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源義経さん/wikipediaより引用

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その日、歴史が動いた 源平

キングオブKY・源義経、京都を脱出する

更新日:

いつの時代も、有能なKYほど扱いに困るものはありません。
役に立たないわけではないし、かといって放置しておくと面倒を引き起こす。
誰のことかといいますと、当コーナーですっかりおなじみのあの兄弟の話です。

文治元年(1185年)の11月3日、源義経が兄・頼朝に追われて京都を去りました。

平家を滅ぼしてたった半年後のことです。
頼朝ももちろん一人で平家を倒せたわけではなく、義経はじめとする軍勢の活躍ゆえでした。
それなのに、なぜそこまでしたかといえば、ひとえに義経が態度をわきまえなかった……というか、理解できていなかったことに原因があります。

 

船を飛んで調子こいてる場合じゃないっつ~の

源氏をまとめて新しい政権を作りたい頼朝は、身内に人一倍厳しくしなければなりませんでした。
でなければ、「頭が変わっただけで、源氏も平家と同じじゃないか」と謗られるのは目に見えていたからです。
しかし、義経は頼朝が何を考えているのか、なぜ血を分けた弟である自分に辛く当たるのかが全く理解できませんでした。

それが決定的になったのが、平家が滅びた壇ノ浦の戦いの後、平家の棟梁だった宗盛・清宗親子を鎌倉まで護送したときでした。
戦に勝ったとはいえ、頼朝は安徳天皇や清盛の妻・二位尼(にいのあま)を入水させてしまったこと、そして三種の神器の一つであった天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ・ヤマトタケルの形見だったあの剣)が失われたことに対してカンカンでした。

八艘飛びなんぞやってる場合かあのバカ弟!というわけです。

ですから義経が鎌倉の入り口までやってきても、会いに来ることは許しませんでした。
罪人だけを受け取りただちに追い返すという、傍から見れば護送の意味ないじゃんと言いたくなるようなこの仕打ちを義経が理解できるはずもなく、しぶしぶ京都へ引き返すことになります。

しかも「兄貴にムカつくヤツはこの指とーまれ!」というでかいにも程がある爆弾を残して・・・。
当然頼朝の怒りに油が注がれてしまい、それまで義経に与えていた領地を全て没収してしまいました。

 

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兄の気配りに弟気付かず

それでも、この時点ではまだ頼朝は義経に改心をさせるつもりでいたような節があります。
領地没収の後、家中引き締めのために叔父の行家を討伐する軍を編成した際、一度義経に率いさせようとしているのです。

しかしすっかり頼朝へ不信感を募らせていた義経は、「具合悪いんですいませんがパス☆それに血の繋がった叔父さん討つとかマジ勘弁☆」と今度はガソリンを投入してしまいました。
ホント、何をどう言ったら兄貴が怒るかわからなかったんですかね……。

ここにきてとうとう頼朝は「アイツもう使えないし使いたくない。ブッコロ!」と覚悟を決め、義経追討の院宣(上皇や法皇の命令。このとき出したのは大天狗・後白河法皇)を貰い受けました。
これで正々堂々お天道様の元で弟を処分できるというわけです。

 

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もしも兄弟仲が良かったら鎌倉将軍も続いていたのかも・・・

実はこの前に義経も「もう兄弟でもなんでもないんで、頼朝討っていいですか?」と後白河法皇にお伺いを立て、頼朝追討の院宣をもらっていたのですが、それを見事にひっくり返されてしまったのでした。

そもそも義経が頼朝ににらまれるきっかけになったのは、検非違使=判官(京都の警察みたいな仕事)に任じた後白河法皇。
後ろ盾になってくれると信じていた人の裏切りに、義経はにっちもさっちも行かなくなりました。
そして11月3日、かつて歓迎された京都から落ち延びることを選んだのです。

義経本人がKYな性質の上、周りに頼朝との間を取り持ってくれる人がいなかったから、すれ違いどころかぶつかりあいになってしまったのでしょうね……。
もし源氏兄弟が和解していて、それぞれの血筋が続いていたら源氏の将軍は四代目以降も続いてたかもしれないと思うと、頼朝のほうも自業自t……もとい、切ないものです。

長月七紀・記

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参考Wikipedia:源義経





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