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(絵・桂花)

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その日、歴史が動いた

高転びへの道 上杉家が会津へ移封され一瞬百万石大名に

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以前の記事でも『戦国時代100の大ウソ 武将烈風記』でも取り上げさせていただいた、上杉家の金欠っぷり。
最終的に巻き返せたから良しと見るべきか、謙信が草葉の陰でハンケチを噛んでいると見るかは人それぞれですが、借金地獄のスタートラインはもっと前、秀吉存命中のことでした。
慶長三年(1598年)の1月10日、上杉家が会津へ移封したときです。

 

秀吉にとって最後の「敵」東北 とくに政宗

当時、東北は秀吉にとって「油断のならないヤツらがはびこっている」地域でした。
理由は主に二つあります。
四国や九州、関東の後北条氏のように秀吉が直接征伐したわけではないということがまず一つ。
そして、他の地域と違って新興勢力が争っているのではなく、数百年の歴史を持った由緒ある家が多いということが一つです。
つまり、家臣や領民の心をがっちり掴んだ大名家がいくつもあり、まだ戦をやれる余力が残っているため、他の地域のように力づくで従えるのは下の下策になってしまうのです。
加えて後北条氏を降したのは旧暦七月で、これから東北まで攻め込んでいこうとすると確実に冬へなだれ込みます。
地元の大名同士ですら真冬の戦は基本的に避けるというのに、不慣れな上方の軍が無事に帰ってこられる保障はどこにもありませんでした。
東北の戦国時代が長く続いたのも、こうしたことに加えてお互いに姻戚関係があったからです。

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がっちり張り巡らされた東北大名の絆

有名どころでいくと、伊達政宗のお父さん・輝宗の奥さんは最上家から来た義姫という人ですが、この結婚にはちょっと情けない事情があります。
輝宗のお父さん(政宗のジーチャン)である晴宗とそのまたオヤジである稙宗(たねむね・政宗からするとひい爺ちゃん)が東北全域を巻き込んだお家騒動をやらかしてしまったことです。
その時点では伊達家が東北で一番領地を持っていたのですが、この身内同士のドンパチ(天文の乱)をやっているうちに、伊達家の傘下にいた大名が次々と離反するという笑えない事態に陥りました。
その離反した家の中に最上家も含まれていたので、要するに「元家臣をもう一度取り込むために嫁を取った」という非常にカッコ悪い図式ができてしまったというわけです。
政略結婚と戦で領土を拡大したのがそもそも稙宗だったのに、自分の手で逆戻りさせたことになるんですね。あーカッコ悪い。

そういう経緯もあり、秀吉からすると東北を治めるには上手くなだめること、そして信頼できる「見張り役」を置くことが必要でした。一度蒲生氏郷という信長の元・婿にその役をやってもらおうとしたのですが、彼は数年で亡くなってしまいます。
これには政宗その他の陰謀が絡んでいたという実にリアリティのある噂も流れており(実際は大腸かすい臓のがんっぽいんですが)、秀吉は次の手立てを考えなくてはなりませんでした。
そこで白羽の矢が立ったのが、由緒ある家柄で戦も強く、家臣団のまとまりも申し分ない上杉家だったのです。

直江兼続「僕たちいい子たちです」(絵・桂花)

直江兼続「僕たちいい子たちです」(絵・桂花)

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出来杉君の上杉家ならなんとかしてくれるにちがいない 120万石ドン!

しかし問題は、上杉家は信長死後一貫して秀吉に味方していたため、特に移封させる理由がなかったこと。加増ならともかく、領国をそっくりそのまま換えさせるのは嫌がらせと受け取られても仕方ありません。ヘタをすれば上杉家そのものから反発を招いてしまいます。
さすがの秀吉も気が引けたのかエサのつもりか、あるいはその両方だったのかまではわかりませんが、そこをなだめるために120万石という破格の領地を与えたのでしょう。
この上は家康の(押し付けられた)250万石、秀吉自身の220万石(+子飼い諸将&金銀山等々)くらいしかありませんでした。ほぼ同等なのは前田家・毛利家などですね。

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おそらく秀吉の頭の中では「これで東北と家康の抑えは万全じゃフォッフォッフォ」と考えていたのでしょうが、皆さんご存知の通り、二年後の関が原でこの予想ははあっさり裏切られます。
そしてそれが、上杉家にとっては貧乏くじルートの始まりになってしまったのでした。
後世から見ているからというのもありますが、秀吉が決めたことって後々ロクな影響がないですね。
長月七紀・記





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