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徳川綱吉/Wikipediaより引用

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その日、歴史が動いた 江戸時代

徳川綱吉も若い頃は意外と名君だった!? 犬公方になるまでの「天和の治」とは?

更新日:

「忠臣蔵」をはじめ、小説やドラマの演出をそのまま信じてしまう人が多いのは今に始まったことではありません。
それが有名な作品であればあるほど、人物評は固定化されてしまいます。
今回の主役は、おそらくその中でも最もイメージが固まっているあの将軍です。

正保三年(1646年)の1月8日、「犬公方」として当時も今も評判の悪い徳川綱吉が誕生しました。

「生類憐みの令を出すくらいだから、きっともともとパーだったに違いない」なんて思っている人もいるかもしれませんが、意外にも将軍就任からしばらくの間はしっかり政治をしています。
悪法の代名詞・生類憐みの令についてはまた改めて取り上げる予定(は未定)ですので、今回はまた別の面から綱吉の前半生について見てみましょう。

 

突然、次の将軍候補に

綱吉は三代・家光の四男として生まれました。この順番では、普通なら家督が回ってくることはありえません。

しかし34歳のとき、長兄で四代将軍の家綱が子供のいないまま危篤に陥ったこと、間の二人の兄も夭折していたことから、急に次期将軍として候補に挙がりました。

男兄弟だとかつての家光と忠長のように後継者争いが起きそうなものですが、そうならなかったのは家光が綱吉に儒教に基づいた教育を徹底したからだといわれています。儒教ではとにかく「先に生まれたほうがエラい!敬わなきゃダメ!」ということになっていますから、親子兄弟の順を叩き込むにはうってつけです。

家光は自分が相続で苦労してるから、息子には同じ轍を踏ませまいとしたのでしょうね。子煩悩というよりも幕府のため、徳川家のためだったでしょうけども。

 

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儒教マスターな将軍! 理想的な君主のちアホ

この教育方針は概ね間違ってはいませんでした。

綱吉の性分には儒教が合ったようで、将軍になった頃には自ら幕臣へ講義するほどの見識を備えていたとか。
さらに広く学問を奨励するため、元は孔子廟の一つに過ぎなかったところを湯島聖堂として学校にしました。ここは江戸時代を通して人が集まり、やがて明治時代には東大創立時の柱の一つになっていきます。

儒教を重んじるというと父や兄の決定には必ず従ったかのようにも思えますが、そこは政治家としてのセンスでバランスを取っていきました。何もかも兄のやり方を踏襲するのではなく、直すべきところや足りないところはしっかり補っているのです。

例えば、家綱時代に起きたお家騒動の処分をやり直したり、「勘定吟味役」という新たな役職を設けて幕府の収支をきっちり監査させるなど、綱吉は精力的に政治を行っています。
これは家綱が政治に関心がなく、世間で「左様せい様」と呼ばれるほどナメられていたため、将軍の権威を復活させようと考えていたからです。

始まってたった40年で中だるみしたとなると、草葉の陰でたぬk……もとい神君家康が泣くどころか化けて出てきそうですよね。ここで綱吉以外の人が将軍になってたらどうなっていたやら。

 

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皇室も積極的に支援

また、皇室へも積極的に支援を行いました。
戦国時代に比べれば戦乱がない分マシになったものの、江戸時代に入ってからも皇室や公家は決して潤沢ではなかったからです。

儒教により皇室を敬う気持ちが強かった綱吉は、それまで皇室に割り当てられていた領地を三倍にし、さらに各地の陵(みささぎ。天皇のお墓のこと)を修繕させたりして勤皇家ぶりを示しました。
皇室だけでなく、公家の領地も増やしているところがまたニクイ。武家より公家のほうが古い家柄と認めていたんでしょうね。
徳川家の系図も捏造したところがあるとかないとか言われtゲフンゲフン。

このように、綱吉は将軍になってしばらくの間は善政を行っていました。この時期は「天和の治」とも呼ばれており、八代将軍・吉宗も参考にしたといいます。
方針が狂い始めたのは、一粒種の鶴松がわずか5歳で亡くなってしまってから。
……あれ、そんな話どっかで聞いたような……?

長月 七紀・記

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【参考】徳川綱吉/Wikipedia

 





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