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吉田松陰と松下村塾

【吉田松陰・松下村塾百物語その1】旅の空か、謹慎・獄中の人生だった「松陰獄中ルポ」

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明治元年(1868)から38年前の天保元年(1830)に、長州藩士・杉百合之助常道の次男として生まれた矩方(のりかた)・寅次郎は山鹿流兵法指南役の家・吉田家へと養子に入り、吉田姓となり、やがて松陰と号します。

19歳になる嘉永元年(1848)に、見習い教官から独立した教授として吉田松陰は藩校・明倫館で教鞭をとることになります。明倫館で初めて一人で 授業を受け持った日から、安政六年(1859)の大獄で江戸・伝馬町の獄に繋がれ、十月二十七日に処刑されるまでの10年間が、その社会的生涯といえます。

その10年間について、明治四十一年(1908)に雑誌「日本及日本人」の紙面上で妹・千代(当時77歳)が「兄は、青年になってから、ずっと全国各地を旅してまわっていましたし、国にいる時は、お咎めを受けた身の上で、家で謹慎するよう申しつけられてもおりましたから」と語っています。

剛板に錐をもみ入れかの姿で、日本史に影響を与えた松陰の10年間は、旅の空にあるか、で、なければ謹慎(自宅での幽閉)・獄中の人だったのです。

吉田松陰が二度投獄された萩の野山獄跡

吉田松陰が二度投獄された萩の野山獄跡

その松陰は大変な数の書簡を残したことでも知 られていますが、安政二年(1855)の正月に長州藩の野山獄に収容されている最中に父・杉百合之助に宛てた、獄中の様子を報告する書簡が伝えられています。

松陰は、前年の安政元年(1854)三月二十七日の夜に、密航の形で欧米への留学を実現させようと伊豆・下田港沖に停泊中の米国艦隊に金子重之輔を伴い乗り込もうとしたのですが、直前に日本とのあいだで日米和親条約を締結してていたことを重くみた艦隊提督ペリーによって拒否されます。

松陰は事の重大さから、やがて自分達に対する幕府による追及が始まり、出身の長州藩へ無用の疑いがかかるだろうという判断から、下田の幕府代官所へと自首し江戸伝馬町の獄舎へと、金子と二人、5か月のあいだ繋がれます。

その後、二人の身柄は長州藩へと渡され、松陰は士分を対象とする野山獄へ、金子は商人出身であったことから足軽以下、農・工・商の身分の者を収容する岩倉獄へ収容されます。

関ヶ原の合戦後に転封となって250年間毛利氏の居城だった萩城跡

関ヶ原の合戦後に転封となって250年間毛利氏の居城だった萩城跡

松陰の獄中報告 幕府と長州藩の違いを指摘

松陰は江戸伝馬の獄舎に2度、野山獄に2度、下田の獄舎に1度と5度の獄舎生活を経験していますが、百合之助への獄中報告は、この時の「下田渡海」事件として語られる米国艦隊を利用した密航留学の失敗によって江戸伝馬町の獄に続けて、初めて投じられていた野山獄からのものです。

書簡の内容の一部を抜粋、現代語に訳すと以下のようなものです。

江戸伝馬町の獄では漢方医が四つ時・午前十時には舎内を巡回し、急病人に対しては四六時中対応します。
外科医も二日に一度、巡回し囚人を看ています。
対してわが藩のここ野山獄では普段の医者の用意はなく、医者が訪れるのは獄舎に死人が出た時と決まっています。
そもそも野山獄の方は、死罪を宣告され収容される囚人がほとんどですから、急に病気になった囚人が死んでしまっても藩としては特段、問題ではないということでしょう。
もっとも、江戸の獄中もそうでしたが、獄に繋がれると不思議と病気にならないということもあります。
しかし岩倉獄の方は短い刑期で投じられている者が多く、入獄中に死なすことは藩の恥ともいえます。江戸伝馬町の獄は湿気が籠もって不健康でしたが、野山・岩倉の獄は乾燥していることが救いです。このことについて検討の必要があるかと思います。

この時期、父・百合之助は藩盗賊改方に任じられていたことから、こうした書簡を松陰は著したようです。

Frco・Don記

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つづく





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