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黒田軍本営の別府実相山から望む石垣原(筆者撮影)

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黒田官兵衛百物語 黒田家 名脇役

石垣原の戦い!黒田家と大友義統の両方に仕えた歴戦の勇士「吉弘統幸」の悲しき選択【軍師黒田官兵衛百物語91話】

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かつては九州の半分を領有していた大友宗麟の跡を継いだ大友氏22代義統(よしむね)は、朝鮮出兵の際に前線から退く小西行長の軍を支援することなく、自軍だけを撤収させたことが秀吉の怒りを買い、遠祖から守って来た豊後国(大分県)を除国・改易されます。(前回はこちら

改易された義統は、徳川家康、佐竹義宣、毛利輝元と預け先を流転することになります。

関ヶ原の合戦時には、毛利輝元の下にあったことから、前回にふれたように、輝元から兵や資金の援助を受け旧領奪還を目指して、中国地方から九州の豊後へと上陸するというわけです。

 

大友氏の星!吉弘統幸

義統は、豊後上陸 に際して、当然、旧臣の結集を心に頼んでいたわけですが、なかでも歴代の忠臣であり、武勇も並外れて勝れた吉弘統幸(よしひろむねゆき)を頼りにしていました。

その統幸は、義統が改易された後、官兵衛に招かれ官兵衛の臣・井上九郎衛門に仕えていましたが、その後、従兄弟にあたる筑後柳川の立花宗茂の家臣になっていました。

世の中が関ヶ原の合戦に向けて動き出すと、統幸は大友義統の子、義乗が家康の下にいたことから東軍に味方しようと江戸を目指します。江戸への途上の毛利領内で、統幸は豊後上陸への準備を進めるかつての主君義統に会います。統幸は、大友の当主を継いでいる義乗が家康の下にいることを考え、東軍に味方することを義統に説きますが、容れられぬことを知ると覚悟を 決めて義統に従います。

豊後上陸後、義統が九州東軍の官兵衛と雌雄を決することになる石垣原では右翼の将として戦陣を張り、大友軍有利の緒戦を牽引します。

しかし、大友敗勢を知ると、数騎を率き連れ、かって世話になっていた井上九郎衛門の陣へと斬り込み討たれるという最期を選び、その生を終えています。

黒田軍本営の別府実相山から望む石垣原(筆者撮影)

黒田軍本営の別府実相山から望む石垣原(筆者撮影)

吉弘統幸を祀る別府市内の吉弘神社拝殿(筆者撮影)

吉弘統幸を祀る別府市内の吉弘神社拝殿(筆者撮影)

 

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