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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた

奈良時代のマザー・テレサ和気広虫 天へと飛んでいく

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日本は、他の国からすると変わった点をいくつも持った国です。
クリスマスとお正月両方やるとかもそうですし、地理的に見れば災害オンパレードであるにもかかわらず独自の文化を発展させてきたことなどなど、実はツッコミどころに困らないのが我らがニッポン。
その中には、女性に関することも多く含まれています。

古代史マニアと皇室マニアにはピンとくる和気広虫女史

延暦十八年(799年)のあす1月20日(『和気清麻呂伝』では同十七年1月19日)、和気広虫(わけのひろむし)という宮廷女官の一人が亡くなりました。
和気という用事でティン!と来た方はおそらく古代史ファンか、当コーナーを隅から隅までお読みいただいているとてもありがたいお方だと思います。
昨年9月に「中学生か!罰則は「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」に改名【その日、歴史が動いた】」でご紹介した別部穢麻呂こと和気清麻呂のお姉さんです。
ときの女帝・称徳天皇が寵愛した僧侶・道鏡が皇位を簒奪しようとしたとかしなかったとかのゴタゴタで、当初天皇から「じゃあちょっとお告げ確かめてきて」と頼まれたのはこの広虫さんでした。
彼女が直接大きな影響を残したというわけではありませんが、平安時代の女流文学者や、鎌倉~戦国時代の女性領主や大名の妻が実名を残していないことを考えると、広虫の名が今に伝えられていること自体が実は結構スゴかったりします。

弟が嫌がらせのようなキタナイ名前にさせられて流罪になった際、広虫も「別部広虫売(わけべのひろむしめ)」という汚名をつけられて、別の場所へ流されてしまっています。
日本神話の女神には「比売」で「ひめ」(姫)と読ませる名前が多くありますが、この場合「売」の字はおそらく相手を卑しめる意味で使われているのでしょう。
罵るときに「あんにゃろめ!(あの野郎め!)」って言うのと同じですね。
その後道教の件が片付くと名誉を回復されて元の名前に戻るのですが、どっちにしろ気分のいいものではありません。

広虫は若い頃から宮仕えに出ていたらしく、結婚相手も称徳天皇の母・光明皇后に仕えていた葛木連戸主(かつらぎのむらじへぬし)という人物でした。
旦那さんとは結婚生活を楽しむ間もなく死別してしまいますが、これが後々彼女の行動指針を決めます。
そして道教のすったもんだがあり配流の憂き目に遭いながらも、後には復帰してまた宮仕えをしていたようです。
こうしてみると、男とほぼ変わらない扱いを受けていますね。
称徳天皇がまだ孝謙天皇だった頃、一度退位した際にも従って出家していますし、女帝にとって心許せる忠実な臣下だったのかもしれません。
その割に流罪になってるのはどうしてかって?……可愛さ余って憎さ百倍ってやつじゃないでしょうか。
称徳天皇と広虫がリリーな関係だったかどうかはわかりませんが。

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古代日本のマザー・テレサか? 慈愛に満ちた人生

さて、広虫の功績は政界とは少し離れたところにあります。
彼女は早くに夫と死に別れてしまったため、子供がいませんでした。
今のように再婚があまり一般的ではなかった時代ですし、ましてや宮仕えの身では天皇からの指示でもない限り再び嫁ぐことはほぼ不可能……しかし、彼女はよほど母性と人格ができていたと見えて、孤児の救済に力を注いだのです。

奈良時代というと聖武天皇の大仏などのイメージからなんとなく平和そうな印象があるかもしれませんが、前述の道教に関する一連の事件で戦も起きていました。
さらに衛生状況や農耕技術も現代ほどよくありませんから、飢饉や疫病もたびたび起きていたようです。
この最悪なコンボのせいで、都の近辺には孤児が珍しくありませんでした。
これを哀れんだ広虫は、彼らを引き取って衣食住の世話をしてやり、成長するまで面倒を見たといわれています。

疫病が流行っている中で孤児というからには決して見目のよい子供ばかりではなかったはずですし、それでも何十人も世話をしているのですから、広虫は「奈良のマザー・テレサ」とでもいうべき人だったのかもしれません。
歴史に名を残す女性というと女王か悪女が多いですが、広虫のように慈愛の心を持った女性ももっと知られて欲しいですね。

長月七紀・記




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