたいところではあります。

半平太以外では西郷隆盛か?西郷ドンの好みの女性は“太かおなご”だったそうですから、西郷隆盛と文武に優れた乙女姉やんは、実際に出会っていればベストカップルだったのでは?と妄想が更に暴走してしまいます。

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そこの所は「おーい!竜馬」で、乙女ねえやんが土佐を訪れた西郷に、「私を連れて脱藩させて欲しい。私も国事のために働きたい」と願い出るシーンがあり、西郷は乙女ねえやんに一目惚れしてしまうのですが、とても乙女ねえやんが魅力的に描かれている良いシーンだと思います。

とにかく実際龍馬と半平太は、子供の頃から度々会う機会があったようです。例えばこれも「龍馬伝」に出てきましたが、子供の頃一緒に雀を捕らえようとして失敗した、という逸話も残っています。

 何でも、お米にお酒を染み込ませたものを庭に撒いておくと、それをついばんだ雀がお酒に酔っ払ってフラフラになる、そこを二人で捕まえよう、ということだったそうですが、実際にやってみたら、雀は貴重なお米を全部ついばみ、そしてそのまま空に飛んでいってしまって二人はガッカリした、ということです。

 でも半平太と龍馬は、毎日のように会い兄弟のように親しんだわけではなかったと思います。子供の頃に通っていた道場も別々ですし、家も離れています。

 でも半平太が立ち上げた土佐勤王党に龍馬が加入し、そして脱藩して土佐勤王党を離れた時も、半平太は龍馬に温かい眼差しを向けています。

お互いを「アゴ」(半平太はアゴが立派だったらしい)、「アザ」(龍馬にはアザがあったらしい)とアダ名で呼び合っていた、というもの微笑ましいエピソードですし、脱藩した龍馬に対し、

「龍馬は土佐の国にはあだたぬ(収まりきらぬ)奴じゃ」

と言ったという半平太には、やはり兄のような優しさを感じます。

 とにかく龍馬が天下国家について考え始めたきっかけは、何と言っても半平太の影響だったと思いますし、半平太や土佐勤王党の仲間達が殺された時、龍馬は志半ばで死んでしまった彼らの志を受け継ぎ、益々自分は天下国家のために働かなくては!と思ったと思います。

そこの所は「おーい!竜馬」でも、龍馬が死んだ仲間達一人一人の霊に向かい、杯に酒を注ぎながら弔い、誓うシーンがありますが、本当に秀逸だと思います。このシーンは「龍馬伝」でも再現されていたと思います。

 

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岡田以蔵は無学にあらず

 半平太と岡田以蔵は、割と早くからの師弟の関係だったようです。以蔵は1856年、18歳の時、半平太に従い江戸に剣術修行に行き、鏡心明智流の桃井道場に学んでいます。

桃井道場といえば江戸三大道場の一つ。今でいえば東大・早稲田・慶応みたいなところだということですから、これは凄いことです。また以蔵は22歳の時も半平太に従い中国・九州地方に剣術修行に行き、直指流剣術を学んでいます。

以蔵は「おーい!竜馬」では、身分も低く粗暴で無知無学、という風に描かれていますが、そこまで卑しい人ではなかったと思います。

以蔵は後に人斬りとなり、その後時勢が変わって幕府に追われ無宿人となって捕まりますが、その時には精神的にもかなり追い詰められ、昔の面影がなくなっていたのかもしれません。

でも元々は郷士の中でも剣の腕が立ち、武市先生にも目をかけられ江戸にも行ったことがある有望な若者、という感じだったんじゃないかと思います。

実際に博物館で以蔵の弟が書いた書状を見たことがありますが、なかなか立派な書体で、そこからも岡田家の教養の高さを感じました。

しかし捕らえられて拷問にかけられ、他の土佐勤王党の同志が頑なに口を閉ざしていたことを軽々と白状してしまったことで、害が広く及んでしまい、以蔵は死後、土佐の人々に疎んじられてしまったようです。

今も山中にひっそりと佇む以蔵や岡田家のお墓に、そこはかとない物悲しさを感じました。

しかしそれも「龍馬伝」で以蔵を佐藤健クンが熱演したことで超ブレイク。2010年に初めて岡田以蔵の慰霊祭が行われたと聞き、ちょっと救われた気がしました。

 

君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後は 澄み渡る空

                   ― 岡田以蔵、辞世の句

 

 以蔵の行ったことが善だったか悪だったかなんて、後世の私達に計ることは出来ないと思います。とにかくその時その時を、以蔵は自分の命をかけて精一杯に生きた。そのお陰で今の私達はこうして生きているのだと思います。

龍馬は上海に行っていない

 

 また「おーい!竜馬」では、少年時代の龍馬と半平太と以蔵が、

 

・共に天狗退治の冒険に出掛け、土佐に漂流したアメリカ人を助けた。

・風呂屋の女湯を覗いた。

・遊郭に行き、初体験を遂げたり、遂げられなかったりした。

 

というエピソードが描かれています。でもこれらも…ですね。

 

ただ土佐は太平洋に面しているので、沖に海外の船の姿を見かけたり、外国人が漂流する事件が、たまにはあったようです。

土佐は薩摩や長州と同じように、地理的に海外に目を向けざるを得ない機会が度々あったので、幕末の危機にもいち早く対応できることが出来た、とも言われています。

でも龍馬達が土佐に漂流したアメリカ人と親しくなった、ということはありません。

「おーい!竜馬」では、更にその後、龍馬はそのアメリカ人と再会し、上海に連れて行ってもらいます。そこで龍馬は西欧列強が中国で行っている植民地支配の実情を目の当たりにし、日本がこうなってしまっては大変だ!と思うのですが、龍馬が上海に行ったという記録は、実際は無いようです。もし行っていたら、真っ先に乙女ねえやんに手紙を書いていたでしょうしね。

実際に上海に行き、中国の惨状を見たのは長州藩の高杉晋作でした。でも龍馬にも上海に、是非行って欲しかったですね。

 

風呂屋の女湯を覗いた、というのは、どうなんでしょう?これは皆様のご想像にお任せします。

 

また3人で土佐の遊郭にいったか?についてですが、「おーい!竜馬」によると、この時見事初体験を成し遂げたのは以蔵だけでした。 

龍馬はそこで悲しい境遇を背負った遊女と出会い、情に流されてお話するだけで終わってしまい、半平太はあーだこーだと考えすぎて失敗し、年増の遊女に笑われてしまいます。

男子のことは女性の私にはよくわかりませんが、色々な以蔵や龍馬や半平太のエピソードを総合し、実際はこんな男だったんじゃないかと、監修の武田鉄矢さんが想像力たくましく膨らませたのでしょうか?

完全無欠の半平太にもちょっとコンプレックスがあった方が、人間らしくていいということでしょうか?それとも主人公の龍馬を引き立てるためにちょっと墜としたのでしょうか???

 

以蔵は特に史料は残っていないようですが、当時の普通の男性らしく、普通に遊郭にも行き酒も飲み、ところどころに恋人もいたはずです。

 

龍馬にはお嫁さん候補といっても良いくらいの女性が3人いました。割とモテたようですね。土佐の恋人は、平井収二郎の妹で幼馴染みの平井加尾ちゃん。江戸の恋人は、修行先の千葉道場の娘の千葉佐那様。それから京都で出会ったのが楢崎お龍さんで、結局龍馬はお龍さんを、西郷隆盛を媒酌人として妻にしています。

「竜馬がゆく」で龍馬の恋人として描かれているお田鶴様や、「おーい!竜馬」に出てくるお加代様は、平井加尾(かほ)ちゃんをモデルにした創作だそうです。

 土佐四天王の吉村虎太郎があまりマンガやドラマで脚光を浴びないのはなぜ?

半平太さんは愛妻家で、京都にいた時も芸者遊びなどはしなかったそうです。お酒の方も下戸だったそうです。

また半平太がまだ土佐にいた時のエピソードですが、半平太には子供がいなかったので、跡取りがいないのは困るということで、土佐勤王党の吉村虎太郎が、半平太の奥方のお富さんを実家に帰らせ、若く美しい女中を半平太の側に置く、ということを画策したそうです。

虎太郎はその女中に半平太の手がつき、子供が出来ることを期待したそうですが、でも半平太は女中には手を付けず、逆に虎太郎や奥方のお富さんを注意し、子供が出来なくても生涯妻はお富さんだけだ、と諭したそうです。

ホントに半平太さんは素敵な方だな~、と女子からは益々尊敬されてしまうエピソードだと思いますが、しつこいようですが、そんなところが男子にはやっかみの元になるのでしょうか?

 

ここに出てきた吉村虎太郎ですが、この方は、武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎と並ぶ「土佐四天王」のうちの一人で、大変魅力的な人です。京都の霊山護国神社にもお墓がありますが、鳥居まである大変立派なお墓です。なのになぜ「竜馬がゆく」にも「龍馬伝」にも「おーい!竜馬」にもきちんと描かれていないのか?ちょっと疑問に思うところです。

志士たちが眠る神社の隣に霊山歴史館を作ったのは岩崎弥太郎じゃなく松下幸之助

ところで幕末に命を落とした多くの志士達が眠るこの京都の霊山護国神社ですが、ここには坂本龍馬や中岡慎太郎、那須信吾、他藩では長州藩の木戸孝允、久坂玄瑞、宮部鼎蔵など、錚々たる方々のお墓が山の斜面一面にあります。

ここは明治天皇が御霊を奉祀するために創建せよと命じられた招魂社で、東京の靖国神社よりも古いそうです。

1945年の敗戦により、それ以降荒れ果ててしまったそうですが、この惨状を嘆いてここを整備し、隣に霊山歴史館まで作ったのが、パナソニックの創業者・松下幸之助です。

霊山歴史館の前の石碑に刻まれた「館の理念」には、こうあります。

 

「近代日本を開化せしめた維新の志士の尊い精神を学び

この国の歴史と伝統に立ってあすの日本を考えるために

心をこめて若き人びとにおくる」

 

 私達はこの松下幸之助さんの想いも、受け継がねばなりませんね。

三菱の岩崎弥太郎と龍馬の少年時代の接点は…なくとも通じる国際感覚

 

 最後に、坂本龍馬の少年期の友人といえば、忘れてはならないのが「龍馬伝」に描かれた岩崎弥太郎です。でも龍馬と岩崎弥太郎の少年時代の接点は、残念ながら無いようです。

龍馬が長崎で「海援隊」を設立し貿易を始めた頃に、岩崎弥太郎が土佐藩から命ぜられて海援隊の会計係となっています。接点はその時くらいだと言われています。

でも龍馬が暗殺され、幕藩体制も瓦解し、海援隊や土佐藩の資産をその商才で受け継いだのが、この岩崎弥太郎だと言われています。

それが財閥の三菱グループとなり、日本郵船となったのですから、龍馬の海援隊の夢は、やはり弥太郎によって受け継がれたと言っても良いのかもしれません。

 

幕末に活躍し命を散らした坂本龍馬、武市半平太、岡田以蔵。そして、その後の明治時代に活躍し、近代日本の礎を築いた岩崎弥太郎。

それぞれが天に命ぜられた役目を全うし、共に歴史に名を残した偉人だと思います。

その魅力に惹かれ、誰がどのような媒体で、どのような描き方をしても、彼らはいつも読者を魅了し、皆に愛されます。                

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重久直子・記

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1位長篠の戦い 注目すべきは…


わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


2位 西郷隆盛49年の生涯!


3位 史実の真田幸村とは?


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


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