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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師・黒田官兵衛百物語40話】黒人奴隷を洗ってみた織田信長

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前回はヨーロッパの宣教師が見た信長と秀吉の野望を紹介しましたが、今回も宣教師と6月22日の軍師官兵衛で出てきた黒人のお話です。
アレッサンドロ・ヴァリニャーノという宣教師がおりました。司祭でありイエズス会東インド管区の巡察師という、イエズス会のアジアにおける布教全体を監督する立場にあった人です。

秀吉の天下において、官兵衛は、伴天連追放令を発令した後に帰国した天正遣欧使節と会うことを拒絶する秀吉を説いて、使節四人の聚落第での謁見を実現させました。その天正遣欧使節を発案し、実行したのがアレッサンドロ・ヴァリニャーノでした。

宣教師が「お土産」にした黒人奴隷を洗ってみる信長

時計の針を本能寺の変の前年に戻して、天正九年(1581)早春。

ヴァリニャーノは滞在していた豊後府内から海路、織田信長と会うために上洛します。
キリスト教に対して保護政策をとる信長への挨拶という目的があったこの機会に、ヴァリニャーノは黒人奴隷を手みやげにします。

会見は京都・本能寺を場所に選び行われましたが、同年2月にヴァリニャーノの一行が堺につくと、同道した黒人奴隷のことが町衆のあいだで大変な話題になり、彼が滞在した修道院に野次馬が密集して、ケガ人が出たとも、フロイスの「日本史」は述べています。

本能寺でこの黒人奴隷をヴァリニャーノから献上された信長は、その肌の黒いことが本物なのか試すために、目の前で家来らに徹底的に洗わさせたといいいます。

彼を受け取った信長は「弥助」と名前を与え、長男の織田信忠に仕えさせます。

黒人の姿も描かれている「南蛮屏風」 狩野内膳筆 桃山時代 6曲1双 重要文化財 神戸市立博物館蔵

黒人の姿も描かれている「南蛮屏風」 狩野内膳筆 桃山時代 6曲1双 重要文化財 神戸市立博物館蔵

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奴隷を人間にして家臣にまで引き揚げた信長と人ではないと言った光秀

そして天正十年(1582)6月2日。明智光秀が信長を本能寺に襲います。二条城の信忠も攻められますが、弥助は武器をとって明智軍を相手に最後まで戦ったそうです。

最後には生け捕りにされるのですが、「その者は人ではなく、動物だ。罰するに値しない」との光秀の一言で釈放されたと言われています。弥助と信長の縁は本能寺で始まり、本能寺で終わったのでした。その後の彼の消息については、何もわかっていません。

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Frco Don・記
あしたにつづく





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