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足利直義説も流れる源頼朝の肖像画/wikipediaより引用

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その日、歴史が動いた

ダークヒーロー源頼朝、鎌倉に入城!【その日、歴史が動いた】

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弟の義経に対して、どうにもこうにも悪役のイメージが消えないのが源頼朝。
父親のとばっちりで罪人に身を落としていながら、見事に武士として復帰し史上初の武家政権を作ったのですから、もうちょっと評価が良くなってもいいんじゃないかなーと思うのであります。
血の繋がった兄弟で争うことなんて(良いことではないですが)、この時代どころか江戸時代まで珍しい話じゃないですし、現代でも昼ドラのテンプレですし。
「頼朝は美形だったよ!」って記録もあっちこっちに残ってますし。(強調)
というわけで、今回のテーマはダークヒーロー?頼朝さんの前半生です。

足利直義説もある源頼朝肖像画/wikipediaより引用

治承四年(1180年)のあす10月6日、源頼朝が鎌倉に入り足場を固めました。
でも、実は頼朝はここで生まれたわけでも育ったわけでもないのです。
ここまでのいきさつを見てみましょう。

頼朝のお父さん・義朝は保元の乱で武功を上げて出世しましたが、その後平治の乱で敗れてしまいます。
この二つは朝廷内の争いと源氏・平家が入り混じったこれまたややこしい争い。
保元の乱では同じ源氏同士及び平家同士で敵味方に分かれ、勝った側は親兄弟といえども負けた側を斬らなくてはなりませんでした。
何だか関が原の真田家を思い出しますね。

平治の乱は藤原信西(しんぜい)・平家チームと源氏・藤原信頼(のぶより)チームの争いです。
同じ藤原氏とはいえ、この頃は枝分かれしていて自他共に「ほとんど別の家」という認識でしたので、権力争いも熾烈なものでした。
そして平清盛に敗れた義朝は、兄弟や息子達と共に東海道を下って逃げます。
が、逃げる途中で落ち武者狩りに遭い死亡する者、はぐれて行方不明になる者などばらばらになってしまったのです。
幼い頼朝も父とはぐれてしまい、清盛の追っ手に捕らえられてしまいました。
父・義朝はその後、風呂に入っていたところに襲撃を受けて殺されてしまうので、間一髪ともいえますが。

 

マダムキラーぶりを発揮

敵であれば肉親であっても容赦をしない時代のことです。
捕らわれた頼朝も覚悟を決めたことでしょう。
しかし、そこで意外な人物が頼朝の助命を願いました。
清盛の義理の母・池禅尼(いけのぜんに)です。
この人もまた藤原氏の出身で、清少納言が仕えた中宮・定子の父親、道隆の血筋です。
また、親王の乳母を務めていたこともあり、清盛でも彼女の意見を覆すのはなかなか難しいことでした。
それでも一度は渋ったのか、池禅尼は断食までして助命を願い出ています。
何でそこまでしたのかというと、「幼くして死んだわが子と頼朝が瓜二つだったから」だそうです。
カーチャンすげえ。

ですが、この美しいお話は作者不明の鎌倉時代の軍記物「平治物語」に出てくるエピソードなので、真偽の程は不明です。
実際には頼朝が仕えていた上西門院(後白河天皇のお姉さん)や、頼朝の母親の実家・熱田宮司家が助命を頼んだのでは?といわれています。

上西門院は超・超・超弩級の美人だった上に後白河天皇とも仲が良かったそうで、もしかするとこっそり勅命が下ったのかもしれませんし、熱田宮司=熱田神宮(後々信長が桶狭間の前に祈願した神社)を敵に回したくなかったのかもしれません。
ちなみに頼朝が上西門院に仕えていたのは11~12歳頃の話です。
……命が助かった理由が女上司のショタコンだなんてそんなまさかHAHAHAHA!

こうして頼朝は二つの奇跡によって処刑を免れ、伊豆へ流罪となったのでした。
さて、流された頼朝は決起までどうしていたかというと、ある意味で青春を謳歌していたようです。
罪人とはいえ、元が良い身分ですから付き人もちゃんといましたし、箱根権現などで父や兄弟、一族のために読経をして菩提を弔ったりと、僻地に流されたこと以外は自由に過ごしていたようです。
清盛もちゃんと見張りつけるとか監禁するとかしておけば、後々困らないですんだでしょうにねえ。

 

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伊豆の別荘でリア充な流刑生活

後の「尼将軍」北条政子ともこの流罪中に結婚しました。
なかなかドラマチックな展開だったようで、伊豆山神社(現・静岡県熱海市)でデートをしていたとか、ご神木の椰(やし)の葉を二人で持っていた……なんて伝承が残っています。
しかも政子さん、他に親の決めた結婚相手がいたのに、抜け出して頼朝のところへ行ったとか……。
おっかない印象しかない政子と、冷たい印象の強い頼朝にもバカップル時代があったんですね。頼朝は三十路ですけど。
もっとも政子さん、このとき女の身で山を一つ越えたそうです。
カーチャン(まだ産んでないけど)すげえ。

が、甘酸っぱい新婚生活をいつまでも楽しんではいられませんでした。
京都では平家がますます権力を強めていましたが、同時に反対勢力も大きくなっていたからです。
治承四年(1180年)の春、以仁王(もちひとおう)という後白河天皇の皇子が「調子こいてる平家を倒すぞ!我に続け!!」とあっちこっちに隠れ住んでいた源氏の人々へ命じます。

でも、頼朝は当初積極的に動こうとはしませんでした。
LINEがなかったので、連絡がなかったのかもしれませんし、文覚という元武士のお坊さんが伝えたという説もあります。

 

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挙兵命令から実際の挙兵まで謎のタイムラグ

頼朝はこの蜂起を伝えられたのか、伝えられていなかったのか。このタイムラグが、歴史の謎。

すでに清盛が牛耳っている京都に軍を集めようとしたところで、到着して足並みがそろう前にやられるに決まってると思ったのかもしれません。
事実、以仁王はこの計画がバレてまともな軍を挙げることができず、逃亡に失敗して討たれてしまいました。

平家もそのまま黙っているはずもありません。
「あのぼっちゃん、全国の源氏に手紙出してたそうじゃねえか。上等だゴラァ、まとめて始末してやんよ!」と各地の源氏に向けて兵を動かします。

 

平家の追討軍の狙いは頼朝でなかった?

この動きを知った頼朝は「そろそろやるか」と腰を上げるのです。立ち上がれガンダム!
ところが、この平家の追討軍はじつは頼朝ではなく、別の人物を討とうとしたものだったという説があるのです。LINEでギャルとラブラブしている頼朝はシカト対象だったのです。ところが、もうもうと立ち上がる武者の煙をみて、頼朝さん勘違い。

「俺?狙われている?」
「うん、坊っちゃん狙われているよ。あいつに」とブラック仮面Aが指さした先は、山木兼隆さん。
「誰?」と頼朝くん。
「あいつ平家一門ですぜ」
「うん。そうみたい。やっちまえーーー!」
(しめしめ)と仮面を脱いだ仮面Aは、雅子の父ちゃん北条時政(*北条氏は平家一門です)

という大人の事情で挙兵した頼朝さんは、まずは伊豆周辺と関東を手中に収めました。
といっても途中で石橋山(現・神奈川県小田原市)で平家側に大負けに負けてしまい、房総半島へ逃げていたりもするんですけどゴホンゴホン。

余談ですが、このとき敵対側の中に、平家物語の「敦盛」で有名な熊谷直実(くまがいなおざね)がいます。
知らなかったとはいえ、そりゃ主筋の御曹司(しかもぴっちぴちの17歳)を殺してしまったら罪悪感わきますよね。

この後、頼朝は鎌倉に御所を構えたり鶴岡八幡宮を整えたりして「ここをオレの本拠にする!」と示した後、本格的に平家討伐に乗り出していきます。
続きはまた後日、富士川の戦い編にて!

長月 七紀・記

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参考:http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2006/10/post_2d63.html
    http://www8.plala.or.jp/bosatsu/yoritomo-masako-nagi.htm





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