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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師・黒田官兵衛百物語45話】武士の鏡・清水宗治は毛利に仕えてわずか8年

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前回<備中高松城の士気の高さと対照的な周囲の毛利方の城>はこちら

秀吉軍3万が高松城を囲み水没させようと最下部幅20メートル、高さ7メートルの堤を約2.7キロの長さで築き、備中の平野を南北に貫流する足守川を堰き止め、水攻めを行う最中の天正10年(1582)6月2日に、明智光秀が京都本能寺に止宿中の織田信長を襲い、歴史が大きく展開していくことになります。

本能寺での異変の知らせを、翌日の3日夜中に受けた秀吉と官兵衛は、主君・信長の死を隠して、既に話しを始めていた毛利方との和睦をを翌日中に実現させます。

柴田勝家をはじめとした他の織田の将領を出し抜いて、京洛に走り、明智光秀を首を上げ 、信長の仇を討つことで天下布武後継争いの一番手に立ちたい秀吉は、官兵衛を使い一夜にして話しをまとめたのです。

ここで清水宗治ですが、彼は、和睦がなった6月4日正午過ぎに水没した高松城を前にした小舟の上で、その兄で僧籍にあった月清と、毛利本軍から軍監として高松城に派遣されていた末近左衛門とともに腹を切って果てます。数人の家臣がつづいて追い腹を切りましたが、宗治らの自刃によって、5千の篭城兵の命が救われました。

毛利はいつも援軍を寄こさない

この自刃によって、清水宗治は毛利氏に対して、最期まで忠誠を尽くしたうえ、一命に代えて城兵の命を救った尽忠・慈愛の将として、後世評価されることになります。

しかし、宗治が毛利一門の与力とし て高松城主となったのは天正2年(1574)からのこととされ、その関わりはわずか8年間の話しでした。果たして尽忠見せるというほどのものが、宗治と毛利、特に小早川隆景だとされていますが、との間にあったものか、いささか疑問があります。

そもそも、毛利一門はその来援をあてにして信長に反旗を翻した別所長治一族を見殺しにした三木城戦、荒木村重を見殺しにした有岡城戦の過去があります。今回の攻囲戦においても、高松城が水没してしまった後の5月21日にようやく吉川元春が秀吉本営に対抗する位置にある岩崎山に、27日に小早川隆景が日差山に遅まきながら陣を敷きました。しかも手をこまねいて、水上の高松城を眺めているのみで、なんら秀吉軍に対して仕掛け るでもありませんでした。

前回にふれた境目七城のうち、宮路城戦では毛利譜代の将である乃美兵部・少輔四郎元信父子が兵とともにさっさと逃げてしまいます。加茂城・日幡城へと派遣され、結局、裏切りに回った生石中努少輔・上原元将の二人は日頃から毛利本家に対する不満を抱えていたといいます。頼りにならない譜代の家臣と、いつ裏切りに走ってもおかしくない、不平不満の将が備中攻防戦の援軍に送り込まれていたというわけです。

知将との評価の小早川隆景、猛将の誉れ高い吉川元春、聖人の格があったとされる毛利輝元の親方三人衆は、この度の戦いにおいても、戦場に姿を見せるのみで、なす術なく傘下の侍が滅びていくのを傍観していました。

こうした態度の毛利一門に対して、どこまでの忠誠を現すのが妥当なものか。

劇的とされる宗治の死に方についても、比較すれば、これも前回でふれた冠山城での城将・林三郎左衛門重真以下、家臣139名が揃って自刃した話しの方が、余程、激しい。

日幡城では裏切りを阻止しようと抗弁する日幡六郎兵衛のことを、上原元将の家臣が背中から刃を差し通しています。同じ城郭のなかに600の兵を卒き連れて裏切りを決め、従えという将に対して、持ち手100の将が抗弁した結果、背から胸板へと刃を貫かれるという話しの方がどれほど劇的か。

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秀吉の天下取りを助けた清水宗治の潔い死

清水宗治の死には、もちろん重い物がありますが、その物語には、高松城ほか、境目七城を舞台 とする備中攻防戦において、なす術を知らなかった毛利親方三人衆の実像へと後世の目がいくことを避けるための、厚ぼったい装飾がこらされている感があります。

最後に、宗治が潔く死を受け入れたという物語についてです。

山上から手をこまねいて見ている毛利親方三人衆に対して、秀吉へのせめて、一太刀なりとも見せて下され、その後には潔く腹をも召しましょうぞ、とでも宗治が言ってやれば、その後の秀吉の行方が大きく変わっていたかもしれません。

秀吉の天下取りへの始動には官兵衛の貢献も大きくありましたが、それ以上に清水宗治の潔さが天恵として降ってきたとも例えることができるでしょう。

Frco Don・記

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つづく

 





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