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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

【軍師黒田官兵衛百物語72話】意外とまとも?伴天連追放令を出した秀吉の宗教観とは

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秀吉が肥前出身で元、琵琶法師であったロレンソという盲目の日本人修道士と会話している時に「もし伴天連らが予に多くの女を侍らすことを許可するならば、予はキリシタンになるであろう。その点だけが予にはデウスの教えが困難なものに思えるのだが」と冗談を口にしたという話があります。

そんな秀吉が天正遣欧使節との謁見時に通訳を勤めたロドリゲスという宣教師との間で交わされた会話の記録が残されています。

1590年に帰国した天正遣欧使節との謁見後ですから1587年の「伴天連追放令」布告後のことです。

秀吉は「伴天連たちに本来罪は無いのだ。悪いのは極端な信仰心から、家臣に信仰を強制し無理に改宗させたり、寺社を破壊したりする諸候なのだ」と、ロドリゲスに向って意外なことを話し出したと言います。

インドでの布教の話題になると「インドでは誰もがキリスト教徒になっているのか」と秀吉は尋ます。

ロドリゲスが「インドは、回教徒、ヒンズー教徒といろいろだが、キリスト教の教義に納得すれば洗礼を受ける」と応じると、「それでいいのだ」と秀吉は言ったそうです。

領主の教導によって、領民がまるごとキリスト教徒になってしまうというような例には強い不快を示す一方、秀吉は数有る宗教・教理の中から、個々人が自由に選択し、信仰に進む形が自然だと考えていたのでした。

キリスト教徒が仏像を焼き、寺院を破壊するなどの行為に及ぶことについても、秀吉は強い不満を述べます。仏教側に対して、なぜ物理的な危害を加えるのだと秀吉は詰問するように問います。その言葉の裏には他の宗教との共存は考えられないのか、どうして、そうも非寛容なのだ、という問いが含まれいるのでした。

秀吉が持つ宗教を見る視点は、意外にもわたしたち現代人の視点に近かったのかもしれません。

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