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その日、歴史が動いた

登場人物を心中させまくった近松門左衛門にも最期の瞬間が

更新日:

 

流行は過ぎ去るもの。

特にファッション関係だと、流行った年に定着するかどうかで命運が決まるような面がありますよね。
江戸時代にもさまざまな制限こそあれ、「四十八茶百鼠」(地味な色の中に様々なバリエーションを楽しむ)というように制限された中でお洒落を楽しもうという動きが見られました。

四十八茶

四十八茶(デザイン雑学より)

が、同じ流行でもちょっと困ったものもあったようで。

 

曽根崎心中の大ブームで児童ポルノ禁止法状態に

享保九年(1724年)の11月22日、「曽根崎心中」の作者である近松門左衛門が亡くなりました。
作家と流行に何の関係があるのかというと、ズバリ「心中」です。
この演目が流行ったことにより、なんと巷で心中する男女が続出し、幕府が「心中物はけしからん!上映禁止!」というお触れを出したのでした。

「曽根崎心中」は実際に大阪の曽根崎というところであった心中事件をモチーフにして書かれた人形浄瑠璃。
それが後にいくつかシーンを追加して歌舞伎になり、大好評を博しました。
「義経千本桜」もそうですが、人形浄瑠璃→歌舞伎というのはこの時代にはよくあること。
今で言えば、ヒットしたドラマやアニメが映画やドラマ化されるようなものでしょうかね。

近松門左衛門/wikipediaより引用

 

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名文「この世の名残、世も名残。死にに行く身を例ふれば、あだしが原の道の霜……」

最後の「道行」という場面の文があまりにも美しいため、ドハマりしてしまった人が多かったのでしょう。
曽根崎心中を見たことがなくても、「この世の名残、世も名残。死にに行く身を例ふれば、あだしが原の道の霜……」というラストシーンの出だしだけは知っているという人もいるのではないでしょうか。
この後も五・七の調子に乗せて、夜の寒さ風の冷たさ、星の冷たい光の表現が続きます。
個人的に、日本語で最も美しい文章の一つではないかと思いますねー。

 

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曽根崎心中のあらすじを3行でまとめると

ちなみにここのシーンにいきつくまでのあらすじを簡単に述べますと、「本命の彼女がいるのに奉公先で無理やり結婚させられそうになった男が、結納金を取り返すものの困っていた知人にその金を貸したら返してもらえず、にっちもさっちもいかなくなって彼女と心中を選ぶ」という感じです。
これだけ見るとそれ何て昼メロ?とも思えますが、そこで上記の「この世の名残~」が読み上げられ、静かにクライマックスへ向かっていきます。

 

指を詰めたり、髪を切っても「心中」

ちなみに、当時「心中」というのは一緒に死ぬことだけを指す言葉ではありませんでした。
他にも指を詰めたり髪の毛を切って相手に渡すなど、いろいろあります。
最初は死なない・痛みをさほど伴わない行為から始まり、最終的に指を切って相手への真心を示すというものでした。
主に遊郭勤めの遊女が客に渡すことが多かったようですね。

元々そういう風習があったところに、曽根崎心中で来世の幸せを祈りつつ死を選ぶ二人が描かれてしまったのですから、大っぴらにできないような立場の恋人達は燃え上がってしまうわけで。
そりゃ幕府もNG出しますよね。

実は、幕府が心中をけしからんと言ったのにはもう一つ理由がありまして。
「心中」を縦に並べて書くと「忠」の字通じるというのがかなりカチンと来ていたようです。
当時は今と比べ物にならないくらい縁起や字面にこだわりますから、こちらも見過ごせなかったのでしょう。
そのため、幕府では「相対死」(あいたいじに)と呼んだり、心中した二人の葬儀や埋葬を禁じたりといろいろ手立てを打ったのですが、効き目がないため心中を主題にした演目そのものを禁じたのだそうです。

門左衛門が亡くなる前の年、享保八年(1723年)のことでした。
曽根崎心中の初演が元禄十六年(1703年)ですから、20年以上も世の中に影響をもたらしたことになります。
主演俳優がブームになるんじゃなくて、死ぬことが流行っちゃうってところに当時の身分制度等々の厳しさが窺えますね。

が、法で禁じられても心中という概念が消えたわけではありませんし、実際にその後も心中事件はいくつも起こっています。
死ぬ覚悟が決まってれば法律なんぞ怖くないでしょうからね。
そもそも法律の範囲内で幸せになる見込みがないから心中するんですし。

望まぬ結婚と本命との心中、どっちがいいか……どっちも良くはないですね。でも、生きてさえいれば、平凡で地味な結婚生活にも48の楽しみはあったかもしれないのに。。。

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