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その日、歴史が動いた

幕末にも領土問題があった!幕府が世界遺産・小笠原諸島の領有を宣言【その日、歴史が動いた】

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領土問題はいつの時代もどこの国同士でもつきもの。
日本のまわりだと竹島や尖閣諸島、北方領土が有名ですね。
島のおかげか、現在のところ直接武力抗争になってはいないものの、大陸だと一触即発状態が長く続くこともあります。
こっちはインド・パキスタン・中国国境のカシミール地方あたりが有名でしょうか。
「第三次世界大戦はここから始まるに違いない」なんてシャレにならない噂があったりもします。
幕末の日本にも、もちろん(?)領土問題は存在しました。

文久元年(1862年)の12月19日、江戸幕府が小笠原諸島の領有を宣言しました。
現在の領土問題とちょっと違うのは、元々日本人がいなかった島だった上、見つけたのも欧米諸国が先だったのに「ウチのもんだから!」と言い出してみたら、それが通ったこと。
そりゃ距離的には日本が一番近いんですけど、帝国主義・植民地バンザイな当時の常識からすればそんなもん言い訳になりません。
しかも幕末の混乱期、どうやって手の内に納めたのかというと、案外穏便に済んでいました。

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photo by LuxTonnerre

無人だから「BONIN アイランド」

今は小笠原諸島のうち、父島・母島・硫黄島・南鳥島に人が住んでいます。(硫黄島と南鳥島は自衛隊関連など公務員のみ)
ですが、発見当初は幕府の役人どころか原住民すらいない完全な無人島でした。
英語で小笠原群島(小笠原諸島より狭い範囲の呼び方)をBonin Islands=ボニン・アイランズというのですが、この「ボニン」は「無人」から派生したものなのだそうです。
先史時代(だいたい弥生時代以前)の遺跡や石器らしきものが見つかっているのですが、おそらくその血筋は絶えてしまったのでしょう。

その後16世紀に一度スペイン人が母島の存在を確認し、江戸時代には度々役人の船が漂着したりして少しずつ小笠原諸島の存在が知られるようになっていきます。
しかし、遠すぎるからか無人島だったからか、江戸幕府は積極的に統治しようとはしていませんでした。
一応「ここは日本国内だよ!」という碑を建てて自己主張はしたそうですが。

その後欧米諸国が極東地域に進出するにつれ、あっちこっちの国が「こんなとこに島があったよ」と学術誌に発表したり、「ちょっと寄ってみっか」と寄港するようになります。
となると次に起こるのが領土問題。
すっかり世界の海賊になっていたイギリスがまず「ここウチのシマだから!」と名乗り出ました。
幕府が建てた石碑の存在なんぞ気にしてもいません。
本当に知らなかった・知ってたけど漢字が読めなかったから無視した可能性もありますが。
続いてアメリカが「ここにはウチの国民に住んでモライマース!ハワイの人も一緒ネ!」と強引に移民を送り込みました。
あのペリーも立ち寄ったことがあり、ハワイからの移民を首長に任じています。
白人じゃなくてハワイの人を選んだあたりが興味深いですね。
確かにアメリカ本土よりはハワイのほうが小笠原諸島に近いし、気候も似てるんでしょうけども。

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開国直後で欧米列強も大目にみてくれた?

江戸幕府はというと対して関心がなかったのか、それどころではなかったのか、即座に対応することはありませんでした。
1862年(文久元年)になってようやく外国奉行(開国してからできた、対外国の役人)を派遣し、測量を行った後領有を宣言しています。
となると即座に国際問題まで発展しそうなものですが、このとき既に下田・函館の開港が決まっていたためか、イギリスもアメリカも小笠原諸島には大して執着しなかったようです。
幕府が「もう住んでる人はそのまま住んでていいし、これからも出て行けとか言わないんで」という方針にしたのが良かったのかもしれません。
多分ここで「もうここは日本なんで、メリケン人(ハワイ人)はお帰りください」とか言ってたらだったら武力衝突になってたんでしょうね。

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その後、明治時代に少しずつ政府機関の出張所ができ、人口も増えて小笠原諸島は名実ともに日本の一部になったのでした。今でもハワイ人をご先祖とする人が小笠原にはもちろんみんな都民として仲良く住んでいるそうです。
資源やお金が絡むと難航するのは仕方ないとはいえ、現行の領土問題もこのくらいすんなり行けばいいんですけどねえ。
長月七紀・記





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