真田丸レビュー

『真田丸』感想レビュー第49回「前夜」 四百年の刻を経ても色褪せない、ただ好きなように生きること

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又兵衛、重成、盛親たちも次々に……

徳川家康は、今回の合戦では京都で警護役となった上杉景勝と盃を重ねています。家康は秀頼への恩義を口にするものの、それでも秀頼公がここにいては徳川のためにならない、それゆえ滅ぼすと本音を語ります。
何故そんな本音を自分に告げるのかと疑問に思う景勝。心の中にやましさがあるのでは、大義がないことが気になるのでは、と問う景勝。確かにそのへんは景勝の家臣である直江兼続が長い手紙で突っ込んでいましたね(第三十四回)。

真田丸徳川家康

真田丸上杉景勝霜月けい

景勝は、真田幸村の姿を見た、彼は己が生きたいと思った人生を生きていると家康に語ります。景勝は秀吉に屈した鬱屈を、義に生きられない苦しみを幸村に吐露していました(第十五回)。家康は忌々しそうに父子二代でたてつく真田に悪態をつきます。信尹や景勝が選べなかった生き方を、幸村は選んだのです。

幸村・勝永・又兵衛は出陣を前にして酒を酌み交わします。
幸村は又兵衛の寝返りの噂を持ち出し、「決して焦るでない、心を乱すな」と釘を刺します。幸村も誘われていることを明かします。勝永は何故自分にはオファーがないのかと不満なようです。

真田丸毛利勝永

又兵衛は木村重成が「お会いできて光栄でした」と語るのを聞き、そういうのは死亡フラグだからやめろとたしなめます。さらに重成の兜から芳香が漂うことに気づきます。万一首を取られても見苦しくないように、兜に香を焚き込めたという有名な逸話です。

伊達政宗は又兵衛の陣へ、木村重成の方には徳川父子の本陣が迫っています。又兵衛隊は数に圧倒され、又兵衛も銃撃によって斃れ壮絶な討ち死にを遂げます。

若江・八尾方面の木村重成隊列は、又兵衛の敗走を知らぬまま大軍を迎え撃ちます。これもまた数でかないません。重成は泥に滑り転倒したところを、槍で何度も突かれて討ち死にします。長宗我部盛親は、御家再興を断念し逃亡します。

真田丸木村重成

 

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裏切り者は、厨房の大角与左衛門だった!?

敵に裏をかかれたことを悔しがる勝永。幸村は策が漏れていることに気づきます。勝永は明石全登を疑い切ろうとしますが、彼が裏切り者ではありません。
大坂城の台所では与八が、大角与左衛門がいかにもな忍者と話しているところを目撃します。
裏切り者はコイツだったのか!
上田からついてきた与八ですが、ここで与左衛門に箸で刺されて死亡。箸で人を刺殺するこの男、ただ者じゃありません。

真田丸大角与左衛門

又兵衛を倒した伊達隊は、真田隊にも襲いかかります。この場面は幸村の身体能力の高さが光ります。槍裁きが見事で、本当に強そうです。真田の赤と伊達の黒がぶつかりあう場面は見た目もとてもよいのですが、もうちょっと迫力があればなあ……伊達政宗は何故か幸村を深追いせず、ニヤリと笑って見逃します。

城内は負傷者であふれていました。
城に戻った幸村は、九度山からついてきた九兵衛が亡くなったときりに聞かされます。彼は何か重要な役割があるのかと思っていましたが、そんなことはなかったようです。あっさりと、あまりにあっけなく、様々な人が亡くなってゆきます。いよいよ落城が迫っています。

幸村は春、梅、大八を城から出すことにします。
政宗は、幸村の妻子保護を快諾します。もちろん家康には秘密です。ここで何故幸村が伊達政宗に妻子を託したのかちょっとわかりにくいのですが、おそらく第二十三回の政宗の言葉が関係あるでしょう。天下を狙いたかったけれども叶わなかった政宗。そんな彼の反抗心に賭けたわけです。謀反人真田の妻子を匿うことで、政宗の反抗心が描かれました。本作の政宗は出番が少ないものの、実に魅力的に描かれていると思います。
幸村は、きりには大事な仕事があるから残って欲しいと命じます。

真田丸春

夫婦が別れる前に幸村と春が二人きりで話し合う場面が入ります。この場面はもっとしんみりしてもよいと言うか、幸村は相変わらず気持ちがあんまり入っていないというか、ひととおりの愛情はあっても情熱みたいなものは春に対してはないのではないか、梅ほど強烈な感情を持っていないのではないか、と思わせるんですよね。春には気の毒ですが。

伊達の陣に送り届けられた春たちは、ずんだ餅をふるまわれます。政宗が、何かまともなことを喋っていたのはわかるんですが、ずんだ餅の破壊力がすべてを吹き飛ばします。
NHKは『あまちゃん』でも小野寺薫子にずんだの歌を歌わせていましたが、何故そんなにずんだ推しなんでしょうか。真田の幼い子が来るから――とずんだ餅を用意した政宗は本当にいい奴ですね。ずんだ餅が食べたくなりますね!

 

信繁に最後まで寄り添い、見つめ、愛し続けてきた

幸村はきりに、千姫を送り出し秀忠の陣に届けるという、大河定番の重要ミッションを託します。
千姫を助ける役割は、その大河の主役やそれに準ずる人物がこなすことが多いのです。その重要なミッションをきりがこなることになるとは!
そのあとは沼田に戻れときりは幸村から言われるのですが、こうなったら城に戻り、茶々に最期までお供するときりは微笑むのでした。

真田丸きり

「源次郎様のいない世の中にいても、つまらないから」
幸村はここできりをしっかりと抱きしめます。こんなことを言われてきりにそっけない態度のままだったら、一週早まっていいからお前ここで腹を切れと言いたくなったところですからね。やっと幸村も、ここできりの思いを受け止められたわけですよ。
「遅い」
きりは一言。そうだそうだ、遅いよ! そうつぶやいたきりの口を塞ぐように、幸村は黙って唇を重ねます。そのままきりはもごもごと言います。

「せめて十年前に、あの頃が一番綺麗だったんですから」
この、ムードも何もあったもんじゃない、照れ隠しにもほどがある、濃厚なラブシーンをブチ壊すようなマイペースがいかにもきりです。
抱き合う二人にナレーションが重なります。側室であった、子を為した、そんな諸説ある高梨内記の娘。ひとつだけ確かなのは、信繁に関わった女性の中で最も長く側に居たのは彼女だということ。
幸村をずっと見つめて愛し続けたきりの思いは、残り少ない時の中で、やっと報われたのです。

 

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MVP:きり

第三回で初めて登場したとき、きりは紫色の少年みたいな着物をまとい、キラキラした目で信繁をじっと見つめていました。恋のライバルの梅には負けっ放しで、粗末な櫛をぞんざいに渡されたきり。その櫛を取り戻すために脚を引っ張ってしまうきり(第七回)。鬱陶しがられても、ずっと愛する人を追いかけてついてきました。

彼女がもしかしたら私も愛されるかもしれないと思っていたのは、いつまででしょうか。豊臣秀次の側室になる話を断ったあたり(二十八回)では可能性があると思っていたのではないでしょうか。しかしその思いも、九度山の生活ではもうなくなっていました(第三十九回)。

ずっと側にいた、できれば子供だって欲しかった。でも叶わないまま、やっとこの時になって思いが通じました。
信之の定義では「つきあったと言えるのは口吸いから(第十一回)」ですが、やっと、この最終回の手前でそうなったわけですね。
まさに「遅い」ですよね。十年前は私ももっと綺麗だった、という冗談のような台詞からは彼女の無念がつたわって来ます。口を吸われながらそんなことを言って茶化してしまうのがきりらしさですけれども、そこがいいんですよね。本気で真剣な口調で言われたら、ものすごく突き刺さる台詞ですからね。

それにしてもきりは本当にしびれるくらい、いい女なんですよ。
「源次郎様のいない世の中にいても、つまらないから」
という台詞がまた泣かせるじゃありませんか。
「お慕いしております」とかそういう重たさがない。きりは常に「私が好きであなたにくっついているんだから」と相手に重さを背負わせないんですね。そこが春とは違います。そこがきりの不器用さでもあります。

以前も指摘しましたが、きりは女版幸村です。幸村は好きなように生きて、そして死ぬことを選ぶことになるわけです。きりも同じ選択をします。あなたが好きだからついていくのではなく、私がそうしたいからついていくんですね。こんな彼女の思いが報われるのが遅すぎるという気持ちは言うまでもありませんが、それでもよかったという気持ちの方が大きいです。
彼女こそ本作のヒロインであり、もう一人の主役でした。最終回の手前で、彼女がこの座につくのは至極当然のことと言えるでしょう。

真田丸信繁&きり

 

総評

総じて合戦シーンの迫力不足は本作の欠点でしょう。
塙団右衛門後藤又兵衛、木村重成といった錚々たる面々があっさりと斃れてゆきました。錚々たる面々……なんて思っていたのは贔屓の引き倒しなのかもしれませんが。

もっとも、どんな勇者であろうとあれだけの数の差をつけられていたら、ああいう討たれ方になるのはむしろ当然であり、リアリティかもしれませんね。泥に脚を取られて槍を何度も刺される木村重成は、颯爽とした若武者であっただけに生々しさを感じました。この合戦シーンの迫力不足についてはこれまでも指摘していましたし、今年の総評で「もっとがんばりましょう」と総括したいと思います。
それを補うのが脚本のうまさで、「黙れ小童」や「ずんだ餅」はずっと見てきた視聴者にとってはうれしいサプライズでした。こうしたネタ的な部分以外にも回収した伏線がいくつもあり、まとめに入ってきたことがよくわかります。

ドラマ部分で言えば、ここにきてハッキリしたテーマがあるわけです。
何もかも、生きる望みも可能性もなくなったからこそ見えた道筋です。
「好きなように生きろ」
これでしょう。先週までは幸村の行動がかえって大坂方を追い詰め、勝利から遠ざけているように思えたのです。義よりも自分のしたいことを優先しているようにも見えたのです。
でも今になってみると、全てが腑に落ちて、これでよかったと思えます。

幸村と、そしてきりは、己の命をどうやって燃やし尽くすか。善悪も、正邪も、勝敗も、どうでもよいのです。ただ好きに生きることができるか、真っ赤に燃え尽きる生き様を、私たちは見届けようとしています。
そして好きに突き進むその生き様は、美しくもあります。間違っていようが、幸村やきりの姿は美しいのです。だからこそ四百年のときを経てこんなにも胸に響くのでしょう。滅びの美学とか、義に殉じるとか、そういう概念とはちがって、ただひたすらに好きなように生きたからこそ、彼らの生き様は美しいのです。
この鮮烈な生き様も、来週で終わります。




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著:武者震之助
絵:霜月けい

 



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