鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第30回「全成の確率」

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MVP:全成と実衣

実衣こと阿波局は、政子と義時の妹の中では知名度が高いほうです。

ただし陰謀家として。

一方、夫の阿野全成は、頼朝の弟でも影が薄い。

このあたりは和田義盛のセリフに出ていて、御家人も「そういえばいたっけ」ぐらいの認識だったのかもしれません。

死の状況も曖昧。

だからこそドラマでは素晴らしいまとめ方になったと思えました。

全成は当時の陰陽道や呪詛をてんこ盛りにした設定でした。

調べれば調べるほどおもしろいので、その気持ちはわかります。お笑い僧侶という扱いですけれども、全成って役作りが大変だと思うんですよ。

読経。

筮竹や法具の扱い。

しかもこの時代ならではのもので、もっと後の仏僧ではこんなことあまりしないと思います。そういう未分化の呪術に意味を持たせる所作をするって、相当大変な努力が必要だと思えます。

そして、その術は実ったんですよ!

そういうことに気を抜かなかったからこそ、豪雨の中で祈り、奇跡を起こすという場面につながったのではないでしょうか。

気を抜いているようで真剣に真面目に呪詛祈祷をしていたからこそ、ああいう凄絶な場面になったと思えます。

考えに考え抜いて、努力を重ねて、この素晴らしい夫婦を作り上げてきた。

それこそが術であり奇跡だったんじゃないか。

そう思える素晴らしい出来でした。

全成はトボけていた。実衣は野心にギラついて嫌われかねない性格の悪いところが出てしまっていた。

これから先、この二人はあの凄絶な最期と、ほのぼのとした夫婦愛を同時に思い出すことになるのでしょう。

半分苦くて、半分甘い。まったく全成の確率は大したものでした。

新納慎也さんと宮澤エマさんだから出せた魅力もあって、かれらの努力や演技が流れ込んで変わっていったような気もする。

素晴らしい人物像でした。

 

粛清のメリットを活かすこと

死んだ全成も気の毒ですが、叔父の粛清という素晴らしいカードをきちんと切れない頼家も苦しくなってきました。

せっかく全成を殺すのならば、その領土なり地位を分け与え、かつ御家人を引き締めるように持って行けたらよかったかもしれない。

頼朝はえげつない粛清を何度もしたものですが、後処理をきちんとしていました。

頼家が語る所領の話はごもっとも。功臣がのさばり、広大な所領を有するようになる。これは創業を終えた主君が直面する問題です。

それを手っ取り早くどうかするのが粛清――中国史ならば前漢・劉邦、明・洪武帝が得意とするところです。

頼家がこうした帝王のように冷酷な手段を辞さないのであれば、せつを離縁して比企を滅ぼし、広大な所領分配でもすればよいとは思います。せつを捨てようが、つつじがいるわけですし。

北条は?

選択肢としてはありかもしれませんが、母の一族殺しはハードルが高いもしれない。妻はいくらでも代わりが効くけれど、母はそうではありませんので。

こんな風に考えていくとイヤな気分になりますよね?

昔からそうでした。

功臣粛清なしで王朝を築けないか?

その答えが泰時愛読書『貞観政要』にあります。

唐・太宗は粛清なしに王朝の基礎固めをしました。

ソフトランディング王朝の始め方として、『貞観政要』は需要があったのです。

 

日蓮と全成

全成とそっくりな奇跡を起こした人物として、日蓮がおります。

龍ノ口法難――幕府から処刑されそうになった日蓮。このとき雷鳴が鳴り響き、斬首を免れた。

そんな話で、後世の誇張はあるでしょう。全成の最期はこの日蓮を参考にしていると思えます。

何が日蓮と全成を分けたのか?

罪や立場の軽重もあるのでしょうが、斬り手に八田知家がいたことが大きいのでしょう。

他の武士たちは怯え、もう処刑はしたくない様子でしたが、知家にはそういうことが通じないのでしょうね。

彼の合理性は以前からありました。

道を掘り返していて罰が怖くないのか?と土肥実平に問われ、当たるなら自分に命じた頼朝だと割り切っていましたので。

呪詛の類は、相手が信じなければ通じません。

考えてみましょう。

崇徳院とと後鳥羽院、どちらが強烈に呪ったのか?

一見、崇徳院のように思えますが、自己プロデュースをしながら強烈に呪詛アピールしていたのは後鳥羽院の方。

崇徳院は温厚な性格で、流刑地では仕えるものと穏やかに生きていたとか。

ではなぜ崇徳院の方が強烈か?というと、後白河法皇をはじめ、崇徳院と敵対した側が怯え、大仰に祟り対策をしたからです。

後鳥羽院の敵である義時たちは「はいはい、好きなだけ呪ってくださいね」と、後鳥羽院に割と塩対応だったんですね。

時代がくだると人は呪詛を信じなくなってゆきますし、幕府としては呪詛でまで朝廷に振り回されたくなかった。

そしてこれは過去のことでもありません。

どうでもいいインチキ壺が法外に高い値段で売られている。ありゃなんだ?

そう思うとすれば、あなたには信じる心がないから。『麒麟がくる』の織田信長が「信じなければ効かないもん!」と仏像を背負って歩き回るような奇行で証明しようとしていましたね。

信じる者は呪われる――これもまた確かなことで、現在もこれは続いています。

たかがドラマの評価だってそんなものですよ。

始まる前から、こんな声があるドラマってありますよね。

「この脚本家のあの作品は素晴らしかった! だから今度も神脚本になる!」

これも一種の信仰です。

ドラマの出来がいかに悪くなって、脚本家が名義貸しばかりのような実態でも、見る方がひとたび信じれば、その人にとっては真実になります。

私は三谷さんは好きだけれども、別に信じて崇めているわけではありません。

実際に見て面白ければ納得するけど、そうでなければ突っ込む。

それが“信仰”に依らぬ理性での判断でしょう。

今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い。

信じる心が素晴らしいことはわかる。

今回の新納慎也さんと宮澤エマさんなんて、崇めて信仰の対象にしたくなるような神々しさでした。

半ば透き通っているようで、天上の恋なんてフレーズが思い浮かびましたからね。

美しかった。

尊かった。

でも、だからこそ「神回」とか「神脚本」という呼び方は好きになれない。

信仰ではない理性で判断することも必要なので。

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総評

全成と実衣も見事。

比企能員も憎たらしくて仕方ない。

三浦義村は……こいつの平常運転が他にとっては異常、あきらめましょう。

ここは主役に注目したい。

『麒麟がくる』の光秀もそうですが、義時も“巻き込まれ型”です。自分が先頭に立ち、かっこいいリーダーシップを発揮するわけでもない。

しかし、結果的に何かしている。

大河の主人公といえば颯爽とした笑顔で、さわやかに活躍するイメージがあるかもしれない。

それが結果として受け身で、どんどん目から光が消えていく……ってのは一体どういうことなんだ。

そんな中で、義時が己の使命に覚醒しましたね。

「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿の元で悪い根を断ち切る、この私が!」

義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ。

政子にはどうにかしろと言われるし、言われるまでもなくどうにかしたいと思っている。

でも父はああだし、義母も父を焚き付けているし。

ならもう自分のストレス発生源を潰せばいいじゃない!

そうスイッチが入った瞬間でしたね。

これは結構重要で、愛妻の比奈と離れてでもストレス発生源を潰しに行く。殲滅しに行く。その前触れなのでしょう。

比企一族との対峙については、よりえげつない設定に進みそうな本作。

次週以降、さらに救いがないでしょうから、身構えておきたいところです。

今年の大河は日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』路線であって欲しい。そんな願いが叶いつつあります。

主人公の目から光が消えるという意味で、司馬懿主役の『軍師連盟』にも近い。

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追い詰められたらどんだけ酷いことをするか、義時は証明してくれます。

全成は誰も恨むなと言った。義時は恨むことすら忘れている。

ただ害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ。

義時を怒らせた連中が悪いのです。

※著者の関連noteはこちらから!(→link

史実の阿野全成はなぜ甥の頼家に殺されたのか? 不可解な最期を考察

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文:武者震之助note
絵:小久ヒロ

【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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