真田丸レビュー

『真田丸』全50話の感想レビュー38万字を一挙公開!

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第36回「勝負」 関が原は「40秒で支度しな!」のリアル

こんばんは。視聴率は伸び悩みましたが、前回の評価は高かったようです。

「真田丸」第35話「犬伏」 「神回だった」と話題になるも視聴率低迷 http://news.livedoor.com/article/detail/11984559/

目次

目次

 父と弟が裏切り、詰問される信幸に対して家康は……

それでは本編です。

先週、犬伏で別れた真田父子。歯が欠けた河原綱家は、話し方がおかしくなっております。頑張って発声を工夫しているそうですので、ご注目ください。

一方、家康は宇喜多秀家が素早く伏見を攻めた手際の良さから、裏に黒幕の石田三成がいることを察知。上杉を相手にしている場合ではないと反転西上を決めるべく、軍議(小山評定)を開きます。その直前、信幸が父と弟と別れて家康の陣にやって来ました。

どういうことなのか?と、本多正純が信幸を厳しく問い詰めます。正純は頭が切れるとは思えるのですが、どうしても父の正信と比べると小粒感は否めません。傲慢さも感じさせ、失脚という彼の未来を予見させるキャラクター作りです。

厳しく問い詰められた信幸は、徳川についた理由は妻の父が本多忠勝であるからと述べます。

この言葉を聞いた途端、忠勝は無言ながら目元がゆるみ、感動していることが伝わってきます。信幸の言い分を正純が小馬鹿にしたように一蹴すると、忠勝が色をなして婿をかばいます。家康は、信幸を挟んで怒鳴り合う正純と忠勝を一喝。信幸の手をしっかりと握り、「昌幸を失ったのは惜しいが、そなたがついてよかった。稀に見る忠義者じゃ!」と褒め称えます。

しかしこの場面、家康の本心は読めません。

真田丸徳川家康霜月けい

「徳川に刃向かう者は敵です、お引き取りを!」

家康は諸将の前で、西へ引き返すことを告げます。

すると、アンチ三成の武闘派・福島正則、愛妻・玉(ガラシャ)を石田三成の人質作戦で失った(第35回)細川忠興、そして信幸らが次から次へと賛意を表明します。つまり、上杉討伐に向かっていた諸将の中で裏切ったのは真田昌幸・信繁父子のみということになりました。まあこの時点で、西軍は人望がないと思えますよね。

昌幸・信繁は沼田城の手前で休息を取ります。そこへ稲とこうがそれぞれの子を連れ現れました。稲は徳川家臣の娘であることから、急いで戻ったとのこと。昌幸・信繁それぞれの妻である薫や春は大坂の大谷吉継に匿われています。

それにしても、なんだかんだと文句をいいながら、こうはよくぞ大坂から沼田まで歩いて帰れたものです。随分と体力がつきました。この人がかつてしゃもじも握ることができないほど病弱だったとは、ちょっと信じられないくらいです。

稲は、この場に信幸がいないことに気づきます。信繁から、信幸は徳川方についたと聞かされた稲は、「あの方らしい筋の通し方」とつぶやきます。稲は、「語り明かそう」と引き留める舅・昌幸の誘いを断り、一足先に沼田城に向かい支度を調えると言い残し、その場を去ってゆきます。

昌幸と信繁が沼田城に向かうと、門は固く閉ざされていました。不審に思っていると、薙刀を構えた甲冑姿の稲が城に立ちふさがります。甲冑姿がなんとも様になっている稲の横には、ややぎこちない様子でこれまた武装したこうの姿もあります。

「徳川に刃向かう者は敵です、お引き取りを!」

そう一喝する稲。断固として城を守る決意を見せた稲には昌幸も苦笑い。流石は本多忠勝の娘、信幸はよい嫁をもらったものだと感心し、入城をあきらめます。この場面の稲は実に凛々しく、まさに彼女の見せ場です。凛とした稲の横で、おずおずとしながらも声をあげるこうも印象的です。本当におこうさんって、チャーミングですよね。

以前も書きました通り、稲が舅である昌幸を追い払ったかどうかは諸説あります。大坂に残っていたから無理であるとする説もありますが、今回は稲が帰国していた説を採用しています。

真田丸本多忠勝霜月けい

 

東北の上杉は、背後に伊達・最上がいて動けず

昌幸は上田城に入り、徳川方を牽制することにします。

上田で徳川勢を迎え撃つのは十五年ぶり二度目です(前回は第13回)。同じ手は通じない、と気を引き締める昌幸たち。それ以上に気になるのは、敵の中に信幸がいることです。昌幸でも、息子を容赦なく討つことにはためらいがあるもようで、なかなか難しそうな局面です。

そんな中、昌幸は石田三成相手に、今回の恩賞として「甲斐・信濃」の二カ国を要求し、まんまと認めさせます。

「よっしゃー!」

と無邪気なガッツポーズで喜ぶ昌幸。本当にいい笑顔で、切なくなってきますなぁ。

その頃、信幸は、上田攻めの先鋒を任され、沼田に入ります。覚悟の上とはいえ、信幸の立場は針の莚に座るようなものです。

会津の上杉景勝は徳川勢の背を突くと言いますが、直江兼続は伊達・最上がいるからムリだと却下。まずは北の守りを固めるべきだと制します。この言葉通り直江兼続は、上杉領を分断する最上義光を倒すべく出陣します。兼続は最上領攻めの最中に関ヶ原の敗報を受け取り、見事な撤退劇で最上領から米沢まで戻ることとなります(『天地人』でじっくりそこを描くべきだったんですけどねぇ……)。

場面は上田に戻りまして……先の第1次上田城の戦いでは神川の堰が切られ、甚大な被害が出ました。今は療養中の出浦昌相が堰を切ったシーン、ご記憶の方も多いかと思います。本多正信は先手を打ち、堰を破っておきました。やはり前回の戦法は通じないようです。

真田丸直江兼続霜月けい

真田丸上杉景勝霜月けい

 

昌幸の降伏は偽計 キレた秀忠は書状をびりびり、びり

老練な本多正信にアドバイスを受けながら、真田昌幸と対峙する徳川秀忠。そこへ書状が届きます。送り主は他ならぬ昌幸で、内容はなんと降伏を申し入れてきたというもの。今回が初陣の秀忠は「戦う前から降参ってありなの?」と困惑しております。

降伏の書状を持参したのは、信繁でした。信繁はそこで、秀次の失脚により豊臣政権下では失職していた平野長泰と再会します。元を辿れば賤ヶ岳七本槍の一人で、どうやら徳川家に仕官したようです。

さて、その降伏の内容は
「降伏するから兵も城も領土も残してね。昌幸の命は助けて、今後は徳川家臣としていいポジション用意してね」
という完全になめくさったもの。こんなふざけた降伏条件があるか!

時間稼ぎと見破った本多正信らはあきれつつ怒ります。秀忠は「これは……怒ってもよいのか?」と困惑しながら、「もちろんですとも」と周囲から言われると、手紙をびりびり、びり。この破き方は「直江状」のときの父・家康(第34回)と似ているのですが、どこか控えめで、どこか謎めいたほほえましさを感じます。

真田丸本多正信霜月けい

当然交渉は決裂し、上田攻めが開始されます。

徳川勢は染屋原に布陣。信繁は兄弟同士討ちを避けるため、「戸石城からわざと退却し、そこへ信幸を入れる」策を提案します。この「八百長」合戦は、第10回で真田と上杉で行われた作戦を思い出させます。鍵を握るのは、戸石城の門を開ける内通者役。この重要な役に、信繁は腹心の矢沢三十郎を指名します。

内通したあとはそのまま城に残り、信幸に仕えろと信繁に聞かされた三十郎。確かに内通者を演じるのならば、それは仕方のないことです。はじめは大役をつとめることに喜びを感じていた三十郎ですが、これを聞くと目が真っ赤に充血し、涙がこぼれます。

「絶対に嫌でございます!」

涙を落とす三十郎。信繁への確固たる敬愛という点においては、おそらくきりと双璧を為す男です。これは辛いでしょう。信繁はなんとか説得しますが、これもまた辛い別れの一コマです。

 

砥石城をめぐる兄と弟の八百長合戦は果たしてうまくいくか?

佐助経由で信繁の「八百長」計画を知った信幸はこれを承諾します。

徳川勢は数では勝るものの、昌幸の策を警戒して力攻めは行いません。策を出す正信は、刈田を行い敵の兵粮を奪うことにします。

「刈田」というのは田の稲を刈り取る戦術です。敵を飢餓に追い込むことが目的ですが、秋であればそのまま自軍の兵粮にすることができるため、一石二鳥というわけです。

さらに正信は「前回の上田攻めでは、戸石城の伏兵に苦しめられた、今回は早々に抑えるべきだ」と提案します。信幸は信繁との策があるため、是非とも戸石攻めをやらせて欲しいと志願。疑いの目が向けられる中、信幸は「戸石城に内通者がいる、是非とも任せて欲しい」と押し切ります。

霜月けい真田丸真田信幸

この場面で顔芸がすごいのが、前回の上田合戦でも出てきた平岩親吉です。

あのとき真田に翻弄された徳川トリオから唯一、2度目の出演となりました。出番が全て真田に蹴散らされるところですので、リアクション芸が持ち味となります。彼は前回自分を苦しめた戸石城からの伏兵が、隣にいる信幸が率いていたと知り、目玉がこぼれおちそうな顔で信幸を見つめます。この顔がもう、傑作。

かくして真田兄弟の「八百長」合戦の始まりです。かねてからの打ち合わせ通り、かたちばかり鉄砲を撃ち合うと、城の門はすぐに開き、守り手はさっと引いてゆきます。この場面、鉄砲の発射音がなかなか凝っています。竹束による鉄砲からの防御態勢もよかったですね。三十郎は複雑な思いを抱えながらも、信幸のもとへ……。

乱戦の最中、敵と味方にわかれた兄弟は無言で視線を交わします。

敵と味方でも、ふたりでひとつなのか。なかなか切ない場面です。信幸は複雑な表情で勝ちどきをあげます。これ以降、信幸は戸石城から動くことはありません。これから先、上田攻めで真田同士がぶつかることはありませんでした。

 

真田の神出鬼没に秀忠はただただ狼狽するばかり、だが

昌幸は敵にゆさぶりをかけます。信繁は奇襲を繰り返すゲリラ戦法で、敵を動揺させます。小山田茂誠は兵粮庫を襲う作戦。作兵衛は敵の刈田を妨害します。

信繁が平野長泰の陣を夜襲すると、こんなときでもスルメをかじりながら、信繁に対して「どこまでつきまとう気だ!」と悪態をつく長泰。これまでかと覚悟する相手を前に、信繁はスルメと皿を両断しただけで去ってゆきます。まさに神出鬼没なり。

茂誠は首尾良く食料庫を襲撃します。スマイルで話しかけて、一気に首を取りに行くスタイル。序盤はどうにも使えないトラブルメーカーの印象があった茂誠ですが、仕事ができるいい男でした。

作兵衛は刈田を妨害。せっかく育てた米を奪う連中に容赦は要りません。怒りの声にも実感がこもっています。

ドコから敵が来るかわからない状況に、秀忠は右往左往しながら焦るばかり。正信は「戦は焦った方が負け」と悠揚と構えておりますが、これが初陣の秀忠はまったくもって勝手がわからず、そうこうしているうちに秋の嵐が到来して、大雨が降り出します。

瞬間、正信はハッと気づきます。そう、まさにこれが昌幸の狙い。増水した神川の流れによって、徳川勢は退路を断たれてしまったのです。

いよいよここが勝負どころ。昌幸は敵の裏をかき、本陣奇襲を信繁に命じます。敵の本陣は染屋原に置かれるとはじめから予想していた昌幸は、そこに至るまでの道を既に作っていたのです。父の深慮遠謀に感心する信繁。

秀忠は総攻めを決意しますが、そこへ家康から飛脚が到着しておりました。

雷雨の中、信繁らは本陣を目指します。「秀忠を討てずとも、思い切り怯えさせてやれ」と鼻息荒い昌幸によると、初陣で怯えた者は生涯戦下手になるのだとか。昌幸は容赦なく秀忠にトラウマを刻みつけたいようです。

信繁はあと少し! というところで異変を覚えます。

霜月けい真田丸真田信繁

いざ本陣に着いてみると、そこは既にもぬけの空でした。実はこの頃、福島正則が岐阜城を落としたため、周辺の緊張感は飛躍的に高まっておりました。

そこで家康は慌てて秀忠を呼び出したのです。

秀忠は悔しがりますが、仕方ありません。本作は従来の、
「西へと急ぐ秀忠の足を真田が止めたため、予定が狂った」ではなく、
「真田討伐は予定通りの行動。家康の命令変更が遅れたため、秀忠は遅参した」
という最新の説を採用しています。

 

真田昌幸・信繁父子の天下分け目の賭け、ここに潰える

九月十五日、関ヶ原でついに徳川家康と石田三成が激突します。

その決戦の結果を知らぬまま、上田城では戦勝祝いの宴をしております。徳川勢主力をうまく足止めできたのですから、それはもう皆で大喜び。皆は地図を見ながら、どこで決戦が行われるか予想しあって大はしゃぎです。

昌幸は甲斐・信濃の二国を得たと満足感に浸っておりました。

そこへ、暗い顔をした佐助がやって来ます。佐助から「決戦の地は関ヶ原」と聞いて盛り上がる一同。このとき信繁は、佐助の様子にただならぬものを感じ、浮かれてうるさい周囲を黙らせます。

「戦は朝方に始まり、昼には勝敗が決しました。徳川方の大勝利でございます。大谷殿は討ち死に、石田殿は行方不明……」

真田昌幸・信繁父子の天下分け目の賭けは、ここに潰えたのでした。

真田丸真田昌幸霜月けい

 

MVP:徳川秀忠

凛々しい稲、涙の別れの三十郎、したたかな本多正信、ピンチでも決してスルメをはなさない平野長泰、顔芸が凄かった平岩親吉。今週もいろいろ素晴らしい方がおり、激戦でした。その激戦を制したのは秀忠です。

聡明でありながら、何かが足りない。覇気があるのか、ないのか、いまひとつわからない。短気なのか、それとも粘り強いのか、どちらにも見える。

このとらえどころのない、未知数の成長途上の人物を、星野さんはうまく肉付けしています。極端なキャラクターは振り切ればよいのですが、秀忠のような何ともいいようのない人物は難しいと思うんですよ。

中でも、昌幸の降伏に対して「怒ってよいのか?」と尋ねたあと、「よい」と返されて手紙をびりびりと破く場面は絶品でした。

 

裏MVP:CG・考証担当者の皆様

今週はコーエーのCGマップが大活躍でした。今週は今までで一番マップのわかりやすさを感じました。これだけ大量に出るとなると相当手間がかかったはず。関ヶ原プロモのマップも素晴らしい出来でした。

そのCGマップや劇中の地図は、もちろん考証担当の皆様の尽力あってできているものであるわけです。お疲れ様でした。

 

総評

心がすっきりと晴れ渡るカタルシスの頂点は、今週ではなく先週であった、ということです。

先週ふっきれた信幸は、板挟みの苦悩にさらされています。昌幸と信繁はまさに水を得た魚のように生き生きと泳ぎ回りましたが、その痛快さも関ヶ原からの敗報が届くラストで吹き飛びました。

失敗してそうなったのではなく、敢えてそうした部分が大きいと思います。

やったぞ真田が徳川に一泡をふかせたぞ、と見る側をすっきりさせたいなら、本多正信の出番は極力カットし、あわてふためく秀忠を入れたらよいわけです。信繁に本陣を突かれ、這々の体で逃げ惑う秀忠の姿を写せばよかったわけです。

ところが本作は、ストイックに史実準拠で描きました。信繁が本陣に向かっているところで、敵は去っていたとわかるなんて、はっきり言ってがっかりですよね。ただ、これが史実なんですよ。すっきりしないのは、史実だから仕方ない、というある意味潔い態度と言えます。

関ヶ原は40秒でした。一分ですらない。これも、信繁の目から見えないことは描かない本作の方針通りと言えます。来週フォローはあるとはいえ、あまりにあっさりしています。関ヶ原で全てが決まった、と重々しく仰々しく描いた方が、セオリー通りだとは思うんですよ。

この描写は賛否両論ですが、これはこれでリアルではあるんですよね。おそらく家康を含め、誰もがこんなにあっさりと天下分け目の戦が終わるとは思っていなかったでしょう。当時の人も拍子抜けし、驚き、当惑し、パニックになった。そんな関ヶ原のある意味リアルな姿を見せているんじゃないかな、と。

刑事ドラマのコメディもので、こんなネタがあります。扉が厳重に閉まっていると思った刑事が、全身で体当たりします。ところが扉はもろく、刑事は部屋の真ん中まで勢いあまってふっとぶというものです。

今週を見ていて思い出したのは、そんなコント的な場面です。

史実をありのままにドラマにして、拍子抜けするおかしみを出せてしまう。やっぱり本作は意地が悪くて、好みが分かれる個性的な作品だと思いました。確かに史実の第二次上田合戦ももやもやしますけど、それを馬鹿正直にドラマにしなくたって、と思いますよね。それをありのままにごろんと、視聴者の前に出してくる本作は、本当に厄介でチャーミングな作品です。

 

第37回「信之」 忠勝への憧憬を見事に昇華させた藤岡弘、さんの成り切り

こんばんは。やはり先週は超高速関ヶ原に注目が集まったようです。

真田丸:“早丸”が自己最高の視聴率5.4% “超高速”関ケ原も話題に – 毎日新聞

とはいえ、時間軸を入れ替えて石田三成や大谷吉継の最期を今回ちゃんと描くわけですね。第8回「調略」でも大胆な時間軸のずらし方をしていましたが、三谷氏ほどの信頼感がなければなかなか許されないテクニックだとは思います。

真田丸 50秒関ヶ原の舞台裏は | 2016年9月12日(月) – Yahoo!ニュース

ここで屋敷CPのコメントを引用してみましょう。

「真田家にとってみれば、そう だったかもしれないという、ものすごいリアリティーがあります。長野で徳川軍と戦っていた人が、岐阜と滋賀の県境、関ヶ原であったことを当時の伝達手段で 知るというのは、そういうこと」と作品の芯である「真田家目線」を貫いたら、こうなると説明した。
とはいえ、脚本を担当する三谷幸喜氏(55)から台本を受け取った時は「ここまで潔いとは…すごい」と衝撃を受けた。台本を配ると、出演者からはこぞって「素晴らしい関ヶ原」と言われたという。

衝撃を受けつつも、脚本をそのまま通して役者に読ませるのが、屋敷CPの名采配です。
「いや~三谷さん、そうは言ってもはしょりすぎでしょう。視聴者は関ヶ原には期待していますからねえ」
と、口を挟んで『葵 徳川三代』の使い回しを入れたりしなくて本当によかったと思います。

そこにあるのは脚本家、CP、出演者が互いに信頼しあう姿です。そしてCPはいわば総大将だと再確認しました。脚本家が出した巧妙な戦術を総大将が却下したら、勝ち目はありません。三谷氏の奮闘と思い切りは言うまでもなく賞賛に値しますが、どかっと床几に座り采配を振るう屋敷CPのセンスの良さも、忘れてはいけません。

そしていよいよ、物語もクライマックスへ向かいます。ビジュアルイメージも発表されました。
「真田丸」新ポスター完成!大坂の陣編はヒゲに泥…堺雅人「覚悟を決めた表情」 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

これは見事です。

前半部のイメージとほぼ同じ構図、同じ衣装ながら、顔つきはまるで違う。凛々しく初々しい若武者ではなく、人生の苦悩を味わい尽くし、死を目の前にした武者の顔つきです。堺雅人さん、流石です。

 

拳を何度も何度も床板に叩きつけ

それでは本編です。
衝撃の関ヶ原の翌週、石田三成の敗報を受けてからの流れとなります。

徳川秀忠相手に勝利をおさめたにも関わらず、敗者となった真田昌幸・信繁父子。現実を受け止めきれない昌幸は、自領に残る徳川勢に襲いかかり、相手への印象をさらに悪化させていきます。実のところ、関ヶ原で勝敗が決したからといって皆が軍事行動を一斉にやめたわけではありません。例えば奥羽の上杉勢にいたっては、慶長六年に家康から停戦命令が届くまで、伊達・最上と争っています。

一方で家康は堂々と大坂入城を果たし、石田三成を捕縛、次の天下人となったのでした。

信繁は父に、これ以上の戦いは無駄だと叫びます。まだ上杉が残っていると悔しがる昌幸。拳を床板に何度も何度も叩きつけ、己の人生のおける賭けが終わった無念を見せるのでした。このときの草刈さんの表情、鬼気迫る素晴らしいものがありました。

真田父子降伏の報を受けた家康は、秀忠の戦果に若干の不満を見せます。従来の説にのっとった作品のように、厳しく叱責はしません。ただ、「本多正信つけたんだからもっとスムーズにいってもいいのにねえ」とこぼす程度です。

秀忠は悔しがり、父の西進命令変更さえなければ上田城を落とせていた、と強く反論し、はっと気づいて己の言葉を取り消します。秀忠は凡庸なようで、闘志にあふれて悔しがる気持ちもある、そういう性格なのでしょう。家康は真田父子の処遇は、石田三成らのあとでよいと先延ばしにします。

真田丸徳川家康霜月けい

上田城には平野長泰らが入り、武装解除して城をわけ渡すことになります。

信繁に対して義兄の小山田茂誠は「武田、北条、真田と、俺がデス体質なばっかりに仕官先が滅びてしまう」と何故か謝ります。いえいえ、真田は滅びませんって、と信繁はつっこみます。やっぱり茂誠はとぼけた愛嬌がありますね。高木渉さんの魅力が出ています。あの声でこんな気弱でとぼけたことを言うのですから、そりゃもう魅力炸裂ですよ。

信幸は父と弟の命を救うべく、妻の稲、こうに決意を語ります。そこへ舅の本多忠勝が大坂からやってきました。

娘が昌幸を追い返した武勇(第三十六回)を褒めたあと、忠勝は父と弟を敵に回した婿の信幸を気遣います。信幸から助命嘆願の決意を聞いた舅は、その信念に感動したのでしょう。自分も一緒になって大坂に行くことにします。忠勝は怖いところもあれば、なかなかつきあいにくいところもありますが、味方になればこれほど頼りになる人もいません。苦手だ、殺されると今まで散々こぼしてきた信幸ですが、このときはこれほどこの舅に感謝したことはないでしょうね。

 

忠勝の熱き訴え「上田城で一戦交えるのも辞さず!」

相変わらず能天気な姉の松は、父・昌幸と弟・信繁を励まします。

「うちの夫が言ってたけど、こっちが勝ったっていうよりも向こうが勝手に負けたような戦なんでしょ、ちょこちょこっと戦っただけでしょ、ならおとがめなんか受けないわよ!」

相変わらずのマイペース。この能天気ぶり、重苦しい中では救いです。

昌幸はしみじみと、本能寺の変直後あたりが一番楽しかった(第五回)と振り返ります。確かに彼の全盛期はそこでした。第五回から第十三回あたりまでの昌幸は、ギラギラと輝いていて、圧倒されたものでした。そしてその頃は、家康にさんざん煮え湯を飲ませてもいたわけですが……。

昌幸は「おーい、白湯をくれ」と見張りの者にいます。見張りは大まじめに「私を知っていますか?」と尋ねます。なんと彼の名前は大井政吉(旧武田家臣、武田信虎の正室・大井夫人と同じ一族)でした。ここはしょうもないダジャレですが、笑ってしまいました。あまりに大まじめな大井さんのリアクションが絶品です。信繁は父に、今後は助命されても改易、牢人になるだろうと見通しを語ります。

大坂についた信幸は、家康に父と弟の助命嘆願をします。しかし家康は死んでもらうと言うばかり。

そこで本多忠勝が、自分の命に免じて助命して欲しい、それが許されないならば婿とともに上田城に籠城して戦うとまで言い切ります。これには信幸も「マジ!?」という顔に。

真田丸本多忠勝霜月けい

霜月けい真田丸真田信幸

こう迫られたら家とて折れるほかありません。苦笑しつつ、「命までは取らぬ。平八郎(忠勝)にそこまで言われたらな」と譲歩するのでした。そのかわり、と切りだす家康。これからは父を絶縁し、から「昌幸」から引き継いだ「幸」を捨てるように言い渡します。
信幸は苦しみながらも、承諾するほかありません。「犬伏」(第三十五回)で誓ったその中身は、こんなにも重たく、こんなにも辛いのかと改めて思います。

その後信幸は、母の薫、春、きりらと再会。きりは今まで女たちがどうしていたのか、信幸に説明します。大谷吉継の屋敷から、大坂城につれて行かれたとか。ここで私におまかせあれ、と得意げに語るきりはなんと心強く、頼りになることか。あの序盤では足を引っ張っていた駄目な子・きりが、ここまで成長しました。

 

「高野山の坊主と暮らせってか! この役立たずが!」

上田に戻った信幸は、処分内容を父と弟に告げます。信繁は感謝するのですが、昌幸は「助命は当然だ」とあっさり。さらに高野山流罪と聞いた昌幸は当たり散らすのです。

「高野山の坊主と暮らせってか! この役立たずが! 何のために徳川についた!」

さすがに信繁にたしなめられ「すまん、言い過ぎた……」とスグに反省はしますけど、信幸は「これからも力を尽くします、お許しください」と謝るしかないのでした。父子の流刑先は、妻子を連れているため高野山の麓の九度山になります。

それにしてもこの場面は信幸が気の毒で、あまりに昌幸が酷いと思います。しかし、ここまで昌幸を見てきた側からすると「まあ昌幸だし」と思えるのも事実。そういう視聴者と作り手の信頼関係あっての台詞かと思います。「視聴者に嫌われたくないから」と、常に綺麗な台詞しか言わない人物とちがい、昌幸は血の通った嫌な、それでいて愛おしいおっさんです。

家臣たちもそれぞれの道を選びます。小山田茂誠・松夫妻は、信幸家臣に。堀田作兵衛はすえとともに上田に残ることに。高梨内記は判断を任せられ、結果として流刑地の九度山までついて来ることに。未だに療養中の出浦昌相は、信幸のもと沼田で引き続き治療に専念せよと、昌幸から告げられます。久々に登場した昌相は、寝たきりの状態ながらも、素っ破による家康暗殺計画を昌幸に託すのでした。
それにしても、演じる寺島さんも言っていたことですが、出浦はこれからどういう気持ちで信幸に仕え、太平の世を生きるつもりかと疑問を感じます。

信繁は、十六になった梅の忘れ形見・すえと再会。

信幸を父と思うよう言いつける信繁に対し、すえは「私にとっての父は作兵衛おじのみです」と言うのでした。すえは「またお会いできる日を心待ちにしております」と言葉を続けますが、感情はあまりこもっていません。ほとんど別れて暮らしている以上、仕方ないでしょう。

演じられるのは声優の高木渉さんです

 

あの秀吉だったらやはり命は許されないのでは?

上田城は徳川に明け渡され、一同が見守る中、昌幸と信繁、それに従う者たちが出立するのでした。

そのあと信幸が上田城に入り、九万五千石の大名となります。信幸は「幸」を捨て、「信之」と名乗ります。読みは変えないのが、信之の意地でした。信之の静かな戦いはまだまだ続きます。

真田丸信之改名

高野山に向かう途中、父子は大坂に立ち寄ります。家康は何故助命したのかと父子に問いかけます。「信之と忠勝が助命したからでは?」と答える昌幸ですが、信繁は「死より苦しい仕打ちを与えようとしているのでは?」と正解を出します。
「お前から兵も武器も馬も金も全部取り上げてやる。今後、戦を起こす機会も一切奪ってやる。残りの人生を、高野山の麓で過ごすのだ」
一二年では帰って来られない、十年、二十年、死ぬまで田舎暮らしだと笑う家康。
「この生き地獄、たっぷりと味わえ」
そう吐き捨て哄笑する家康。秀吉とは違う邪悪さが、にじみでてきました。

真田丸家康アッハッハー

が、しかし。
ここで考えて欲しいのが、昌幸のこれまでの行いです。
徳川を裏切り、沼田領問題を泥沼化させ、上田城を勝手にのっとってそこで徳川を撃退し、出浦昌相を放って暗殺しようとし、そしてこの関ヶ原でのやらかし。さらに関ヶ原決着がついてからも徳川勢を襲撃。
印象最悪ではないですか。

それに、なんだかんだ言っても、これが豊臣秀吉だったら絶対に真田父子、さらには助命嘆願した信之もまとめて処刑し、断絶くらいしている気がするんですよね。演出と内野さんの演技で家康がものすごく嫌な奴に思えるんですけど、それでも処分はかなり甘い、温情があると思います。

 

まことの武士である、私もあの方のように行きたい

家康と対面後、片桐且元に呼び止められた信繁は、恩人たちに挨拶をすることになります。
寧は、これからは親孝行するようにと声を掛けます。それから寧は、自分に周りには誰も居なくなったとつぶやきます。

そこへ寧の甥である小早川秀秋が姿を見せます。信繁の姿を見た秀秋は、怯えたように逃げ去ります。
且元は「秀秋の裏切りさえなければ三成は勝っていた」と苦々しげに吐き捨てます。

秀秋は幻影の中を生きています。毛利勝永、明石全登、宇喜多秀家、西軍の諸将の幻に追い詰められる秀秋。彼はその二年後、二十一歳で謎の死を遂げるとナレーションが語ります。
この場面は、いまひとつの出来だと思います。暗転した青いライティングはじめ、ちょっと安っぽいかなと。秀秋に関しては裏切るような伏線もあり、かつ板部岡江雪斎というキーパーソンも出しただけにちょっと消化不良の感があります。惜しい。

茶々は大蔵卿と且元から信繁の来訪を聞きますが、会わなくてもよいと断ります。あの者とはまたいずれ会う気がする、と微笑む茶々。ことの深刻さがまるでない様子なのが不気味です。

信繁は再会した妻の春(大谷吉継の娘)から、大谷吉継の最期の様子を聞かされます。輿に乗って戦に出ていた吉継は、もはや勝ち目がないと悟り、家臣の湯浅五助に「この首をくれぐれも敵に渡すな」と言い残し、腹を切ったのでした。

「治部、楽しかったぞ」
吉継は最期にそう言い残しました。
その見事な死を、信繁はまことの武士である、私もあの方のように行きたい、と賞賛するのでした。

霜月けい真田丸真田信繁

 

三成妻・うたの悲痛な叫びは清正の心に突き刺さる!?

夫と再会した薫は、子供にかえったように昌幸の膝にもたれかかり、人質生活の辛さをせつせつと語ります。好きなことをできないこと、監視されることは耐えきれないと語る妻を見て、昌幸は何か思うところがあるようです。

信繁はきりに対して母を守ってくれた礼を言います。これからの去就をたずねる信繁に「どうしましょうかね」と言葉を濁すきり。信繁は「母の面倒をみるためにもついてきて欲しい」と言います。

素直にきりは喜びますが……そこへ昌幸がやってきて、薫は九度山には連れて行けないと言います。薫は信之に託されることになりました。きりも信繁から「母上が九度山まで来ないなら、お前も上田に行けよ」と言われます。流石に信繁、ちょっと冷たすぎるだろ!

信繁のもとを意外な人物が訪れます。加藤清正でした。清正はとある女性を連れて来ます。石田三成の妻・うたです。

夫の死後逃げ回り、夫の最期を伝えるのが己の役目としているのでした。うたは関ヶ原語の三成居城である佐和山城攻めで自害した説もありますが、本作は大坂にどとまり逃亡した説を採用しています。見物衆にまぎれて夫の死を見届けたといううたから、その最期を聞かされる信繁。従容として死に赴き、見事な最期であったとうたは語ります。

イラスト・霜月けい

イラスト・霜月けい

うたは、何度も何度も、
「あの御方は、豊臣家のことしか考えておりませんでした!」
と叫びながら清正に連れ去られます。

悲痛なうたの叫びを聞いて、信繁はその通りだと思うことでしょう。しかし、清正はどうでしょうか。彼の胸にうたの言葉は突き刺さっているのではないでしょうか。

翌朝薫が目を覚ますと、昌幸と信繁はどこにもいません。空っぽの部屋で泣き崩れる薫を、信之が抱き留めるのでした。長年連れ添った夫婦の別れが、これだと思うと切ないものがあります。
雪が舞う中、真田父子は紀州九度山の屋敷に入りました。きりと佐助もついてきています。ここから彼らの新たな暮らしが始まります。

 

MVP:本多忠勝

「真田丸」藤岡弘、本多忠勝役は運命の出会い 侍精神でリハ不要(スポニチアネックス) – Yahoo!ニュース

運命の出会いというのもよくわかる熱演です。
本作の忠勝は、甲冑姿で戦う場面はほぼありません。そんな中、今週の助命嘆願はまさに見せ場でした。信之にとっても辛い場面ですが、ずっと忠誠を誓ってきた忠勝にとっても、辛い場面ですよね。
数珠をしっかりと握りしめているのがとても印象的で、彼の誠意や人柄が伝わって来ます。今回だけではなく、本当に藤岡さんが演じるというよりも、なりきっている。それが本作の忠勝だと思います。

次点は大井政吉さんです。しょーもねーダジャレだな、と思いながらも吹き出したのは、彼の生真面目な演技があってこそ。重苦しい回にありがたい場面でした。

真田丸本多忠勝霜月けい

 

総評

心理的にずたずたにされるような辛い場面が続きました。

床に拳を打ち付ける昌幸、静かな中に怒りを湛える信繁、助命のために奔走しながら名を奪われる屈辱を受け流すほかない信繁。薫、矢沢三十郎、出浦昌相、小山田茂誠夫妻、作兵衛……物語の中で泣き、笑い、様々な苦楽をともにしてきた人々が、別れの辛さを味わいます。愛しいところも、駄目なところも、苛立つところも、いろいろな面があった人々だからこそ、別れの辛さが胸にしみます。

超高速関ヶ原の余韻はまだありました。大谷吉継と石田三成の最期は、戦いぶりはなく本当に亡くなる場面だけでした。小早川秀秋の裏切りすらありませんでした。

これはなかなかすごいことで、実は関ヶ原合戦のコーエーCGマップは作ってあって、予告で使っていたんですね。あれだけの力作を本編では使わないというのは、すごい覚悟だと思います。せっかく作ったんだからもったいないし、と入れないわけです。

この「おいしいところがあるのに捨ててるんでしょ?」というもったいなさが視聴者の心をくすぐります。ただし、本編の流れを見ると、ここで敢えて関ヶ原まで入れると蛇足になるというのもわかります。ただし、そうすることで小早川秀秋裏切りの伏線は消化不良になってしまいました。なかなか難しいですね。

そして今回、信之は「幸」を捨てたわけですが。

「真田丸」堺雅人演じる真田信繁がついに「幸村」に 終盤に向け

兄が捨てた「幸」を、弟が拾うわけです。「幸村」の回は、おそらく今回と対称的な展開となるでしょう。
今から楽しみです。

 

 

第38回「昌幸」 時代遅れで愛すべき戦バカが逝っちまったぜ……

こんばんは。今週は昌幸退場です。

草刈正雄 「真田丸」の真田昌幸を語る上で欠かせない重要シーンを語る
【真田丸】さらば昌幸…草刈正雄、1年に及ぶ撮影を完走 ブログのコメントが励みに | ORICON STYLE

今週は紀州の山奥、九度山村に配流となった昌幸・信繁父子の苦境を描きます。浅野家の監視のもと、皆は暮らしてゆくことになります。山菜を採り、薪を割り、皆が己の役割を果たす堅実な生活です。

信繁は村長に挨拶へ。ここできりが気を利かせて南蛮菓子の「ボーロ」を差しだします。
村長の長兵衛は厄介払いをしたいらしく、一日も早く赦免されるか、あの世に去って欲しい……と本音を面と向かって言うのでした。

村から出られないがそれなりに自由でボーッとできる、と信繁はプラス思考を見せます。
信繁ときりでのんびりと昔語りをしていると、何やら穏やかではない視線が背景から……。二人が振り向くと、春がじっと見つめています。どうやら春は、真田の郷という共通体験を夫と持っていないことにコンプレックスがあるようです。

佐助は離れに、あっという間に家を作ります。きりが気になるのか、彼女の肖像画を渡したりもします。建築も絵も、素ッ破は得意なのだとか。確かに任務で必要なスキルではあります。

真田丸真田昌幸霜月けい

 

九度山での蟄居生活が始まった

昌幸は信之から受け取った書状を見て、「幸」の字を捨てたことにショックを受けます。信之には彼なりの苦渋の決断がありましたが、昌幸には伝わらないわけです(第三十七回のレビューはコチラ)。昌幸は「兄が捨てた幸をお前が拾わんか? 幸信繁とか」と持ちかけますが、信繁は言葉を濁すのでした。

信之も、ただ手をこまねいているだけではありません。赦免を願い、さらには寝込んだ母・薫を気遣っています。

薫は信之の前では粥すらすすりませんが、見ていないところでこっそりと甘いものを食べています。彼女なりにショックは受けていますが、それでもちゃっかりしたところもあるわけです。

お姫様育ちの春は、薪割りがうまくできません。きりは薪を軽々と割れます。そういえば亡き梅も軽々と割っていました。きりは不安を吐露する春に「源次郎様は私みたいな垢抜けたシティガールより、あんたみたいなイモい子が好みだから自信を持って!」と励まします。
きりが去ったあと、鉈を叩きつける春。思い出して見ますと、地侍の妹である梅は薪割りが上手でした。薪割りでむっとした心情を示す演出は、第八回にも出てきました。

室内で信繁と二人きになった春は「きりみたいな雑魚に負ける気はしないけど、あなたの心の中で生きている梅には勝てない!」と言うと、襖に指をズブズブさしまくります。梅は懐妊後、「女の子から梅にする。そうしたらこの先梅はあなたにとって(亡妻ではなく)娘になるから」と言うのでした。

やはりこの人、以前、三成が指摘していたとおり、結構面倒臭いタイプですね……。

真田丸信繁&きり

「赦免されるのではないか?」「赦免されるのではないか?」

上杉景勝は、会津百二十万石から上杉三十万石まで厳封処分。上杉を頼みにしていた昌幸の望みは、ここに潰えました。

そして慶長8年(1603)、徳川家康は征夷大将軍となります。
信繁は豊臣家の立場が軽んじられることを危惧する一方、昌幸はこの祝いモードで「赦免されるのではないか?」と喜びます。信之や本多正信も働きかけますが、家康はつっぱねます。

二年後、家康は秀忠に将軍位を譲ります。
信繁は豊臣家の立場が軽んじられることを危惧する一方、昌幸はこの祝いモードで「赦免されるのではないか?」と喜びます。信之や本多正信も働きかけますが、家康はつっぱねます(二度目)。
「あいつが九度山のことを離れるのは骨になってからだ」
ともかく強硬な姿勢なワケです。

真田丸徳川家康霜月けい

これには薫や松も、信之に対して「いつになったら赦免されるの! 私たちみんなで直訴してみましょう!」と迫ります。
が、そこに止めに入ったのは稲。真田のためにも二度と昌幸の話をするな、信之もしっかりしろ、と発破を掛けます。前妻・こうは、稲はこれ以上真田の印象を悪化させたら昌幸たちの命すら危ういのだから、とフォローします。

この頃から、昌幸は白髪がめっきり増え、信繁も無精髭が伸び、老け込んできます。

 

立派な若武者に成長した豊臣秀頼 しかし、そのことが……

慶長十一年(1606)、豊臣秀頼は大規模な鷹狩りを開催。すっかり精悍な若武者に成長しております。

一方、九度山で引き続きくすぶっている信繁は、山中で板部岡江雪斎と再会します。江雪斎は、高野山まで北条氏政の慰霊に来ていたのでした。
出家らしく隠遁するつもりだと語る江雪斎に、信繁は私もそうしたいと言います。しかし江雪斎は、信繁の瞳の奥にくすぶる熾火を見いだし、「その日を楽しみにするぞ」と予言めいたことを口にして去るのでした。これで彼の出番は終わりとなります。

真田丸板部岡江雪斎霜月けい

ある日、村人たちが昌幸に助言を聞きに来ました。
どうやら薪をめぐって隣村と揉めており、これから喧嘩を仕掛けに行くので軍略を授けて欲しいとのこと。昌幸は「戦の仕方を教えていただきたい!」と持ち上げられ、目を一瞬輝かせます。
戦略を語り始めた昌幸ですが、途中で言葉を切り、うつむきます。勢いのよいBGMも止まります。ここで信繁が「村同士の私闘は太閤が禁じたはず。死者が出たら両方の村長が磔になる。浅野家に仲裁を頼むように」と助言します。

なんということはない場面ですが、序盤の第三回で信繁や梅たちが、隣村の人々と薪をめぐって争っていたことを思い出しますと、中世から近世にまで時代は変わったのだと思います。時代の変化とは、為政者やトップの人間だけではなく、民衆にまで及ぶものだと改めて思わされます。

 

本多忠勝に続き加藤清正も退場す

本多忠勝は、百助と仙千代に竹とんぼを作り遊んでいます。
母が違えど(百助は稲、仙千代はこう)、孫であることに変わりはないと上機嫌の忠勝ですが、竹とんぼを作っているときに指を傷つけてしまいます。手傷を負わぬことが自慢であった忠勝は、自らの衰えを悟って隠居を決意。
念珠を手にして家康にその決意を告げる忠勝は、完全燃焼しきった充実感にあふれています。彼は幸せなもののふとしての生き方を全うしたと言えるでしょう。大坂の陣を待たず、忠勝は世を去るのでした(忠勝の関連記事→「生涯無傷の猛将」も老いれば……ちょっとしんみり、本多忠勝の晩年)。

真田丸本多忠勝霜月けい

慶長十六年(1611)、信之は赦免のために北政所・寧と接触しようと試みます。ツテを求めて信之は寧の侍女たちの指南役であった才女・小野お通と面会。稲やこうにはない、才気と上品さが漂っています。

加藤清正は、立派に成長した豊臣秀頼と家康が会えば『もっと豊臣を尊重するのではないか』と片桐且元に提案します。家康は自らが立て直した己の城に秀頼を呼びつけ、世間に豊臣は徳川より下であると知らしめようとします。清正は条件に難色を示しますが、秀頼は承諾します。

清正の胸に去来するのは、「もし私が志半ばで倒れたら、お前が秀頼様を守れ」という石田三成の言葉です。第三十四回(レビューはコチラ)の時点では隠されていた言葉の中身がやっとここで判明しました。

二人きりで対面するはずが、しつこくついてくる清正。家康は追い払おうとしますが、清正は粘ります。
家康は秀頼の堂々たる態度に圧倒され、「ご無沙汰しておりまする」と頭を下げるのでした。

あれは本当に秀吉の子か、と驚愕する家康。
本多正信は「秀頼がもっと凡庸な二代目であれば生き延びられたものを」と皮肉な笑みを浮かべます。
同時に、家康にとって邪魔となった清正を暗殺したらどうかと正信は提案。そして二代目服部半蔵の毒針にかかり、加藤清正はこの会見後、帰国中の船中で発病し、二ヶ月後に死にます。

この二条城の会見は、史実寄りの作風が特徴の本作にしては、旧来のフィクションよりの設定が目立ちます。
加藤清正はあまりにタイミングよく亡くなったため暗殺説がありますが、史実かどうかは怪しい様子。あと、二代目服部半蔵は、史実ではあまり有能とは思えない人物です。秀頼を演じる中川大志さんは細身ですが、史実では長身のうえに肉付きがよく、レスラー体型だったようです。

 

「軍勢をひとつの塊と思うな、一人一人が生きておる……」

信繁と春の長男・大助はあっという間に成長しました。しかし、近隣の子からは「罪人の子」と馬鹿にされ、落ち込んでいます。

そんな我が子に、信繁は「徳川を二度撃退した祖父の血を引くのだ。誇りを持て」と励まします。昌幸は大助に、馬鹿にされたら謝るふりをして噛みつけ、拳に小枝を握って相手を攻撃しろと「策」を授けます。信繁は、兄はそのやり方を好まなかった、嫌がっていた、常に正々堂々としたがっていたと回想します。

その時、昌幸はついに倒れたのでした。

死の床に伏した昌幸は、信繁を枕元に呼ぶと彼が書き残した兵法書を託します。
さらに、もし豊臣と徳川が争った時に徳川を倒す唯一の策を語り出します。西日本を舞台にした壮大な構想です。ダイナミックで夢のある話ですが、これまでの彼の見通りと同じで、あまりに己の願望が入りすぎていて楽観的です。さらに、戦をできるだけ長引かせることを目的としており、民にとってはまるで優しくありません。せっかく太平の世が訪れたのに、それをひっくり返す策を昌幸は考えていたわけです。

信繁もそう思ったのか、父上であればまだしも自分でできるかわからないと言葉を濁します。
昌幸はさらにこう加えます。

「軍勢をひとつの塊と思うな、一人一人が生きておる……それをゆめゆめ忘れるな」

昌幸は最期まで、信濃に帰ること、上田城に戻ることを願っていました。
最期に聞いたのは、馬の嘶きと蹄の音。半身を起こすと「御屋形様!」と叫び、そのまま息絶えたのでした。最期の息を吐くまで、信玄の幻を追い、戦で活躍することを夢見ていた一生でした。

 

 

MVP:真田昌幸

ヤンデレが重症化した春、鮮烈なデビューを飾った豊臣秀頼、三成の言葉を守った加藤清正など、よい人はたくさんいましたが、やはりこの人でしょう。
歳月の中で虚しさに押しつぶされ、老い衰えてゆく哀しさがありました。

 

総評

前回(第三十七回)、家康は「戦が出来ないようにしてやる。生き地獄を味併せてやる」と哄笑しました。

しかし家康は、そんなことをただ昌幸への嫌がらせとして実行したのでしょうか?
答えは「否」です。
別に昌幸だけにそんな仕打ちをしたわけではなく、全国の大名から庶民まで牙を抜き、「武力で解決する時代=中世」を終わらせたわけです。中世とはどんな時代か。それは今まで描かれて来ました。農民同士が土地の権利をめぐって暴力沙汰におよび(第三回)、もめ事を「鉄火起請」で解決する(第十二回)、そんな世の中です。

暴力的で殺伐とした時代はもう終わりにすべき――そう思ったのは家康が初めてではありません。
今回、薪をめぐる争いで助言を求めた村長に、信繁はいかにして戦うかではなく、秀吉の定めた近世のルールを説明しました。家康が昌幸を生き地獄に落とす前に、豊臣秀吉が既にそうしていたのです。
あの短い場面には、父子の間で価値観が違うことも描いていました。

犬伏の別れで(第三十五回)、信繁は父相手にはっきりと「夢物語はもう終わりにしてください」と諭しておりました。昌幸が乱世に戻すプランを滔々と語るとき、信繁は「父上ならばできても自分ではできろうだろうか」と言葉を濁していました。信繁にとっては、今の世の中を再度乱世に戻すことは荒唐無稽な夢物語です。
その夢物語の中身は旧主・武田信玄への憧憬です。息子二人に全否定されたにも関わらず、昌幸は最期の瞬間まで、夢を忘れず追い続けました。

乱世を終焉に導くことは、家康と対立した石田三成や大谷吉継もはっきりと目指していた路線です。この二人は、北条氏康・氏政父子との戦を回避したがっていました。二人は北条との和解を阻み、戦で儲けるという中世的な手段で利益を得た千利休を憎み、死へと追いやっています。

こうした中世から「太平の世=近世」への歩みを阻んできたのが、他ならぬ真田昌幸でした。
夢物語を追うと言えばロマンチックですが、その夢はたっぷりと血を浴びたものでした。沼田問題で北条を合戦と滅亡に追い込み、関ヶ原でも昌幸は天下を乱す方向性に賭けていました。最期の最期まで、乱世を長引かせ、人々を巻き込み、戦を継続することを妄想していました。

この男は魅力的ですが、とんでもない危険人物です。
近世を受け入れられず、中世にしか生きられないという時点で、家康が手を下すまでもなく、昌幸はもう滅びるしかない男であり、危険人物でした。
現代的価値観から見ればそうなるというわけではなく、江戸時代初期の時点で昌幸は危険なのです。

昌幸を九度山に追放したのは家康という人間ですが、時代を変えてその生きてゆく場所をなくしたのは、時代の流れです。「戦のない時代」が昌幸にとって生き地獄であるならば、豊臣の世で泰平がおとずれた世でも地獄なのです。既に昌幸は、豊臣政権下で覇気を失っていました。
一時的にそれが甦ったのは、関ヶ原前夜に中世の残滓を嗅ぎ取ったからに過ぎません。骨の髄まで中世人の昌幸は前時代の遺物です。善悪正邪でわけるのであれば悪であり、邪です。主人公の父であり、魅力的な人物であるから彼の死が無念であり、不遇に思えますが、自業自得とも言えるでしょう。

が、しかし。
正しくないからなんなのだ、時代遅れだからなんなのだ、見果てぬ夢を見続けて世を去った真田昌幸はそれでも魅力的じゃないか、と言えるのが本作のよいところです。
真田昌幸は生ききった、三谷さんは書ききった、そして草刈りさんは演じきった、そう言えます。この、邪悪でも魅力的な昌幸像を作り上げてくれた皆さんにありがとうと言いたいです。

 

追記その一
「今週は忠勝、清正、昌幸がナレ死」という意見をちらほら見かけましたが、「ナレ死」とは死ぬところを写さずにナレーションだけで済ませる場合ではありませんでしたか。前者二名はともかく、昌幸は該当しないと思います。

追記その二
「真田丸」の関ヶ原の戦いが50秒で終了 カットになった撮影の裏事情
この媒体のあやしげな記事にいちいち突っ込むのもどうかと思いますが、本作のクライマックスは大坂の陣でしょう。大坂の陣は既に大規模な準備が開始されており、さらに十月から十二月まで時間をたっぷりと使います。三谷さんのことですので、政治劇もたっぷりと織り込まれることでしょうが、これだけ話数を使うのですから大坂の陣までショボいのではと心配するのは、杞憂かと思います。

第39回「歳月」 ただ崩されるためのジェンガを積む、切なくも幸せな日々だった

こんばんは。先週の真田昌幸、本多忠勝、加藤清正の退場にはかなりの反響があったようです。
中でも「昌幸ロス」はまさに今作最大のもので、もう見る気をなくす人もいるのでは?なんて話もチラホラと。
いいえ、それは違います。昌幸の死は始まりに過ぎません。ここからが、偉大な父の影に隠れていた信繁が活躍するのです。父や兄、周囲のいろいろな人の影から、信繁が踊り出るのはこれからです。

◆大河ドラマ『真田丸』 特別インタビュー 真田昌幸役  草刈正雄さん

昌幸はここ数年の大河でも屈指の人気人物になったと思います。
ここで考えていただきたいのが、彼はまったく理想の父親とは言えないような、個性が強くてとんでもない危険人物だったということです。大河にせよ朝ドラにせよ、過剰なまでに聖人君子的な父親像を求める傾向を感じますが、そうした傾向へのアンチテーゼといえるのではないでしょうか。

前回のレビューはコチラからお願いします

前回のレビューはコチラからお願いします

そしてまだ引っ張る50秒関ヶ原問題です。
三谷さん本人も、朝日新聞に連載中のコラムで丸一回この解説に費やしました。関ヶ原そのものはなくとも、前哨戦などで丁寧に登場人物の心理を描いてきたではないか、と。

◆「真田丸」の合戦シーンがあっけない…NHK籾井会長に政財界から苦情も

このニュースを見ると大変イライラするんですよね。かつて『八重の桜』でみっちり戦争シーンを描いたら、「残酷だ」「夜8時にやる内容じゃない」と文句つけている人がいたじゃないですか。昨年はPがドヤ顔で「大河ドラマは血を流した武者が出てきて怖いという女性もいますから、極力流血や暴力を減らしました」と、合戦シーンは悪と語っていたではないですか。結局どっちなんだよ、と。

もう合戦をやろうがやるまいが、誰かしら文句言うんなら、好きにすればいいじゃないですか。

それにこれが大事なのですが、来週からの「大坂の陣」ではみっちり戦闘をやるはずです。大がかりなセットを重機で作っていますよ、と既に公式サイトでは知らせていたわけです。そこに予算を使うならむしろよいことです。
以前も書いたのですが、一話あたり予算が大河の十倍とも言われているHBOの『ゲーム・オブ・スローンズ』でも、大がかりな合戦は1シーズン10話のうちで1話くらいでしかやりません。合戦一点豪華主義でもよいと思います。

 

真田信繁が理想の城が表現されたOPムービー

さて、今週です。
と、その前に、今更ながら本作のOPについて語りたいと思います。
私は好きです。ドローンを駆使した景色の美しさ、土のぬくもりがある壁、派手過ぎずそれでいて技術力を感じさせるCG、そして合間に今週のハイライトが挟み込まれるワクワク感。静かで渋く、とてもセンスがよいと思います。

しかし私がこのOPで最も気に入っている点はそこではありません。

生涯城持ちになれなかった真田信繁が、理想の城を持ったらどんな風なのか。そのコンセプトが素晴らしいと思います。
そしてその素晴らしさは、現在の展開だからこそ際立ちます。九度山で兄からの仕送りと、内職で細々と暮らす真田信繁。そんな彼が見果てぬ夢を追い求め、理想の城を考えた結果がこのOPである。
そう思うとなんとも切ないではありませんか。

霜月けい真田丸真田信繁

ともかく昌幸の名前が掲載されておらず物足りないOPが終わり、本編へ。
父の死後、信之は九度山の真田屋敷を訪れます。月代を剃り、髭をたくわえ、立派な着物に身を包みすっかり大名らしくなった兄。無精髭に日焼けした顔と、すっかり牢人暮らしが板に付いた弟。対称的な姿です。

信之は、信繁から渡された、昌幸が残した兵法書を読みます。が、
「凡人には全くわからん……」
中身は謎の記号だらけで到底解読できません。

「全部こんな感じか?」
「全部こんな感じです」

なんとも脱力するやりとりをする兄弟。作中で「ものすごいもの、でも後世に伝わっていない」アイテムが出てくると、消失する過程が描かれるものです。ところが今回ははなから使えないアイテムだったというオチでした。いや、さらにオチがあって誰かがこの暗号を解読するのかもしれませんが。

信之は話題を変え、赦免をこれからも願い続けると信繁に言います。しかし当の信繁は、今の暮らしにすっかり慣れてしまったので赦免しなくても良い、と断ってしまいます。梅と大助は九度山の暮らししか知らないわけです。もうここで一生を終えてもよいと、信繁と家族、そして佐助までもが思っているようです。

 

昌幸は兄弟2人を愛し、そして立派に育てた

信之は大名として内政に力を注いでおり、多忙な生活を送っているようです。泰平の治世において、信之はその才能を十分に生かしています。

久々に兄弟で酒を酌み交わし、育児論について語り出す信之と信繁。父のいた場所はあいています。犬伏で誓った父子三人で酒を酌み交わすこと(第三十五回)は叶いませんでしたが、兄弟酒は実現したわけです。

育児がわからないとこぼす信繁に、信之は父上が手本になるはずだと言い出します。ここで兄弟の意見が食い違い、互いに「相手の方が父に愛されていた」と言い出します。

視聴者から見ても信繁の方が父と相性がよいように見えました。一方で信長への面会などには信之を随行させませんでした。そのことを信之は父が信繁を買っているからだと思っておりましたが、実のところは当主と後継者が同時に討たれないよう分散していたらしい、ということは第三十三回で示されていました。

三十郎が指摘するように、昌幸は兄弟二人を立派に育て上げ、愛していたというのが正解なのでしょう。ここで三十郎は口を滑らせ、立派な父親であったかはわからない、とまで言います。流石にこれは即座に信繁からたしなめられますが、それも確かにそうだと思わせるのが、真田昌幸という人間です。

真田丸真田昌幸霜月けい

 

信之は小野お通に会うのが目的って!?

その酒の席で、信繁は兄に、実は借金まみれで首が回らないと打ち明けます。

昌幸の生前は、かなり背伸びした暮らしをしており、そのツケが回ってきたそうです。きりが寧の侍女時代に覚えた裁縫と、佐助が忍術を周囲に教えて足しにしているようですが、それでは到底足りない。信之は「決して飢えさせぬ」と約束します。

引き留める信繁を振り払い、信之は寧の侍女であった小野お通に会いに行きます。実は信之の目的は、赦免の口添えだけではありませんでした。信之は洗練された今日の女性である通と話していると、心が癒されるそうです。昌幸と偽吉野太夫の火遊びとは違い、一切色気のないプラトニックな思いを、信之は抱いているようです。薫や吉野太夫、そしてこの通のように洗練された知的な京都の女性に、昌幸と信之はあこがれを感じるようです。

霜月けい真田丸真田信幸

信繁は、昌幸の死後殉死しようとしていたほど気落ちしていた高梨内記に、大助の傅役を頼みます。内記は昌幸と楽しんでいた囲碁を、大助に教えることになります。昌幸より囲碁が強かった内記ですが、大助とはどうなるのでしょうか。

一方江戸では……徳川家康が各大名たちの妻子を江戸屋敷に住まわせ、人質にしていました。薫、稲、こうも江戸屋敷にいました。薫は江戸の懐紙は堅くてかなわないとこぼします。
小山田茂誠と松夫妻は江戸屋敷の薫を訪れ、歓談を楽しんでいる様子。薫は孫のすえに、京都時代に集めた扇コレクションを見せることにしていました。

思えばこの扇は、第一回や第二回で新府城から逃げ去る際にも薫が大事に持ち歩いていたものでした。薫は菊亭晴季の娘を自称しておりましたが、経歴詐称はまだやめておりません。顔の脂を気にして扇を広げる薫ですが、夫のことを語るときは寂しげです。
能天気に扇を広げているように見えますが、何もかも失い、華やかな青春時代の思い出にしか安寧はないのかもしれません。薫は夫の死から二年後、江戸で世を去りました。初登場から退場まで、京都の華やかな雰囲気を大切にし続けた人生でした。

 

時は流れて慶長19年 大坂の陣の年を迎え……

さらに時は流れ、慶長十九年(1614)。九度山の真田屋敷は穏やかな時間が流れていました。それなりに皆充実していて、帰りたくないと信繁が言うのも納得できます。信繁と春の間には、さらに次男・大八が誕生しています。三児を得たにも関わらず、厄介な性格の春はまだきりに嫉妬がある様子です。

信之が送ってくる荷は、なぜか蕎麦ばかりです。ひもじい思いはさせぬという約束だったはずですが、こうも蕎麦ばかりでは、と信繁たちはうんざりします。信之は彼なりに、故郷の味を届けたいのかもしれませんが、それにしたって限度はありますからね。

皆充実した生活を送るとはいえ、倦怠感もあるようで、佐助は「なんで源次郎様より、あんなくそおもしろくない兄貴が出世しているんでしょうかねえ! イライラする!」ときりにぶっちゃけトークをしたりします。信之個人が嫌いというよりも、太平の世が、徳川の天下が憎たらしいのかもしれませんが。

信繁はそばがきを大量に作り、村人にそば粉を売りつけるビジネスを思いつきます。

「あ〜じ〜よ〜しのそ〜ば〜 召され候え〜」

と、CMソングを歌いながら試食販売をする信繁、きり、佐助。まさかの瓜売ソング(第二十六回)のリバイバルです。

そんなふうに頑張ったセールも虚しく、そばがきは売れ残り、三人は肩を落として帰宅します。有働アナが親切に「そばがきを細く切った現代の形のそばが定着するのは、もう少し先の話である」と解説します。

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豊臣秀次の娘・たかが呂宋から戻ってハレーション

信繁の妻・春は、そば粉売りに連れて行ってもらえなかったことに嫉妬します。信繁はきりに暇を出そうか提案しますが、春は「私が追い出したことになるから嫌」と却下。困ったものです。

きりは信繁から話を聞いて、あきれかえります。出て行って欲しいなら出ていきますよ、と言い出すきり。父のため、信繁の話相手になるためにいるんだし、と本心を打ち明けるきり。菩薩の心でここにいるのよね、とまで言います。

真田屋敷に、派手な格好の女性が訪れます。豊臣秀次の娘・たかが呂宋から戻ってきたのです。呂宋出発前は蔭のある幸薄そうな女性でしたが、海外生活ですっかり明るく大胆になったきり。名目上でも側室は側室、とマハルキタ(お慕いしています)と言いながら突然信繁に抱きつきます。その様子を見て、春は殺気だって火箸を構えて今にも突き刺そうとします。春が突き刺すのは障子だけじゃないのかと思っていると、きりが止めます。今は商いをしているというたかは、呂宋土産を差しだします。

珍しい土産には、崑崙の珊瑚、暹羅の香炉、さらにはネパールのサナールという紐があります。サナールは無料でもいいとたかは言います。この紐に目を付け、上田の紡に似ていると言い出す信繁。信繁はサナールを見本にして、紐作りを始めます。 たかは京都の祖母の元に向かい、また呂宋に出立するとのこと。

きりと春は紐を紡ぎながら本音を語り出します。ここを去るつもりだと言うきりを、春は引き留めます。自分に正直になればいいと春に告げるきり。きりは周囲が春に気を遣っているのだと指摘。きりもかつて、遠い昔は信繁の子が欲しいと思っていた、と語ります。それをもうすっかりあきらめたきりにとって、春はうらやましくて仕方ないことでしょう。互いにないものを持っているという意味で、この二人は信之と信繁兄弟のような関係かもしれません。春はきりに「どこにもいかないでください、私のために」と告白するのでした。姉妹のように手を握り合う二人。彼女らも「ふたりでひとつ」です。

サナールを元にした真田紐がいよいよ完成しました。佐助のぶらさがりによる耐久テストは、見事合格! すっかりビジネスドラマのようになってきました。

信繁は村長の長兵衛相手に商談を開始。高い耐久性と装飾性を売り込みますが、相手はこんなものはいらないと言います。ところが信繁の狙いはそこではありません。作り方を教え、ブランドの使用権を譲り、とライセンス料一割を徴収したいと提案するのです。おお、ビジネスマンだ。『タイムスクープハンター』になっても違和感がない回です。

真田丸真田信繁2霜月けい

 

昌幸の兵法書の極意は、もしかして囲碁から読み取れる?

ライセンス料の前金が入った真田屋敷では、久々にごちそうを作り皆で食べることに。そんな中、内記に囲碁で連敗している大助は、一人で碁盤の前にいるのでした。
父ゆずりの毛皮を身につけた信繁はだんだんと父に似てきており、この場面もどこからか昌幸が見守っているのではないかと思わせるものがありました。昌幸は退場しましたが、彼の気配はドラマの中にまだ残っています。

信繁はそんな大助の元に向かい、囲碁を教えて欲しいと言い出します。囲碁で負け続けた大助は父に教えること、そして父に教え方がうまいと言われることで、自信を取り戻してゆきます。

ここで気になるのは、信繁は実のところ囲碁を知らないということです。これはおそらく信之も同じです。この兄弟は崩将棋で遊んではいても、囲碁はやりませんでした。そうなると思い出されるのが、昌幸の兵法書です。囲碁を知る人であれば解ける暗号が仕込んであるのに、囲碁を知らない兄弟にはわからなかった可能性があるかもしれません。

久々の豪勢な食事に浮かれ、歌い出す真田家の人々です。信繁は穏やかなまなざしを団らんに注ぎます。するとそこへ一陣の風が吹きつけます。見ればそこには一人の男。男は元宇喜多秀家の家臣・明石全登であると告げるのでした。彼は信繁を迎えに来たのです。

 

今週のMVP:きり

今週だけにはとどまらず、もうこの人は作品全体の裏MVPでもよいのではないか、と思ってしまうほど好きです。序盤は鬱陶しかったのに。幽閉生活でも縫い物を教えて生活費を稼ぎ、真田紐作りでも彼女が一番役に立っていたわけで、本当にこの人は大事な存在になっています。

春との和解、姉妹のようになる過程も、アナ雪大ブームも記憶に新しい昨今です。好評でしょう。昨年、一人の男を挟んであまり麗しくない姉妹愛を見せるヒロイン像を見せ付けられたことと比較すると、随分救いのある関係性でした。

序盤は「私が、私が」と自分のことばかりを押し出してきたきり。それが年齢とともに、周囲の人のために尽くして生きるようになり、ついには「菩薩の心」とまで言うようになりました。笑っておちゃらけてはいますが、信繁と結ばれたいと思う心が消えてゆく、その葛藤はどれほどのものだったか考えてしまうのです。かつては源次郎様の行く所ならどこまでもついて行く、と強引について来たあのきりが、自分から去ってもよいと言う、そこまでの心理を想像すると重たいです。
一方で信繁の顔を見ていると、もしかして彼はずっと自分の側にいたとても愛おしく、大切なものを、つかみ損ねたと薄々気づいているのではないか、と感じたりもして。なんだこのじれったい二人は!

思えば序盤から、どんな過程を得て信繁ときりが結ばれるのか、気になるところではありました。歴史ものはある意味最初からネタバレしていますが、この二人の関係は全く予想ができませんでした。それがこんな熾火が静かに燃えているのか、そうではないのか、曖昧なままになってしまうなんて。結ばれないけどそれなりに幸せな生活を手に入れたきりが、全てを失ってしまうなんて。

私はカップルの行方はあまり気にしない方だと思うんですが、敢えて言いたいと思います。源次郎! 大坂に向かう前にきりを熱く抱擁していいんだ、思いの丈をぶつけてもいいんだ。いや! むしろそうしてくれ、きりちゃんに一瞬でも夢を見させてやってくれよ〜!! こんなにきりが愛おしくて不憫に思える日が来るなんて、我ながら驚いております。

 

総評

今回は流れゆく「歳月」そのものが主役のような、穏やかな回でした。

大名として領地経営に苦労する信之。人質となりながら思い出の中に生きる薫。拾った命を生かし商売人として活躍するたか。九度山でそれぞれのささやかな幸せを見つけた面々。しかしこの回の44分間は、ただ崩されるために積まれたジェンガの如きものです。最後の一分間、この儚い幸せは崩れてゆくと暗示されます。

穏やかにおもしろおかしく、九度山の日々を描かれてきました。ここで視聴者は残酷な選択肢を見る羽目になります。この平穏な日々を見ていたいのではないか? それとも戦乱が見たいのか?

後者を、大坂の陣を、視聴者はずっと望んでいたはずです。

初回冒頭、赤い甲冑に身を包んだ真田幸村の姿を見たときから、そうだったはずです。

ところが今はどうでしょう。この平穏な暮らしもまた、ずっと眺めていたいあたたかさに満ちているとは思いませんか。運命は、そして信繁自身の選択は、このささやかな暮らしを突き崩します。そしてその崩壊を、私たちはずっと待ち受けてきたのです。

彼が何を捨て去ってまで得ようとしたもの。そして捨て去ったものが何なのか。あなたたちは真田信繁が戦陣に戻ることを望んできたでしょう、待ち受けていたでしょう、しかしその代償として彼はこのささやかな幸せを捨てたんですよ、と本作は突きつけます。

来週、私たちはその選択肢の先を見ることになるでしょう。その先にあるのは、とても残酷で、そして心躍る展開です。

 

 

 

第40回「幸村」 残り1%をただ全力で駆け抜けるためのエゴイズム

こんばんは。先週の回数で思わぬ反響があったようです。

◆真田丸効果で真田紐売り切れ | 2016/10/3(月) – Yahoo!ニュース

大河ドラマ館の入場者も伸び続け、関連グッズも売れており、出演者による各種イベント出演もまだまだ続いています。

◆真田が伊達政宗を抜く 真田丸が変える歴史グッズ事情 
◆真田丸効果!? 須坂市観光パンフ、異例の「秋号」 品切れ、急遽発行 長野(産経新聞) – Yahoo!ニュース 

よくぞここまで頑張った、と思います。視聴率的には過去の作品と比較するとさほどでもないと言われていますが、秋には消化試合に突入している作品もある中、十月になってまで話題になっているというのはよいことです。

そしてこれは、本作が賭けに勝ったということでもあります。
真田信繁の人生は、最期の一年間が最も輝きます。知名度抜群とはいえ、彼を主役とするとなると、終盤まで物語の主役として輝くことは難しい。その最終盤まで、視聴者を脱落させないことこそが本作の課題でした。これから大坂の陣になるというのに、視聴者の関心は消え失せている……それだけは避けねばならない事態でした。

そんなわけで、ここまで一定の、しかも九度山蟄居という展開でも視聴率を保ち、話題性もあるというのはまずは上出来です。あとは肝心の最終章の出来次第です。ここからが正念場です!

真田丸PV 大阪城に5千人集結 | 2016/10/9(日) – Yahoo!ニュース

大阪ではこんなイベントもあり、期待十分です。ここまで盛り上げてこなければ、イベントもできなかったことでしょう。

 

大坂城に残る古株は片桐且元だけに……

本編です。

九度山で苦しいなりにそれなりに楽しい生活を送り、あたたかい家庭を築いた信繁。その信繁のもとを、旧宇喜多家臣・明石全登が訪れ、大坂・豊臣家の加勢を頼みます。
しかし、信繁はすげなく断るのでした。

一方で信濃の真田信之も、江戸の徳川秀忠から呼び出され、大坂のきな臭さを感じていました。信之は手に震えを感じています。病か、それとも神経性のものでしょうか。

真田丸真田信之

いったんは断られた全登ですが、あきらめません。会って頂きたい方がいると信繁と話を続けようとします。そこに待っていたのは、大坂城で何かと顔をあわせていた片桐且元でした。隠棲していて世情に疎い信繁に、且元は切迫した状況を説明します。それによりますと……。

豊臣家の家臣は次々と世を去り、今残る古株のものは且元だけになっていました。事の起こりはいわゆる「方広寺鐘銘事件」です。徳川家康は言葉巧みに、秀頼ら大坂方に寺社の修復を勧めていました。そうすることで、豊臣家の蓄えた財産を使わせる策でした。

こうした建設ラッシュは何も秀頼だけが狙われたものではありません。
各地の大名も、寺社仏閣建設のために金銀を随分と使うことになります。例えば、日光東照宮には各地の大名が競って寄進した立派な建造物があります。太平の世の大名は戦ではなく、いかに豪奢なものを建てるかによって、威光と徳川家への忠誠を示したわけです。

こうして見ると家康の策はいかにも狡猾ではありますが、思い出して欲しいことがあります。かつて豊臣秀吉が太平の世を実現した時、各大名を無力化するために何をしたかです。あのときは朝鮮出兵というカタチでした。あれと比較すれば、家康の大名無力化策はまだマシに思えるのではないでしょうか。

 

豊臣方は、さすがに家康を舐めすぎか

方広寺の大仏開眼供養のため、豊臣家は清韓という南禅寺の長老に、鐘に刻む文章を依頼しました。
ところが家康はこの銘文が気に入らないと難癖をつけます。大坂方は困惑し、清韓は激怒しますが、第二稿が作成されます。
家康に腹を立てた清韓は、「国家安康」という句を入れました。国家が栄えるという意味ですが、家康の諱を切断する失礼なもの。さらに「君臣豊楽」という豊臣を言祝(ことほ)ぐ句を入れました。
この銘文で鐘はできあがってしまいましたが、家康は呪詛だと難癖をつけるのです。

経緯を見ると家康のモンスタークレーマーっぷりが酷いように思えますが、諱に対する禁忌は東アジアでは強いものです。ちょっと流石に豊臣側はナメていたんじゃないかな、と思います。

真田丸徳川家康

家康のクレームに大坂方は大弱りです。大弱りで、予想すらしていなかったあたりが駄目だと思います。
とはいえ、家康のクレームのタイミングも悪いのです。文案を出した時点では黙っていて、鐘が完成したから文句を言うわけです。今でもいますよね。デザイン案の時点ではあっさり許可したのに、製品化した時点で文句をつける嫌なクライアントって。こうなると炎上は止まりません。

大坂方は鐘を今更作り直せない、延期しかないのか、と焦ります。
そこで且元はお上様=茶々に相談します。茶々は、美貌こそ昔のまま、さらに堂々とした風格も備わり、まさに大坂城の要となりました。そんな彼女の依頼を受け、且元は駿府にいる家康の元へ釈明に向かいます。

しかし駿府で待ち受ける本多正純は、且元の弁明を一切聞きつけません。豊臣と徳川の間で板挟みになり、且元は胃と心が痛タタタタ……。一月も粘って家康に面会しようとしますが、結局果たせないのでした。

 

弱り果てた片桐且元、咄嗟に三箇条のウソをつく

駿府からの帰路、且元は大蔵卿局と出会います。
なんと大蔵卿局もまた駿府に向かい、家康と面会できていたのでした。ここで窓口を一本化できなかったことがのちの悲劇に繋がります。
家康は大蔵卿局と且元に、それぞれ別の返答をしていました。ここで且元。

  • 秀頼の移封
  • 茶々を人質として江戸に送る
  • 秀頼の参勤交代義務化

実はこの三箇条は本多正純が突きつけたものではなく、且元が家康の怒りを解くための条件を自分なりに考えたものでした。
この三箇条は且元の私案であるということは、最近の説を取り入れています。且元は大蔵卿局の態度に怒り、つい口走ってしまったのでした。

真田丸片桐且元

しかし悪いのは且元だけではありません。
勝手に行動した大蔵卿局も軽率ですし、彼女の行動を許可した豊臣家の上層部にも問題があります。あくまで正式な交渉役は且元なのですから一本化すべきでした。
大蔵卿局がいくら主張したところで「正式な使者ではない相手に、オフレコで言ったことなんで知りませんよ」と徳川方はシラを切れます。彼女の言うことは、且元のものよりあくまで一段下と扱うべきでした。ところが豊臣家はそうしません。

且元の三箇条は、事態をますます悪化させます。
大蔵卿局が本多正純に確認したところ、そんなことを言った覚えはないと返答がありました。且元が勝手に考えた三箇条に、秀頼は困惑、茶々は呆れ怒ります。さらに大蔵卿局の息子である大野治長が、且元に逆心があるのではないかと言い出します。

ここで茶々が、
「この男はそんな男じゃないですよ。彼にはそんな度胸も知恵もない。悪く聞こえたならごめんね」
と、すさまじい嫌味がこめられた、フォローになっていないフォローをします。
茶々の冷たい表情に加えて軽蔑をこめた言い回し。且元にとって茶々は、秀吉の側室であるというだけではありません。かつての主である浅井家の大事な姫君です。ずっと忠誠を誓ってきた相手です。その人にこんな態度を取られて、彼の心はズタズタでしょう。

真田丸茶々(淀)

 

大坂城を追われる且元 家康は予期していた?

かくして大仏開眼供養は延期となります。さらに且元は大野治長の刺客に追われ、大坂城を脱出することに。長年の忠臣を疑い、刺客を放つ治長も駄目な男であることは言うまでもないでしょう。

脱出の直前、且元はかつて石田三成と大谷吉継がいた文庫や、三成が送った桃の木を見上げます。
書状や書物がびっしりと積み上げられた文庫も今はひっそり。もしまだ、ここに三成や吉継がいたら………そう思ってから冷静に考え直すと、その二人をもってしても豊臣家を救えなかったのが関ヶ原の戦いであるわけで、豊臣は完全に詰んでいるわけです。

且元は自分が去ることで豊臣家が一致団結することを願いました。
ところがこの決断が、豊臣家をさらなる苦境に陥れてしまうのです。正式な取次役が追い出されたことを知った徳川家は、これを大坂側の手切れとみなして宣戦布告してきたのです。

この経緯を聞いた信繁は何とも言えない顔をしつつ、家康はこうなることを見越していたのかもしれない、と感想を述べます。大坂方は、一発逆転を狙う牢人たちをスカウトしていました。もう大坂に戻れない且元は、せめて忠誠を誓いそうな信繁を呼び寄せたいと思っているのです。

信繁は断ります。信繁は大軍を率いた経験がない、とらわれの身である、戦がそれほど好きではない、と理由をあげます。自分は死んだものと思って欲しいと言い残し、立ち去る信繁。
一人縁側で考え込んでいると、そこへきりがやって来ます。

 

きりは信繁に自分の姿を重ね合わせていた!?

きりは誰がやって来たのか、どんな用件なのか、お見通しです。
信繁は豊臣に加勢を頼まれたが断った、と言います。きりはいつかこんな日が来るような気がしていた、とつぶやきます。さらに何故断ったのか、行きたいと思ったのならば行きなさいよ、と発破を掛けます。
信繁はきりが茶々を警戒していたことを思い出し、驚いたと言います。きりはそれも承知で行けばいい、と続けるのです。

大軍を率いた経験がないと言う信繁に、きりはあの徳川を破った真田昌幸の子なんだから、戦上手に決まっていると皆思うはずだと励まします。あとは「ハッタリ」よ、と言うきり。まるで昌幸が憑依したかのような言葉です。

さらにきりはたたみかけます。

「小県時代は父に振り回され、大坂では太閤に振り回され。聚楽第落書事件の犯人もわからなかったよね(第二十回)。沼田の談判も結局北条にとられた(第二十二回)。北条氏政を開城させるよう潜入したけど、それも結局はあとから説得した【ナントカ官兵衛様】のお手柄(第二十四回)。何もしてないじゃない、何の役にも立ってない、誰の役にも立ってない。私の好きだったキラキラ源次郎様はどこへ行ったの? 私が胸を焦がして大坂まで付いていったあの源次郎様は!」

おぉ、おぉ、たたみかける! 私も含めた視聴者が突っ込んでいた「源次郎、実は策を弄するも役に立っていない」という点。そして散々突っ込まれて朝日新聞のコラムで三谷さんが説明することになった北条攻めでの黒田官兵衛についても触れています。
「ナントカ官兵衛」には笑いましたけど。

源次郎は、
「そんなことわかってるよ! 自問自答済みだから!」
と返すわけです。そういいながらも「でも自問自答するよりお前に言われる方が心に染みた……礼を言う」と付け加えます。

真田丸真田信繁2霜月けい

このきりとのやりとりは最高だと思います。ある意味お互い、鏡を見ながら話しているようなものだとも思います。
「何の役にも立っていない、誰の役にも立っていない。キラキラしていたあのころはどこに行った?」
という問いかけは、きりも何度も繰り返していたと思います。

小県時代のきりは梅に負けっぱなしで愛する源次郎に振り回されていました。大坂時代のきりは、やっぱり源次郎に振り回されていました。そのころのきりは、いつかきっと源次郎と結ばれ、子を為すという夢もあったでしょう。父の内記からも期待されていました。キラキラしていて、夢があった時代。そんな日々は過ぎ去り、妻にもなれず、母にもなれず、一体私の一生は何だったのか、と思い悩んできたでしょう。

何者にもなれず、何事も為せない自分。キラキラしていて可能性に満ちていた日々を、どこかへ失ってしまった自分。気がつけばそれは自分だけではなく、自分のそばにいたあの人も同じだったと気づくわけです。鏡に映るあの人がかつてのように輝けば、私もきっと輝けるかもしれない。これは私のためでもあり、彼のためでもある。きりはそう信じて、背中を押したのです。

 

ありきたりの回想シーンではなく、そこに刻まれていたものは

きりとの問答のあと、源次郎の胸中には様々な人々の思いが、秀吉の病床にあった鐘の音とともに去来します。
豊臣秀吉、茶々、石田三成、上杉景勝、宇喜多秀家、北条氏政、伊達政宗、千利休、呂宋助左衛門、大谷吉継、薫、出浦昌相、真田信尹、真田信之、真田昌幸、梅、板部岡江雪斎、とり。
己の運命(さだめ)は何か。

真田丸豊臣秀吉

信繁の夜は更けてゆきます。今までほとんどなかった回想を解禁され、最も効果的な使われ方もしました。しかもこの人たちの名前がOPで出てこなかったこともサプライズ感を増していました。

私も涙ぐんでしまった回想ではありますが、感動的なだけではなく、どこか背筋が冷たくなるような感覚もありました。希望のように、呪縛のように、輝きながら消えゆくいくつもの言葉。信繁はそれを吸収し刻みつけてきたけれど、発した側は忘れているかもしれません。あるいは信繁をこうも縛ってしまうならば、言わねばよかったと思うかもしれません。

「地獄への道は善意で舗装されている」とはよく言ったもので、この言葉がこの回想シーンラッシュを表していると言えるでしょう。確かに素晴らしい、感動的な場面です。しかし考えてもみてください。三成も吉継もいない豊臣が、形成逆転なぞ無理な話です。その絶対勝てない戦の中へと、美しい言葉の数々が信繁を引きずりこむのです。

もう一つゾッとさせられるのは、この回想に出てこない人々の顔ぶれです。
豊臣を見限った、あるいは豊臣によって破滅させられた人々である秀次、寧、小早川秀秋は出てきません。義を貫くことが主君の願いと知りつつも、非現実的だと苦い顔をしていた直江兼続も登場しません。彼らがもし出てきたならば、信繁も冷静になれたかもしれませんが……。

イラスト・霜月けい

 

真田左衛門助幸村、よい名だ

翌朝、信繁は己に縁のある単語を紙に書き付け、大助に一文字ごとに切り離させ、壺の中に入れます。

信繁は畑の里芋を掘り返し、全て収穫するよう大助に指示します。
大助は先のために残しておかずに、全部収穫することを訝しむのでした。里芋といえば、第十五回最後の場面で豊臣一族の面々が口にしていたものです。子孫繁栄を示す里芋を、種芋を残さず信繁は収穫せよと命じたのです。

信繁は大助を呼び寄せ、これから使う新しい名を決めることにしたと告げます。
真田一族代々の字であり、信之が捨て、昌幸から受け継いだ「幸」は決まっています。残りの一文字を、大助のくじ引きによって決めたいと信繁は言います。

「大事なことをくじで決めてよいのか」
そう尋ねる大助に、大事だからこそくじで決めると返す信繁。大助は戸惑いつつくじを引きます。そこにあったのは九度山村の「村」でした。苦笑しつつもおもしろいと感想を述べ、彼はついに「幸村」と名乗ります。

真田左衛門助幸村、よい名だ。そう彼は語ります。

ここで一介の牢人真田信繁は、真田幸村となるのです。

 

MVP:きり

まさか二週連続できりとは思いませんでした。きりはもう、本作のヒロインMVPでよいと思います。

きりは新たなヒロインの可能性を示しました。
主人公の妻ではなく、子を産むわけでもなく、励まし続けるわけでもない。
大河ヒロインの陳腐で典型的な台詞として「戦はイヤでございます!」があげられますが、むしろきりは戦に突っ込め、戦に赴けと励まします。穏やかな笑顔でニコニコと癒やし系になるわけでもなく、ふてぶてしい顔のまま駄目出しをして発破を掛けます。

梅が主人公にとって一番言われたい台詞を先取りするヒロインであったのに対して、きりはうっとうしく耳に痛い言葉を言い続けます。

私は、きりは信繁の袖をしっかりと握りしめ、戦いに行くなと止めると予想していました。それを見事に裏切りました。素晴らしい。きりの行動は予想外なんです。歴史ドラマの欠点は結果がわかっていることですが、きりの場合は予想ができませんでした。それが本作のおもしろさの幾分かを形成していたのは否めません。

型破りですよね。序盤はバッシングの対象でしたよね。そして何より今週で証明されましたが、きりはとことんエゴイストです。四十を過ぎた男に、私が恋い焦がれた頃のようにキラキラ輝けと発破を掛け、戦場に送り出そうとします。そうすればまるで自分の恋心が、永遠に消えない結晶になるから、とでも言いたげに。

なんだかペテンにかけられた気分です。
優等生でなくとも、良妻賢母でなくとも、ヒロインになれます。きりは最低最悪で、だからこそ最高のヒロインです。こんなヒロイン像を生み出してしまった本作は、記憶に残る作品になることでしょう。

 

総評

ついにこの時が来ました。真田信繁が幸村になりました。

ちなみにこの幸村は、あくまで別名という扱いです。こちらのインタビューにそのあたりも書かれています。

◆「真田丸」主人公・真田信繁ついに幸村に!猛将の側面描き終盤へ加速 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能 

実際には信繁のままで幸村を名乗っていないにせよ、本作ではこのタイミングでの改名が最高のエッセンスになりました。第三十七回で、信之は苦渋の決断の末、「幸」を捨てました。第三十八回で、昌幸は悔しそうに捨てられた「幸」を信繁に拾えと言いました。そして今回、拾うわけです。

ここまでの流れは素晴らしいと思います。片桐且元の口から語られる決裂の過程もよくまとまっていました。しかしここで私が気になるのは、信繁という名前が変えられたことです。

いくら別名とはいえ、これからは「幸村」と主人公は名乗ります。一方で名乗られなくなる「信繁」は、兄をよく支えた武田信玄の弟からとったものであるはずです。幸村を選ぶということは、「信繁」として弟を支える役目を捨てることではないかと思うのです。

ずっと苦しい中でも支援してきた信之にしてみれば、弟がそれを裏切り、大坂につくのはショックでしょう。信繁から幸村への変化はまさにその象徴です。本作は真田一族を船にたとえ、皆で支え合い大変な時代を乗り越えてゆくことがテーマとされていました。しかしここまでくると、幸村はそんなことを捨てて自分探しに突き進んでしまうわけです。

幸村が大坂に入城することは英雄伝説への一歩であり、待ち望んできたことです。しかしそれはとんでもなくエゴイスティックな決断であると私は感じました。

そう感じさせたのはきりの言動のおかげもあるでしょう。本作はただ歴史の流れをなぞるだけではなく、その過程で主人公の決断の意味を示し、そのマイナス面も見せ付けます。
あたたかい家庭を捨て、支えてくれた兄を裏切り、四十過ぎて自分探し!
こうまとめると主人公は痛い奴です。しかしそれがよいのです。主人公の痛さが心に引っかかり、忘れがたい印象を残し、英雄といえど私たちと同じく苦しみ悩む人間だと教えてくれます。

人生の99パーセントが失敗だとしても、残り1パーセントを全力で駆け抜ければよい――。

それを感じさせてくれるのが本作の魅力です。

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