スカーレットあらすじ感想

スカーレット3話あらすじ感想視聴率(10/2)本気になった貧困描写

更新日:

スカーレット3話 感想あらすじ~視聴率は20.6%でした

スカーレットあらすじ感想
スカーレット視聴率

ときは昭和22年(1947年)――。
喜美子の通う新しい小学校には、心浮き立つ時間がありました。

給食です。

まだ週二回、補助食扱いで主食は持参。
それでもきみちゃんにはうれしい時間です。

「鬼畜米英!」
と、叫んでいた戦時中の日本。敗戦によって、生活は好転しました。しかも、鬼畜と呼んだアメリカの力も大きいのです。

昭和21年(1946年)からの「ララ物資」(※アメリカを中心とした日本人救済事業)等の援助活動により、日本の子供にも食べ物が届き始めます。

GHQの政策により、小麦粉によるパンや脱脂粉乳が給食に登場するのはこの後。

そういう戦後食糧史をプロットにからめれば面白くなるもので、ここ数年は疎かでした。しかし、NHk大阪にそういう資料ストックや知識がないわけがない。
今年はキッチリ対応してきたようです。

 

給食、それは美味しい時間

曲げわっぱやアルミのお弁当箱から食べる級友たち。
セリフも役名もないような子役たちが、当時の子供のような雰囲気を出していて見応えがあります。

もくもくと、結構ガサツに食べる。
頬も日焼けしているし、顔も不敵で、役作りを感じます。

照子ちゃんなんか、セリフもなくて画面の隅っこに写っているだけの場面でも、他の子よりずっと気取った食べ方をしている。

しかもパン。もくもくとお嬢様らしく食べています。
他の女の子はおかっぱ頭。リボンに長髪というだけで、教室内のお姫様状態です。

それに対して、主食もない喜美子は野生児そのもの。
あっという間に食べ終わってしまう。照子に目線でその主食くれアピールをするものの、通じません。

喜美子の隣の席にいる信作は、おむすびをもくもくと食べています。
こちらも、満面の笑みを浮かべた喜美子におびえ、背を向けて食べるのでした。

にしても喜美子の笑みが怖いぞ!
子役から本役への交替で、このど迫力をどこまで引き継ぐのか、楽しみです。

しかし、母のマツにとって給食は頭痛がしてしまう問題でもありました。

陽子から給食費のことを聞かされて、気が気ではありません。
マツは今日も陽子からジャガイモをもらっています。しかも、お金のことは気にしないでいいと言いつつ、フキまでつけてくれるのです。

フキか〜。
親切ではあるのですが。それでも山菜というあたりに、食糧事情の厳しさを感じます。

本作と『なつぞら』を比較すると、同時期北海道の食料事情がいかに恵まれていたか、おわかりいただけるかと思います。
当時の北海道は、全国一食糧面で恵まれた地方でした。

陽子は、着物を売るのならばこのあたりでもええのに、とジョーのことを気遣っています。
マツは見栄もあると言うわけですが……どうでしょうね。

大阪はええとこやもん。ようけ楽しいことあんねん。ジョーカスはそういう誘惑に負けたのかもしれへんで。

喜美子は洗濯中。
洗濯板でゴシゴシと洗っています。
そのコツを直子に伝え、やってみいと誘導しているようにも思えるのですが。

「いやや、なんでそんなつまらんことせなあかんねん!」

全否定です。
直子はこれからも姉を振り回すのでしょうか。しかも、姉のふかし芋を食べている。

そこを指摘されると「給食食べてきたやろ!」と返すのです。
うーむ、手強いな。

 

お父ちゃんが帰ってきたで

「お父ちゃんや!」

ジョーが帰ってきました。
荷物から酒瓶を出すことには、もう突っ込まないとしまして。

ジョーは喜美子におかゆを作れと言います。お米のおかゆさんだと驚く喜美子。

そうそう、おかゆさん。
飴は飴ちゃんやし、かゆはおかゆさんや。

白米と卵を見て、貴美子は目を輝かせています。

「こんなこうてお金のうなったんちゃう?」

嬉しいけれど、不安ではある。
卵は一日一個食べよかなと思ってしまう。

「そんなケチくさいこと言うとケツ叩くで、もう」

貴美子は一個だけあたためてヒヨコを生ませようかな、なんて言い出す。

「アホなことばっか言うとんな、はよ作れ」

喜美子は洗濯が途中だったとここで慌てています。
コミカルですし、関西弁のテンポがおもろい。

でも、喜美子はかわいそうな子ではある。
ずっと洗濯して、ご飯も作らなければならない。読めない漢字を勉強する時間も、友達と遊ぶ時間もありません。

食料事情も劣悪です。
コメを炊かない。かゆにする。そこに卵を入れることが最高の贅沢。

貧乏が身に染みているせいか、浮かれるだけでなくて、金のことを心配している。明るく描いているけれども、そこにあるのは深刻な貧困です。
ここ数年の朝ドラヒロインでも、経済的には最低クラスではないでしょうか。

NHK大阪は本気ですね。
ここ数年は資産家、上流階級主人公ばっかりだったものな。

貧しくても気の持ちようだとは言う。
戦後すぐなんて、みんなそんなものだとは言う。

そういう明るい掛け声は、実態を見えにくくするものです。貧しくて、苦しくて、困っていた人がいた事実は消えません。
誠意を感じるドラマやね。

 

心の栄養不足

ここで喜美子は気づきます。
見知らぬ男がいる……ジョーは草間宗一郎を連れて帰ってきました。

大阪の路地裏で殴られていた男です。
幸いにも、怪我はたいしたことはない。問題は心の栄養不足――終戦後、そういう人を見てきたと医者は語ります。

戦場で味わった経験。つらい記憶が心に傷を残すこと。古代からそういうことはあったものの、人類がそれを認識し始めたのは20世紀前半、第一次世界大戦でした。
精神分析学が発見された時代のことです。

第二次世界大戦後も、まだ途上。
社会問題として認識され、より深く分析されるのはベトナム戦争のあとあたりから。PTSDという言葉と概念はそこで生まれました。

そんなことをジョーはもちろん、医者もハッキリとは認識できてはいない。とりあえず空気の良いところでの養生を勧められたので、引き取ったのだと。

何者なのか。
それすらしゃべらないからようわからん。
それでもジョーは見過ごせず、連れてきたのでした。

わからへん人をなんで連れてくるのか。
喜美子はそう言います。

「ええからはよう、かゆつくれ」

喜美子が冷血だとは思いません。
現に生活が苦しい。助ける余裕があるか。本音を包み隠さない気の強い子供なら、そうなりますよね。

 

卵かゆがごちそうです

そしてその夜、卵かゆの晩ご飯です。

喜美子は宗一郎にあげたくないのか。よそうことに抵抗感があるらしい。

それではアカンと、ジョーが咳払いをする。顔芸で、父子が会話をしていておもろいなぁ。

ここの場面、最高でした。
演出も演技指導も、演じる側も、心の底から楽しんでいると伝わってきます。

そこにマツが入ってくるのです。マツは嬉しそうにこう言います。

「おいしそうにできたね、ありがとう。ようけ食べてください」

「卵ぎょうさんやな、すごいな。よう味おうて食べような」

と、平和なのはここまで。直子が暴れます。

「少ない!」

「お芋さんふかしたの食べたでしょ」

「少ない!」

暴れる妹に、喜美子はかゆを分けます。ええ子や……。

「ええの?」

「給食食べたから、ええ」

「ほないただきまーす」

こうして、食事になるのですが……おかずはない。こんな少しの卵かゆが贅沢だなんて。貧しさに、やっぱりショックを受けますよね。
きみちゃんだって、あれだけ暴れたら腹が減っているでしょうに。

「いただきます……」

宗一郎はそう言うものの食べないのです。

袖が破けていることもあってか、何か深い傷のようなものを感じさせます。

「お口にあわしませんか?」

マツは尋ねる。
そしてジョーはこれやで。

「喜美子、酒持ってこい。草間さん飲みたいて。はよ持ってこ!」
※続きは次ページへ

次のページへ >



-スカーレットあらすじ感想

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2019 All Rights Reserved.