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その日、歴史が動いた

百獣の王が1902年に初来日!上野動物園でライオンの展示が開始される【その日、歴史が動いた】

更新日:

今年(2014年)の干支は午ですね。
十二支の中でも一番足が速そうなのに、順番的には真ん中というあたりがいかにも伝説らしい感じがします。あ、それだと空を飛べる辰が一番有利ですかね。

十二支とは関係ありませんが、今日の主役は当コーナー初?のとある動物さんです。

明治三十五年(1902年)の1月2日、東京・上野動物園に初めてライオンがやってきました。
北アフリカ原産のバーバリライオンという種類で、体長3~4m・体重200kg以上。ほかのどの亜種よりも大きく、まさに百獣の王といえる種類でした。
ちなみに、現在の上野動物園にいるライオンは1.6~2.5m、体重150~260kgらしいので、ざっと1.5倍は大きかったことになりますね。想像するだけで恐ろスィ。

剣闘士との決闘にも使われていたが、野生種は絶滅へ・・・

このバーバリライオン、かつてはローマ帝国で当時異端とされていたキリスト教徒を食い殺させたり、剣闘士との決闘に使われていたそうです。ある意味、人類と最も関わりの深いライオンかもしれません。
が、野生のものは既に絶滅してしまいました。

剣闘士とバーバリライオン

槍を持った剣闘士との対決に用いられたとも/wikipediaより

なんでこんな強そうなのに死に絶えてしまったのかというと、他の絶滅種と同じです。
大航海時代から帝国主義の時代まで、西欧諸国は珍しい文物や動植物を求めていました。
そしてアフリカやオーストラリアで趣味のための狩猟が行われるようになると、多くの動物や鳥類が乱獲・殺害の対象になり、次々と姿を消していったのです。
バーバリライオンも銃器には勝てず、次第に人間の入りづらい山岳地帯へ逃げ込んだものの、やがてそこも見つかり絶滅に至りました。
当時は動物愛護とか自然保護なんて概念が存在してませんでしたからね……。

しかし、奇跡的にモロッコの王様が持っていた私設動物園で純血の個体が生き延びており、現在は世界各国の動物園で数十頭が飼育されています。
いつか野性に返す運動が行われるかもしれませんね。
大型肉食獣なだけに、無闇に放すと生態系の破壊を招いてしまう恐れがあるので難しいところですが。

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動物園は西欧化の一環で導入された 

さて、話を日本の歴史に戻しましょう。
そもそも何故、明治時代という何もかも怒涛の如く変化していった頃に動物園を作ったのでしょうか。

実はこれも「西欧化」の一環でした。

当時動物園という場所には「ウチの国はこんなすごい動物を飼う財力があるんだぜ!」という自己顕示の意味があったからです。
現代から見ると「アホか!」と言いたくなりますが、当時の世界は帝国主義まっしぐら。
動物を飼育する設備や世話をする余力(お金)があるということは、国政や軍備に余裕があるということの表れでもありました。

鹿鳴館

誤解を恐れずに言えば、鹿鳴館と同じ位置づけだったんすね/wikipediaより

敵を威圧するのは戦略の第一歩ですからね。
そういう意味のある場所だったので、例によって「西洋に追いつけ追い越せ!」だった当時の日本も、政府が落ち着き国内がまとまってから動物園を作ったというわけです。

空襲で暴れだす前に動物園で殺処分 

が、よりによって東京の中心からさほど遠くないところに作ってしまったため、太平洋戦争時に大問題が起きてしまいます。

もともと動物は大きな音に敏感なもの。
野生で身を守るためには不可欠な能力なのですが、人間がすぐそばに大勢住んでいる場所ではかえって仇になってしまいました。
空襲による振動や騒音によって、ライオンやトラ、ゾウなどの大型動物や毒ヘビなどが一斉に暴れだしたとしたら、市民に与える動揺と混乱は計り知れません。
そうなる前に対処せねばならん、ということで、これらの動物が殺処分されてしまったのです。

他の動物園では殺処分はせず、人間と同じように疎開させたところもありましたが、上野動物園を始めとした都市部の動物園ではやむをえないこととされました。
イギリスやドイツでも、第二次世界大戦中にやむを得ず猛獣を処分した例があります。
ドイツのベルリン動物園では、殺処分しなかったために空襲で多くの動物が死んでしまったことも……。
どちらが良いとはいえませんが、人間の身勝手につき合わされ続けたかと思うと申し訳なく思えてきます。

ちなみに「かわいそうなぞう」などでは旧日本軍が無理矢理殺させたということになっていますが、動物園や各自治体の自己判断によるものも多かったそうです。
上野動物園の場合は、それまでに発生したクロヒョウやシカの脱走事件でも大混乱が起きていたため、より厳しく対処せざるをえなかったのでしょう。

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 現在の動物園は研究機関も兼ねている

こうした経緯の末、現在の動物園にはまた違った役割を受け持っています。

動物の研究と保護です。

よく「○○動物園で動物の赤ちゃんが生まれました!」というニュースが流れますが、あれはただ単に目玉を増やすためだけではなくて、子供の頃から観察することによって生態を調べるためなんですね。

現在の上野動物園のライオン

現在の上野動物園にいるライオン。ひなたぼっこ中で和みます photo by Kabacchi

絶滅危惧種の場合は、もちろん個体数を増やすことも大きな目的になります。
植物園や水族館も同じで、こうした施設の入園料が高いのは基本的に飼育費+研究費+人件費のためです。
上野動物園は公営のため安いほうですね。

上野動物園の敷地内にはあの転職武将のお墓も 

さて、最後は歴史サイトらしいネタで〆ましょうか。

実は上野動物園の敷地内には、主君を幾度も変えた(というか変えざるを得なかった)藤堂高虎のお墓があります。

理由は至って単純で、動物園ができる前はここに高虎が葬られたお寺(寒松院)があったから。
戊辰戦争時に焼けてしまったため寒松院自体は移転したのですが、何故か高虎のお墓はそのまま残したらしく、そこを含めた一帯に動物園が作られたそうです。

改葬なんて別に珍しい話でもありませんし、武将の御霊で動物を鎮めようとか、そういう考えだったんでしょうか。
ちなみにこのお墓は非公開ですので、見るには上野動物園のスタッフになるしかありません。
どっちも好きな方なら一石二鳥かも?

長月 七紀・記

藤堂高虎⇨「現代社会でも上司の鏡!戦国の転職サバイバルを生き抜いた藤堂高虎【その日、歴史が動いた】」




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参考
上野動物園
ウィキペディア





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