武者震之助の歴史映画レビュー

独裁者を揺さぶる【砂粒】とは?映画『ヒトラーへの285枚の葉書』レビュー

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ナチスドイツに関する映画は、何が何でも“ヒトラー”と加えるため、本質がわかりにくい邦題となることがあります。

本作『ヒトラーへの285枚の葉書』もその一例。
原題のニュアンスとはかなり違っています。

「ペンと葉書を武器にナチス政権に抵抗した」という宣伝も、鑑賞後は違和感がありました。

そういう前向きな抵抗とは違った、悲しい抵抗であるように思えたのです。

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基本DATA info
タイトル 『ヒトラーへの285枚の葉書』
原題 Alone in Berlin(ベルリンに一人死す)
制作年 2016年
制作国 フランス、ドイツ、イギリス
舞台 ドイツ、ベルリン
時代 1940年から1943年
主な出演者 エマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール
史実再現度 史実を基にしているが、一部変更点あり
特徴 カードは無意味かどうか、見る者の解釈に委ねられる

 

あらすじ

1940年――ナチスドイツはついに宿敵フランスを下した。

ベルリンの町が戦勝の興奮に包まれる中、オットーとアンナのクヴァンゲル夫妻の顔色は冴えない。
フランス侵攻の際、一人息子のハンスが戦死していたからだ……。

絶望の中、オットーはカードに「ヒトラーに抵抗せよ」と、反ナチスドイツのメッセージを記して、ベルリンの町にそっと置くようになる。

「砂粒が挟まったくらいで機械は壊れない。だが、何度も砂粒が挟まれば壊れるんだ。このカードは、その砂粒なんだ」

機械工らしいそんな理屈で、夫妻は小さな抵抗を続けていく。

しかし……。
そんな砂粒のような抵抗すら、もはや許されていなかった。

※史実ではハンペル夫妻で、行動のきっかけは息子の死ではなく、妻の兄弟の死

 

我が子を失った父母の苦しみ

本作は、冒頭で夫妻の息子であるハンスが亡くなる場面からして、苦痛に満ちています。

大抵の映画では悪として扱われるナチスドイツの制服。
しかしここでのハンスは若く、透き通った瞳をした若者なのです。

美しい森の中。
鼻歌交じりでピクニックをするのがふさわしいような場所で、そんなハンスは若い命を散らします。

そんなハンスの死を受けて、父オットーは手書きのカードを書き始めました。

このまま国に従えば、あなたがたの息子も死んでしまう――。

 

あまりに稚拙な抵抗

しかし、率直に言いまして、この手段はあまりに稚拙なものに見えるのです。

一応工夫はするとはいえ、手書きカードからは筆跡がわかりそうなもの。
カードを何枚も買って切手だけは買わないというやり方なので、これもまた特徴的です。

置く場所も近所に限られているし、文面から一人息子を亡くした人物であることも簡単に推察できてしまいます。

文体も素朴なものです。
捜査に当たる刑事は
「書いた奴は、頭はさほど悪くないが、間違いなく労働者階級の文章だ」
と見破ります。

クヴァンゲル夫妻の行動は、やはり映画になってもいる「白バラ抵抗運動」と比べるとその計画性のなさがよりハッキリとわかります。

白バラ抵抗運動(白いバラ)の壮絶覚悟~ヒトラーに反抗し、命を落としたドイツの若者たち

この運動では、インテリ階級である大学生が、知的で洗練された文章を書きました。
何枚もビラを印刷し、読んでくれそうな見込みのある人を選んで郵送していました。

学生の間で反戦主義が高まったタイミングでビラを撒いてしまい、そのことがきっかけで首謀者が逮捕処刑されますが、やり口としてはこちらのほうが洗練されています。

その白バラ運動と比べると、クヴァンゲル夫妻の抵抗は小さく、あまりに弱々しい。

こう言っては何ですが、愚かにすら見えかねない。
しかし、無意味というわけでもないのです。

 

機械に挟まる小さな砂粒

労働者として生きてきたオットーは、このカードは砂粒だと語ります。

小さな砂粒が挟まっても、機械は動き続けます。
しかし何度も挟まってゆくと、壊れてしまうと……。

砂粒のようなカードを起き続ければ、ヒトラーが作り出した社会システムという機械がいつかは壊れるかもしれない、と言うのです。

この動機も白バラ運動とは違います。

正義を掲げてすらいない。
かといって彼が正義を意識していないわけでもない。

ただ、語る術や実現する手段を知らないのでしょう。

 

砂粒に意味はあるのか?

クヴァンゲル夫妻の行動を讃えることも。
無駄だと切り捨てることも。

非常に難しいように思えます。意味があったのかどうか考えることすら躊躇してしまいます。

終盤の破局に近づくにつれ、気持ちはわかるけれども、もっとやり方がないのかと言いようのない苛立ちすら湧いてきます。彼らの最期を見た後は、一体意味があったのかと虚脱感すら覚えました。

しかし本作は、一番残酷な形で砂粒の意味と、機械を壊す瞬間を観客に見せ付けてきます。

本作でクヴァンゲル夫妻と同じくらい、いやそれ以上に苦しんでいるように見えるのは、彼らを追うエッシェリヒ警部です。
彼は戦時にありながら、最低限の正義や良心は持ち合わせた人間であることがわかります。

事件の捜査を通して、彼の正義や良心が摩耗していく過程が見えて来ます。
そんな彼であるからこそ、クヴァンゲル夫妻の送るメッセージが心に響き、揺さぶられてしまいます。

誰にもこんなメッセージは届かないと吐き捨て、クヴァンゲル夫妻を「ホブゴブリン(小鬼)」と馬鹿にしてきたエッシェリヒ。
しかし彼の存在と行動は、メッセージは砂粒となって機械を破壊できると証明してしまうのです。

ラストの数分で、夫妻のメッセージは効果のある砂粒であったとわかります。

良心を備えた機械には特に効果がある、と。
だからこそ躍起になって、夫妻を逮捕し、ヒトラーへの忠誠心と引き換えに良心を無くすように仕向けているのだと。

なぜ独裁的傾向のある支配者は、どんな些細な批判でも封殺するのか――。
そんな問いに対する答えが、本作では「機械に挟まる砂粒」というかたちで示されているのです。

著:武者震之助

【参考】
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