西郷どん感想あらすじ

『西郷どん』感想あらすじ第7回「背中の母」

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なんでもないような夜が長々と続き

宴会のあった西郷家。
ロフトみたいな謎の夫婦の寝室に場面が変わります。布団がわっぜ豪華。

ここで須賀、
「笑おうと思っても笑えない」
と告白します。

逆に、ずっとスマイルを浮かべて、新婚夫妻の部屋にいる満佐さんが無粋では。
更には、やっと二人きりになったかと思ったら、弟が「布団がふかふか~」とやって来ます。

……長い。
なんか変な期待をさせつつ、無駄に長いorz

子作りをフライングで終わらせ、
「口吸いどころではないではないか!」
と兄・信幸を驚かせた『真田丸』の真田信繁くんを見習って欲しいデス。

今回でこれなら二番目、三番目の結婚はどうするつもり?

 

ウナギ>幕末の重要イベント?

翌日、家事を習う須賀。
この階級の幕末武士の娘で、家事をはじめから習うのは不自然に思えます。
実際、西郷の妹たちは普通に働いております。

では、ドラマとして面白いのか?
と考えてみても、全然知らない人が後任者に仕事の引き継ぎをしているのを見させられているようで。

そして、コチラは何度やらせれば気が済むのか――吉之助がまたまた近所の川で鰻を取っています。

西郷どん西郷隆盛(鈴木亮平さん)

寺田屋事件やら、禁門の変やら、長州征伐やら、薩長同盟やら、江戸城無血開城やら、戊辰戦争やら、征韓論やら。
幕末の薩摩が関わるビッグイベントの貴重な時間が、うなぎや家事見習いで削られてるかと思うと、切なくなるばかりです。

吉兵衛は何度目かののろけ話をします。

しかしその翌朝、なぜか突然に永眠。
悲しみが一切湧いてこないほどの呆気なさでした。

父の墓前で、満佐はふらつき、熊吉に支えられます。
帰宅すると、須賀が「不幸が二人も続いたから、人形を埋めないといけない!」と言い出します。

これを祖母・きみが「聞いたこともない」と一蹴します。
このやりとり、ナンノコッチャ……。

 

涙がにじむどころかチベットスナギツネ顔状態

島津斉彬は江戸へ。
選抜メンバーには、薬丸自顕流の得意なフレンズ・大山格之助、お調子者のフレンズ・有村俊斎くんが選出されました。

吉之助は選ばれません。
不満そうです。

そして今日のラストシーンは、桜島を前にして母を背負う吉之助です。
公式ツイッター曰く、

死病を患う母のために、吉之助ができることは何か? 親子の愛の姿に、もはや涙は止められない――。

とのこと。音楽も感動的に盛り上げようとします。

私は……すみません、涙がにじむどころかチベットスナギツネ顔状態で画面を眺めてしまいました。

※↑こんなお顔のキツネさんです

これから死ぬというのに、やたらと長々と、ハキハキと語る母。

そもそも病というわりには、普段着のまま髪もほどかずに寝ていた母。
ロケして撮った豪華な背景の前で、あざといまでに泣かせようとする演出。
糸の時といい、やたらとおんぶ推しのワンパターン。

何もかもが、泣けない。
感動もない。

とにかくもう、こんなペースで西南戦争まで、どうやって重要イベントを描くのでしょうか?
最初から予定に入れてない、とか?

 

MVP:羽生結弦選手

五輪二連覇おめでとうございます。

今週のラストで泣けなかったのは、ドラマだけの責任ではないかもしれません。
現実の世界で、羽生結弦選手や宇野昌磨選手、ハビエル・フェルナンデス選手の活躍があり、フリーで気迫の演技を見せたネイサン・チェン選手にも感動させられました。

ドラマでのMVPは須賀。
花嫁衣装が綺麗でした。

 

総評

今週は、先週のようなツッコミどころの地雷原よりも、辛かった気がします。

ドコにも盛り上がる箇所がない――とにかく物語として成立させにくいのです。

なんせ嫁取り話が、なかなか酷い。
貧乏人の子だくさんを切り盛りするために、働き手の嫁をもらうという、そういう話をなんとなく美談調にしています。

今年は、ナレーションの殺傷力が低すぎるのではないでしょうか。
この展開なら、5分で3人をナレ死させるくらいの力は欲しいところです。
そうしないと、中盤以降ペース配分が大変なことになります。

それはまあ、冗談半分にしましても、半分は本気です。
ラストのナレーションで「生涯で一番辛い一年」とありました。

それが制作側の意識ならば、本作は本当に厳しいと思います。
そりゃあ、平成を生きる人からすれば、祖父と父母を亡くした歳があればそう感じるでしょうけれども。

しかし、西郷隆盛は幕末明治を生きた男なのです。

西郷隆盛の人生は、これから大事な人をたくさん失います。

安政の大獄」の年は、主君、同志を失います。無理心中のようなかたちで、大事な人を失います。
「寺田屋事件」のときも、大事な仲間をたくさん失うわけで。「戊辰戦争」も。

祖父・父・母と身内の方が次々に亡くなるというのは、たしかに悲痛なことですが、彼らのようにそれなりに長生きの上で病死するよりも、死ななくてもよい人が理不尽な政治情勢で、非業の死を遂げるほうが辛いのではないでしょうか。

ネタバレになってしまいますが、福井藩の天才児・橋本左内なんて26才で亡くなります。
西郷の思想に影響を与え、そして安政の大獄で自らの意思を貫いた結果ゆえの死。
まさに不条理な最期でした。

幕末ですからこうした死がいくつもあるわけです。
そんな西郷隆盛の人生を、本作は、真面目におさらいする気があるのでしょうか?と言いたくもなります。

そしてこれが最大の問題なのですが……大事な人が死んでも何の感慨も湧かないのです。

ついでに言うなら、篤姫が大変な縁談をすることになるとか。
愉快なフレンズが江戸に行くとか。
そんなことを言われてもまったく気にならない。
「ふーん」で終わります。

歴史的な説明や考証のことは、いったん横に置きましょう。
それを差し引いて、現代劇として見ても「キャラが立っていない」。
ゆかいなフレンズなんて全員同じ背景キャラに見えます。

家族にしたって、公式サイトにはこんなことを書いてあるわけです。

龍右衛門:吉之助の祖父。涙もろく物静かで温厚だが、侍としての矜持(きょうじ)は忘れない。息子の吉兵衛はいまひとつ出世できなかったことを不甲斐なく思い、孫の小吉(吉之助)の成長を楽しみにしている。

吉兵衛:西郷の父。どちらかと言えば、ダメ親父。次右衛門とは、何かとケンカになる犬猿の仲。そろばん片手に会計係の仕事を細々とやっているが、実は若いころ、剣の腕がすごかったらしい!?西郷の優しさと人間味は父譲り。

満佐:男だったら家老になったと言われる肝っ玉母さん。貧乏でも明るく、子どもたちに愛情を注ぐ。「子どもは藩の預かり物」と考え、西郷を芯の通った男に育てようと愛をもって厳しく教育する。西郷の深い愛と胆力は母譲り。

そんなキャラクターでしたっけ?
たぶん私だけではないと思いますが、全然そんな印象、残ってませんよね?

だから彼らが亡くなったところで何の感慨も湧いてこないのです。

現在出演している郷中仲間は、史実を改変してまで吉之助周辺をウロウロしている人もいます。
それでも全然印象に残らない。
彼らの誰かが劇的な退場をしても、何も引っかからずに「ふーん」となってしまいそうな予感がします。

これ、ほんとうに恐ろしいことですよ。

私は、一昨年の『真田丸』第一回、出てきて僅か数分の時点で、武田勝頼を見ていて涙腺がゆるみかけました。
たった数分の出番で、彼は悲劇の男だというキャラクターが確立していたのです。

キャラが立っていたといえば、こんなニュースがあります。

高橋一生、「おんな城主 直虎」政次の熱演で最優秀助演男優賞に輝く!

こういうことなんだぞ、と。キャラが立っていると、俳優のキャリアにも影響を与え、栄光をもたらすわけです。
序盤はスロースターターと言われた昨年だって、第7回時点の検地回ではキャラが立っていたではないですか。

井伊直親に無茶ぶりされて凍り付く小野政次は、キャラが立っていましたよね。
そういうのが何もない今年。
どうするつもりなのでしょうか。

 

蛇足:「スイーツ大河」とは何ぞや

先週の「ラブ推し」から、「今年はスイーツ大河では?」という危惧がSNSで出てきております。
あるいは「少女漫画みたい」という評価もありますよね。

ただし、個人的にはこのあたりの言葉は使いたくないと思います。

この言葉には、
「恋愛大好きな女に大河を作らせた、あるいは媚びた結果駄作になる」
そんな「何もかも女があかんねん」思想が見え隠れしまして。

そういうのはフェアじゃないし、失敗の本質から目をそらす結果につながりかねない……と思うからです。
そこをふまえて、ちょっとそのあたりを整理してみます。

1.「恋愛描写」は悪なのか?

「今年がスイーツなら、ヒロインがイケメンから後ろハグされ、ヒロインとオリキャラと結婚した『直虎』もスイーツだ」
ここは違うと思うんですよ。

直虎の恋愛観は一本筋が通っていたわけです。
直虎の意識というのは、どんなときも「井伊家>>>>>自分の感情」でした。

序盤で最愛の元許嫁から「家と井伊家の姫という身分を捨てて結婚しよう」と言われたら、迷った末に断りました。
自分は家のために、いざというときスペアにならねばならないと悩んだ末の行動です。

龍雲丸との結婚は、守るべき井伊家が潰れ、自分も当主でなくなり、一人の農婦となってしまったあとのことです。
何者でもなくなって呆然としているどん底の時に、「なら俺の妻になれよ」と言われたから、結婚しています。
だから万千代(のちの直政)による井伊家再興の望みが出てきたら、それを支援するために、龍雲丸との結婚生活をこれまた悩んだ末に捨てているのです。

これは直虎だけではなく、登場人物全員が基本的にそうです。

於大の方は、家の存続のためなら孫・信康を殺せと、家康に迫っていました。
直虎の判断を受け入れて、明智光秀の子を助命した時も「徳川家に害が及ばない」という条件つきでの認定です。

物語の根底に、
「この時代、人は家を第一に選ばなければいけない。でも、この時代の人だって感情があるのだから、時にそれはとても辛く哀しい決断を迫られた」
という価値観があるのです。

家の存続と、人間的な感情の間で揺れ動くことこそドラマの骨組みでした。

例外は、家を捨てた龍雲丸率いる龍雲党です。
彼らは自由に生きていましたが、家という庇護がないからこそあっけなく死んでしまい、ろくに弔われることもない、そういう悲哀が描かれておりました……。

ところが『花燃ゆ』や『西郷どん』の場合、
「家とかどうでもいい、なんでラブで結婚できないの!」
と、自分の感情が優先されないことに不満を感じているだけなのです。

それはそれで悪くないかもしれない。
ただ、彼らの天秤の先には「家」なり「責任感」なり、重石がないのです。

だから、直虎のように「責任感」と「感情」の間で揺れ動いたりしないのです。
ただただ、ベタベタしているだけ。

『西郷どん』も、感情を重視する主人公への対比として、家や秩序を重んじる人物が対称的にいればもっとマシになるとは思うんですよ。

幕末は島津久光、明治だと大久保利通が適任ですかね。
感情と秩序の間で引き裂かれる、そういう深刻な葛藤があれば緊張感も生まれると思うのですが。

恋愛描写が悪いのではない。
「出来の悪い恋愛描写」が悪いのです。

2.史実から逸脱するのが悪いのか?

私のようなめんどくさい歴史オタクは、歴史系エンタメが少しでも史実からずれたり、時代考証が甘かったりすると、文句をつけるめんどくさい人と思われていますよね。

こんなニュースがありました。

【高論卓説】「西郷どん」時代考証批判にうんざり ドラマをつまらなくする定説の押し付け - SankeiBiz(サンケイビズ)

フフフ……まさに私が回答したくなる話ですよ、これは。

一部、記事から大切な部分を引用させていただきましょう。

そもそも史実は、古(いにしえ)の記録が発見された氷山の一角の事実を突き合わせた結果にすぎない。水面下には無数の、歴史学者さえも知りえていない出来事が山ほどある。ましてや、人の気持ちがどう動いたかの解釈は千差万別。人の心の動きに思いをはせて、作家や脚本家が自由に表現して、何が悪いと言うのだ。

一部の学者が唱えた定説の押し付けが、ドラマをつまらなくする。そして、この定説の押し付けは、ビジネスの場面でも山ほど見られる。私は、これがビジネス伸展を妨げている元凶だと思えてならない。

その通りですね。
本当に私のようなめんどくさい考証に突っ込むファンだったら、まずは昨年の小野政次について批判せねばならないでしょう。

そもそも妻子がいた政次なのに、ドラマでは独身。
ヒロインが突き殺すのはいくらなんでも盛りすぎですよね。

じゃあなぜ突っ込まなかったって?

創作として出来がよかったから。おもしろかったから。
以上です。

「史実通りにやるのが大正義」ではありません。
「そのまま史実をアレンジすれば十分面白いのに、変にこねくりまわした結果つまらなくなるのが、許されざる大悪」なのです。

こねくりまわした結果、史実に面白さを加点できるのならば、それは大歓迎なんですな。

◆史実通りにやろうにも、史料が不足しているので、創作描写を入れた。そしておもしろくなった→○
◆史実通りにやりたいのだが、現代人の価値観や放送時間帯を考慮すると厳しいので、創作描写を入れた。そしておもしろくなった→○
◆史実通りにやると、どうしても地味な展開になるので、創作描写で盛った。そしておもしろくなった→○

これは全部アリです。
料理で想像してみてください。

◆おいしい食事を作りたいのだが、材料が足りないので、買い足した。そしておいしくできた→○
◆おいしい食事を作りたいのだが、アレルギーやカロリーを考慮して、一部材料を変更した。そしておいしくできた→○

駄目な歴史ものでありがちなのは、
◆「史実通りにやるとややこしいし、なんかピンと来ないから、適当に創作した。その結果つまらない」
ということでして。これまた料理に喩えますと、
◆冷蔵庫に高級食材が入っているのに「下ごしらえめんどくさいし、なんか作るのがめんどくさいんだもん」と捨てられて、適当なレトルト料理を食卓に出されるようなもの。
とまぁ、手抜きしたうえで、まずいのが駄目なんです。

実は、史実と創作の兼ね合いという部分で、かなり悩んだ跡を感じたのが、2016年『真田丸』です。

この作品における第二次上田合戦では、史実通り徳川秀忠が時間切れで撤退した描写でした。
これをそのまま描くとどうしても盛り上がりにくいため、従来の作品では秀忠を大敗させる脚色がなされていました。

史実通りでも十分面白い描写でしたが、従来の作品と比較すると盛り上がりに欠けるという指摘もありました。

一方で、加藤清正の死は、史実とは異なる、徳川による暗殺描写を用いていました。

このように、史実と創作のバランスを考えた上で、一番妥当かつ面白いものを選んでゆく……そういう脚本家の三谷さんのバランス感覚が、あのドラマを傑作にしたわけです。

ついでに言いますと……。
「昨年より今年はいい」というニュースは見飽きています。
というか、むしろそれが題材的、宣伝費用的には当然。
諸条件からして、昨年が前頭3枚目なら今年は横綱ですよ、知名度ダントツですもの。

にも関わらず、昨年と競っているようなら駄目です。

西郷隆盛という題材は、史料残存状況も良好、知名度も抜群です。
いわば横綱相撲を取って当然。

それなのに、薄っぺらい恋愛ドラマや尻の筋肉、ロシアンルーレットに頼っているというのは、横綱が猫騙しを連発しているようなもの。
批判は当然です。

3.歴史もので動かして良い部分と駄目な部分

これまた何度も繰り返して書いて来ましたが、私は『戦国自衛隊』、『魔界転生』、『柳生一族の陰謀』、『グレートウォール』、『高慢と偏見とゾンビ』のような作品が大好きです。
史実に自衛隊やらゾンビやらUMAをぶち込んでも、面白ければありなんです。

ただ……これらの作品は基本として動かしてはいけないものを守っているという、そんな共通点があります。

それは「その時代の歴史・価値観」や「原作にあった味わい」をイジッてはいないところです。

『戦国自衛隊』(オリジナル版)では、自衛隊がタイムスリップするというトンデモ展開ながらも、戦国時代人の揺るぎない殺伐とした価値観は動かしません。

だからこそ、
「現代の武器を相手にしたら、戦国時代人は弱すぎる!」
ではなくて、実は
「戦国時代の価値観を相手にしたら、現代人は弱すぎた……」
という衝撃の展開につながるのです。

『高慢と偏見とゾンビ』は、ゾンビがぶちこまれている以外は、18世紀末から19世紀初頭にかけての、男女間のラブストーリーという原作をいじっていません。ゾンビがウロついているのに「いつかは素敵な人と結婚したい」「ダンスパーティで見かけたあの人が気になるわ」と、優雅かつ悠長に考えているからこそ、面白さが生まれるのです。

歴史ドラマは創作ですから、すべてを再現しなければいけないわけではありません。

ただ、ここを変えると面白くなくなってしまう……そういう不可侵領域があるわけでして。

『戦国自衛隊』や『魔界転生』のリメイク版がコケるのも、この触れてはいけない部分を安易にいじっちゃうからだと思うんですよ。
『戦国自衛隊』のような設定で、「タイムスリップ先で出会った戦国大名は結構いい人で、主人公の説得に応じて殺人を辞めました」なんてことにするとその時点で駄目になってしまうわけです。

とんでもない設定が面白いのではなくて、いじったら面白くなくなる部分をわかっているからこそ、こうした作品は面白いのです。

そして、そういう「いじっていいところ」と「そうではないところ」の区別は、歴史が心の底から好きじゃないと中々わからない。

インタビューでさらりと、
「歴史は好きじゃありません」
「この時代にあまり興味は無かったんですけど」
「昔の人も今の人も結局は同じ」
「歴史嫌いな人にこそ、面白いと思える作品にする」
「歴史っていっぱい人が出てきて覚えにくい」
「歴史をなぞるというよりも、人間を描く」
などという、そういう歴史好きをイラつかせそうなことを言ってしまう制作者は危険です。

深く考えずにいじってはいけないところに包丁を入れ、おいしい部位を無造作にポイ捨てしてしまうのです。

4.結局、何が悪いのか?

ここまで踏まえまして。

・原作者、脚本家、主人公の性別は関係ない
・史実と異なるからといって、必ずしも悪いわけではない
・創作描写が、必ずしも悪いわけではない
・恋愛描写が入ったら即座に駄目になるわけでもない

それでは何が駄目なのか?

・歴史に思い入れがない
・企画頼み、大人の事情で作ってみた

これが最大の「悪」ではないでしょうか。
歴史への愛や思い入れがないからこそ、歴史の面白さを平然と捨ててしまうのです。

『西郷どん』の何が駄目なのか?
それは、思い入れも興味関心もないにも関わらず、明治維新150周年だという企画ありきで作っている……そこが本質なのです。

スイーツだの、女に媚びただの、少女漫画だの批判しても、失敗の本質に向き合わなければ、第二第三の『花燃ゆ』、『西郷どん』は作り続けられることでしょう。

大河ドラマを作るうえで、愛は大事です。
その愛とは恋愛描写を入れるということではなく、歴史への愛ということ。
愛さえあれば傑作になるわけでも、視聴率がよくなるわけでもありません。それでもちゃんとファンはつくものです。ラブは大事じゃき!

本作のような駄目な大河の名称としては「企画倒れ大河」と命名したいところです。シンプルに「駄作」でもいい気がしますが。

 

蛇足2:本作の本質が見えた

「西郷どん」CP 家定役の又吉直樹を絶賛「堺雅人を超えているのでは」

あーあーあーあ。だから、なんでこんなコトを言ってしまうのでしょう(´・ω・`)

引用させていただきますと。

番組の制作統括・桜井賢チーフプロデューサー(CP)とは、泉が主人公の母親役を演じた連続テレビ小説「マッサン」以来のタッグ。桜井CPは「マッサンでご一緒したご縁もあって、どこかで出ていただきたいと思っていた」といい、「篤姫の嫁ぐ先に恐ろしい大奥のドンがいるという、その存在感というか、ピン子さんにやっていただきたいと思った」と起用理由を説明した。

又吉や北川、篤姫の教育係で女中頭・幾島役の南野陽子(50)らとのシーンも撮影されているが、桜井CPは「又吉さんは非常にステキ。正直、僕は堺雅人を超えているんではないかと」と又吉の演技を大絶賛。

櫻井CPの名前は、しっかりと覚えました。何がおかしいか、って

「篤姫の嫁ぐ先に恐ろしい大奥のドンがいるという、その存在感というか、ピン子さんにやっていただきたいと思った」と起用理由を説明した。

このへんがものすごく不穏なんですよ。

『マッサン』の主人公・竹鶴政孝の母親は、ごくおっとりとした方で、スコットランド出身の嫁をいじめるような人物ではなかったのです。

それが、ドラマではねちっこくいじめる存在として泉ピン子さんが起用されていました。本筋とはさして関係ない、陰険な嫁いじめは、見ていて大変陳腐かつ不愉快でした。

そういう姑の嫁いびりのような、昭和の古めかしさを感じさせる展開を、朝ドラだけではなく大河でもやる宣言ですかね、これは。

そして、もう一点。

桜井CPは「又吉さんは非常にステキ。正直、僕は堺雅人を超えているんではないかと」と又吉の演技を大絶賛。

ハッキリ言わせていただいてよいですか……。

この発言、最低最悪です。

又吉さんを褒めるのは、別に問題はありません。
しかし、そこでナゼ、よりにもよって堺雅人さんを下に置くような発言をしますか?

堺さんは、
・2004年『新選組!』の山南敬助
・2008年『篤姫』の徳川家定
・2016年『真田丸』の主人公・真田信繁
として、どの作品でも熱心なファンがついた俳優で、近年大河ドラマのファンにとってはレジェンド級の存在感です。

現在も絶大な人気を誇る『真田丸』の主役なんですよ。
二年前、看板を背負ってた人ですよ。

そういう存在よりも上回るかも、なんてリップサービスでも言うべきじゃありません。
又吉さんに無駄なプレッシャーがかかるというのもありますが、堺さん、ひいては『新選組!』、『篤姫』、『真田丸』ファンが不快感を覚えてもおかしくないです。

ナゼ、こんな敵を増やすような不用意な発言をするのでしょう?
こういう脇の甘さが、結局のところ駄目なんじゃないかと思います。

ちなみに一昨年の屋敷CP、昨年の岡本CPは、言葉を選んでいて不用意なことはしていなかった印象。
もっとハッキリ言ってしまえば、よいCPは黒子役に徹して、失言で目立つようなことはしないのでしょう。

本作の印象はこれ以上悪くなりようがないと思うくらいなのですが、それでもニュースを見る度にズブズブと沈んでいきます。ある意味スゴイです。
序盤からナゼ駄目なのか、ということの答えが見えて来てしまってます。

本作スタッフも多く参加した『マッサン』は、主演カップルの力量、ウイスキー考証の確かさからして、なかなかの名作でした。
しかし、その反面陳腐で甘かった部分もありました。
その部分が『西郷どん』と似ているのです。

たとえば、猪肉の扱い。
『マッサン』では、猪がいない北海道で出てきて批判されました。
『西郷どん』では、豚肉の入手が簡単な薩摩でわざわざ猪を狩っています。

たとえば、帰国者の服装。
『マッサン』では。シベリア抑留からの帰国者が、シベリアそのままの防寒着で帰国していました。シベリアからの帰国者は、船便で舞鶴港等を経由します。あの服装はありえません。
『西郷どん』のジョン万次郎も同様。琉球で着替えて、アメリカから着たそのままの洋服ではいなかったはずです。

そして次は、泉ピン子さんの嫁いびりでしょうか?

本作の何が駄目かと問われたら、
「2018年にもなって、いじめ描写である嫁いびりを面白がる感性がダサすぎて無理。しかも西郷隆盛のドラマで」
に集約されると思いますね。

この嫁いびり、女性向けサービスとされていますが、私はそうは思いません。

30代の女性社員に、
「やっぱり若い子とは肌の艶が違うね~。今から婚活?」
とか話しかけてしまう、そういう女性は年齢によって対立すると信じたい、セクハラ気質のおっさん上司向け接待に思えます。

って、先週もそんなことを書きましたね。

2018年、Amazonプライム会員ならば、スマホやタブレットで『ゲーム・オブ・スローンズ』を見られます。
迫真の合戦、重厚な陰謀、刺激的な恋愛、複雑な人間関係が織りなすドラマを楽しめる時代です。

そんな時代に、
「大奥のドンが泉ピン子さん」
であることをセールスポイントとしてしまう。

しかも、篤姫主役ではなく、西郷隆盛のドラマで――それが本作の本質なのです。

これは、西郷隆盛が城山で自刃した明治10年以来、かつてなかった悲劇ではないでしょうか。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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