歴史ドラマ映画レビュー

『ブルックリン』ばあちゃん世代の甘酸っぱい青春物語に奥深いテーマ

2017年の朝ドラ『ひよっこ』は、ごく平凡な女性の青春物語ながら、高い評価を得ました。

父親の蒸発という辛い背景がありながら、明るく前向きに生きるヒロイン・みね子。

しかし単に明るいだけの単純なストーリでもなく、当時の地方出身者が直面したほろ苦い思いも、そこにはこめられていました。

こうしたストーリーは何も同作だけではありません。

『ブルックリン』は、さしずめアメリカ版『ひよっこ』。移住してきた若い女性の甘い青春と、そこにはさまれるほろ苦い思いが描かれます。

基本DATAinfo
タイトルブルックリン
原題Brooklyn
制作年2015年
制作国アイルランド、イギリス、カナダ
舞台ニューヨーク・ブルックリン区、アイルランド・エニスコーシー
時代1951年から1952年
主な出演者シアーシャ・ローナン、エモリー・コーエン、ドーナル・グリーソン
史実再現度歴史的背景をもとにしたオリジナルキャラクターの物語
特徴アメリカ&アイルランド版『ひよっこ』

※今ならamazonプライムvideo『ブルックリン (字幕版)』(→amazon)で199円です(2020年2月24日現在)

 

あらすじ

1951年。
アイルランドの田舎町に暮らすエイリッシュは、姉ローズの配慮もあり、新天地ニューヨークのブルックリンに移り住む。

デパートの売り子として働くエイリッシュは、しかし、重度のホームシックに悩まされ……。
世話役の神父のすすめで、大学の夜学コースに通うことにした。

やがてイタリア系移民の恋人トニーと出会い、笑顔の戻ってきたエイリッシュ。

故郷を離れ、ここで生きて行こう!

そう決意する彼女の元に最愛の姉の訃報が届くのであった。

 

初めてのデート、水着、キス……ドキドキの青春は同じ!

本作はアメリカ版『ひよっこ』と初めに書きました。

ディテール面でも類似点を感じますので、あるいは本作を参照にして『ひよっこ』が作られたのかもしれません。

ヒロインは寮生活の中で女友達と語り合い、初めてのデートにドキドキ。
ビーチデートのために水着を買う場面なんか、両方そっくりです。

作中年代的には十年ほど違うし、国も異なるけれども、それでも【青春!】ってこんなにも似ているのだなあ、と微笑ましくなってしまいます。

本作には、大きな事件もなければ、みね子以上に歴史的な部分にも遭遇しません。

画面に満ちあふれているのは、おばあちゃんが若い頃経験したような、甘酸っぱい思い出。

『え~と、それはわかったけど、本作のドコが歴史と関係あるの?』
そんなツッコミが聞こえてきそうですが、これがちゃんとあるのです。

 

移民が作った国で生きる

前半、エイリッシュはアイルランド移民のクリスマスパーティに参加します。
あんまり楽しいものでもないわよ、と言う寮の仲間たち。

この場面で、疲れ切った様子の、年老いた男性たちがぞろぞろとやって来ます。エイリッシュにとっては祖父くらいの年代です。

作中の年代からおよそ百年前の19世紀半ば、アイルランドは大規模な食糧危機に襲われました。
いわゆるジャガイモ飢饉です。

イギリス政府の無策の責任が大きいながら、救いの手が伸ばされないという窮乏。
結果、多くのアイルランド人が海を渡り、移民となりました。

その後も20世紀初頭のアイルランド独立運動で国を追われた人々が、アメリカに移民として上陸しました。

アイルランド系移民は、白人の中でも最下層の人々とみなされました。
他の人がやりたがらないような、危険で汚い仕事に従事することになったのです。

国を追われ、そうした厳しい仕事に、低賃金で従事してきたアイルランド系の人々。
彼らの労働力は、アメリカのインフラ整備の面においても重要な役割を果たしました。

そんな苦労多い人生を送り、疲れ切った人々の歌うアイルランド民謡は、初めて聞くのにも関わらず懐かしい響きがあります。

エイリッシュの恋人となるトニーは、イタリア系です。
イタリア系移民も、白人の中で最下層とみなされました。

1920年代には、イタリア系青年二人を、一方的に強盗殺人犯と決めつけ、死刑にしてしまったサッコ・ヴァンゼッティ事件が起きています。
トニーの親世代は、その時の怒りや痛みをはっきりと覚えていることでしょう。

そうした祖父母世代、親世代よりは恵まれた境遇にいる、エイリッシュとトニーのカップル。
キラキラした華やかさとは無縁でも、地に足を付けてしっかりと生きてゆく、そんな堅実さがあります。

 

人はなぜ、故郷を離れるのか

本作が切ないのは、エイリッシュの選択を通して
『人はなぜ故郷を離れるのか』
というテーマに触れているからです。

姉の訃報を受けて一度里帰りしたエイリッシュは、故郷の人々からあたたかく迎え入れられます。
そこには仕事もあり、ハンサムな恋人候補もいました。
もう家族が娘エイリッシュ一人しかいない母は、なんとかして彼女を引き留めようと力を尽くします。

エイリッシュも、故郷に再度なじんでいきます。
トニーの手紙すらどうでもよくなり、ここで暮らすのも悪くないと思い始めるのです。

なぜ、故郷はこうも変わったのか。
エイリッシュが垢抜けて、資格と自信を得たことも大きいでしょう。

しかし、最大の理由は姉のローズが亡くなったことではないでしょうか。

受け入れてくれたように見える故郷。
しかし、突き詰めて考えると、若い女の席がひとつ空いたから、エイリッシュの居場所ができただけではないか、と……。

エイリッシュは、とある人物の言動から自分をあたたかく迎えようとした故郷が持つ、身勝手な顔に気づきます。
そして、彼女の新たな“故郷”であるブルックリンに戻るのです。

人はなぜ、故郷を離れるのか。
それは受け入れてくれないから。

エイリッシュの決断から見えてくるのは、そんな故郷の持つ冷たい顔です。

 

移民は社会の調整弁

エイリッシュの行動は、人によっては身勝手な女に見えるかもしれません。

しかし、私は同情しました。

彼女はかつて、故郷において不必要とみなされ、新天地を目指さねば居場所がないほど追い詰められていたのです。
そして今度必要になったら、掌を返されます。

エイリッシュの身分が高かったり、もっとお金持ちであったり、もっと強い立場であれば、こんな露骨な処し方はされなかったはず。
若い女性に対して社会の都合だけで価値をつける、そんな社会側の身勝手を感じてしまいます。

これは彼女一人ではなく、移民全体に対しても言えることで。

前述の通り、アイルランドやイタリア出身の移民たちは、人が進んでやりたがらないような仕事を低賃金でやらされ、必要がなくなれば社会から使い捨てにされるような境遇を受けていました。

これは何も過去の話ではないのです。

多くの国で
「移民はいらないが、汚れ仕事を外国人労働者に押しつけたい」
という本音があるのではないでしょうか。

本音では嫌われる一方、社会の調整弁としては必要とされる、移民という存在。

エイリッシュ自身が甘酸っぱい青春を送り、強く生きてきたからといって、社会の後ろ暗い部分が消えるわけではありません。
そんなほろ苦さが本作にはあるのです。

おばあちゃん世代の甘酸っぱい青春物語。
ノスタルジーだけでは語れない、奥深い映画です。

著:武者震之助

【参考】
『ブルックリン (字幕版)』(→amazon

 



-歴史ドラマ映画レビュー
-

×